今の社会で生きていくために必要なことは? 生きる方法を模索する若い男女を描く『K+ICO』

2024.3.28
法律や英語を学び、カフカの『城』の朗読を聴きながらウーバーイーツの配達をする男子大学生、K。将来を見据えて颯爽と自転車を漕ぐ彼を描く第一章〈K〉から始まるのが、上田岳弘さんの『K+ICO』(ケープラスイコ)だ。

生きる方法を模索する若い二人。現代のボーイミーツガール物語。

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「最初は単発の短編として〈K〉を書きました。散歩中、ウーバーイーツの配達員が転んでいるのを2回ほど見かけたことがあって。前に配達員を見下したととられたある方のSNSの投稿がボヤを起こした出来事と重なり、今の社会の負担が彼らにかかっていると感じました。それで、書くべき対象だと思ったんです」

Kというイニシャルについては、「カフカが小説で描いた不条理な世界と現代社会とが重なる感触があります。不条理に適応しながら生きている人物を書く際、カフカも主人公の名前によく使っていたKにすると意図が伝わりやすい気がしました」

第二章〈ICO〉は、TikTokで学費と生活費を稼ぐ女子大学生ICOが主人公。配信では顔を隠しているが、身バレの危険を感じ、そろそろ活動をやめようと考えている。

「〈K〉を書いた後、対比すべき人物がいると感じて浮かんだのがICOでした。今、SNSが生活の手段になっている人は多い。そこに承認欲求は薄くて、有名になって生活がきらびやかになることに昔ほど意味を見出していない印象です」

ICOはウーバーイーツの配達員を見下しているが、ある日配達に来たKに引け目を感じ、動揺する。やがて彼らは再会して……。

彼らより上の世代の人物も活写して現代の行き詰まり感を浮かび上がらせつつ、Kの行動力とICOの変化に光を感じさせる本作。

「今の世の中ってシステムがほぼ出来上がっていて、新たに何かを立ち上げるにしてもスモールビジネスしかできない。システムに労働力として使われる中で、人は自由や自分の領域、生きている実感をどう得ていくのか。それを追求したらKという人物に収斂されていった感があります。他人からの評価にとらわれすぎている現代人へのカウンターとなる人物としても書きました。今の社会で生きていくには、彼のように自分で自分の尺度を決め、培い続けることが一番必要だと思う。もし20代の若い人が