志村 昌美

日本を称賛!「素晴らしいところは…」ブータンの新鋭が日本人を尊敬する理由

2021.4.2
いろいろと制限を強いられる生活のなかで、改めて「幸せとは何か」について考えている人も多いのでは? とはいえ、簡単に答えが出る問いではないだけに、さらに悩んでしまっているという人もいると思います。そこで、オススメしたい最新作は、“世界でもっとも幸せな国”と言われているブータンから届いた珠玉の1本です。

『ブータン 山の教室』 

【映画、ときどき私】 vol. 371

ブータンの都市部に暮らす教師のウゲンは、オーストラリアに行って歌手になることを密かに夢見ていた。ところがある日、上司から呼び出され、ブータンでも一番の僻地と言われるルナナという村の学校へ赴任するように告げられる。

険しい山道を登り、1週間以上かけて標高4,800メートルの地に位置するルナナに到着したウゲン。電気も通っていない村で、現代的な暮らしから完全に切り離されたことを知る。すぐにでも街に戻りたいと思っていたウゲンだったが、キラキラと輝く子どもたちの瞳と荘厳な自然とともにたくましく生きる村人たちの姿を見て、少しずつ変化していくことに……。

さまざまな映画祭で観客賞を受賞し、アカデミー賞の国際長編映画賞のブータン代表にも選出された本作。そこで、見どころについてこちらの方にお話をうかがってきました。

パオ・チョニン・ドルジ監督

作家、写真家、映画監督として幅広い才能を発揮しているドルジ監督。今回は、念願の長編デビュー作となった本作に込めた思いや興味深いブータン文化の真髄などについて、語っていただきました。

―この物語を作った理由は、ブータン独自の文化や伝統が失われつつあることを危惧していたからということですが、1999年にテレビとインターネットがブータンで解禁されたことが影響を与えているとお考えですか?

監督 まさにその通りだと思います。これまで何度もインタビューを受けていますが、それをはっきり言及してもらったのは初めてですね。1999年にそれらが解禁されたことによって引き起こされた“ブータンの開国”というのは、本当にひと晩で起きた出来事。

あまりにも急激な変化だったので、準備ができていなかったブータン人はついていくことができないほどでした。そういったことがあり、いまのブータンはさまざまな課題を抱えることになってしまったのだと思います。

―当時、監督は16歳で多感な時期だったと思いますが、監督自身もその前後で影響を受けた部分もありましたか?

監督 実は、僕自身は一般的なブータン人とは少し違う立場にありました。というのも、当時はブータンにいましたが、その前に何年もスイスに住んでいてヨーロッパにいたことがあったので、すでにほかの世界がどういうものかというのを知っていたからです。

それに対して、学校の友達や多くの若者たちは外のことを何も知らなかったので、テレビをつけたらいきなりエミネムがラップしていたりして、ものすごいカルチャーショックを受けたと思います。実際、ブータンの人たちはその日以降、人生というものを違う視点から見るようになったほど。それに合わせて、社会の定義も変わっていったように感じています。

ブータンは伝統的に女性が強い母系社会だった

―テレビやインターネットは、そこまで大きな影響を及ぼしていたのですね。

監督 ちなみに、ananwebの読者は女性が多いということなので、女性に関することをお話すると、ブータンというのは伝統的に女性の立場が強い国で母系社会。土地や家も長男ではなく、長女に引き継がれることになっているので、家のなかでも長女が一番権力を持っていると言ってもいいと思います。

結婚制度に関しても一夫多妻の場合もあれば、逆にひとりの妻に何人も夫がいる場合もあったほどですから。ただ、現代社会においては、一夫一婦制がいいとされていて、男性のほうが支配しているらしいということを知ったことによって、徐々にブータンも変わっていったんです。

―ということは、母系社会だったブーダンがほかの世界から影響を受けてだんだん男性が優位な社会へと移行していったということですか?

監督 完全な母系社会だったというわけではありませんが、いまよりもバランスが取れていた社会だったかなとは思います。もちろんいまでも女性が強いところも残ってはいますが、そのほかの世界ではかなり男性が優位で、男性が重要な地位を占めているということに影響された部分はあると言えますね。

―非常に興味深いお話です。ブータンといえば、“国民総幸福の国”とも言われていますが、何がブータンのみなさんを幸せにしていると思いますか? 

監督 そのことは映画のなかでも描いていますが、それはウゲンがルナナで学んだことと同じで、「足るを知る」というブータンの伝統的な幸せに対する基礎があるからだと思います。ただし、急激な近代化によって、ブータンの人々も以前ほどは満足していないところがあり、いまはより物質的な豊かさに駆られているように感じているところです。

幸せを求める旅路そのものが幸福だと感じる

―今回の作品を通じて、監督自身の幸せに対する考えは変わりましたか?

監督 幸せというのはとてもつかみにくいものなので、「満足することが大事」とか「ものごとを受け入れることが幸せだ」と口で言うのは簡単ですけど、実践するのはとても難しいことですよね。

”幸せの条件”というのは、つねに変わっていくものでもあるので、幸せでいるためには、瞬間瞬間ごとに自分で意識することが大事。人生の目標が幸せになることなのではなく、幸せを求める旅路そのものが幸福なんだと考える必要があると僕は思っています。

―日本は世界でもトップレベルの豊かさを誇っているにも関わらず、国民の幸福度は世界ランキングでも年々下がっています。日本に何度も来日されたことのある監督から見て、なぜ日本人は幸せではないと思いますか? 

監督 日本人の素晴らしいところは、勤勉さや規律の正しさ、あとは働き者であること。僕は日本のみなさんのそういうところを非常に尊敬しているのですが、同時にそれらによって大きなプレッシャーを感じている部分もあるのではないかなとも思っています。

僕はいつも、人や物事の一番いいところは同時に欠点にもなりえると感じてきました。つまり、諸刃の剣だと言えると思いますが、日本人のそういう部分は諸刃の剣でも“裏の部分”になるのではないかなと。ただ、ブータン人たちは、日本人の勤勉さには本当に驚かされているんですよ。

日本もブータンも求めているものは同じ

―確かに、日本人にはそういう側面もあるかもしれませんね。では、近代化した日本と真逆のルナナに暮らす彼らから学ぶべきことを教えてください。

監督 ブータンには「すべての生き物は動き続ける」という教えがあり、それは小さな昆虫から人間までを含めたすべての生き物のことを指していますが、生き物が動き続ける目的は、幸せを探すためだと言われています。

ルナナの人が一番大切にしているのは、ヤクという動物のフンなので、技術が進歩している日本とは逆のように見えますが、どちらに住んでいる人もずっと動き続けていますよね? つまり、一見両極端のように見える日本人とルナナの人たちでも、求めているものは同じ「幸せ」です。

なので、もしこの映画が日本の方々に思い出させることがあるとすれば、「自分が求めている幸せというのは、実はシンプルなことのなかに見つけられるかもしれない」ということ。それらをルナナの人たちの生活のなかに見ることができるのではないでしょうか。実際、彼らは日常生活において、本当にシンプルなことで満足しているんですよ。

―なるほど。ちなみに、監督が日本から影響を受けていることや好きなものはありますか?

監督 日本というのは、近代化している先進国ではありますが、それでも文化や伝統が色濃く残っているところが素晴らしいので、称賛の気持ちであふれています。なかでも僕が特に好きなのは、菩薩像がたくさんある京都のお寺。そんなふうに伝統が近代的な生活様式と共存していることには驚かされました。

そのほかに、僕は日本のアーティストたちから大きな影響を受けていて、作家では谷崎潤一郎、映画では小津安二郎、黒澤明、是枝裕和といった方々から非常に多くのインスピレーションをもらっています。

ルナナに行って、人生に感謝する気持ちが芽生えた

―今回の撮影についてもおうかがいしますが、ブータンでも一番の僻地で撮影するにあたって、さまざまな困難に見舞われたとか。そのなかでも一番きつかったことをいま振り返るとすれば、どんなことですか?

監督 ルナナで撮影をするという自体が、本当にチャレンジングなことでした。なので、現地に行く前は、おそらくルナナで撮影することは不可能だろうと諦めていたこともあったくらいです。実際に、頭のなかではウゲンが山に行ったところで映画が終わるかもしれないという覚悟もしてたほどですから。そんな状況でどうにか山でも撮影できたことに対しては、本当に感謝しかありません。

―これだけ便利な暮らしをしているなかで、いきなり携帯もつながらない場所で過ごすのは大変なことが多かったのでは?

監督 確かに、電話を使うことができなかったのは大変でしたね。十分にチャージできないこともありましたし、チャージできてもひとつのメッセージを送るのにかかる時間は2~3日。送信ボタンを押したあと、送信中のマークがずっとグルグルしていて、数日したらやっと送信済になる、という感じでした(笑)。本当に外の世界と遮断されたような生活を送っていたんですよ。

―でも、それによって新たな気づきもあったのではないでしょうか?

監督 そうですね。そこで気がついたのは、素朴な暮らしが持つ美しさ。現代社会のなかにいると、スマホやテレビなど、気を取られてしまうものにたくさん囲まれていることがわかりました。

いっぽうルナナでは、自分と自然が共存しているだけで、ほかには何もありません。そのときに人生をより味わうことができると感じましたし、よりよい人間になりたいという気持ちにもなりました。ルナナの人たちは最低限のベーシックなものだけで生きているので、それを見て僕も人生そのものに感謝する気持ちが芽生えたんだと思います。本当に、人生が変わるような瞬間でした。

生きる喜びと自然の美しさを実感する!

仕事やプライベートで、いろいろなことに追われてばかりいると、大事なことをつい見逃してしまうもの。人間らしい生活を送るルナナの人たちの生き方を目の当たりにすることで、人生における幸せや真の豊さとは何かを知ることができるはずです。日本では決して見ることのできない圧倒的な自然の景色とともに、心が浄化されるのを感じてみては?


取材、文・志村昌美

温かい気持ちになれる予告編はこちら!

作品情報

『ブータン 山の教室』
4月3日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開!
配給:ドマ
https://bhutanclassroom.com/

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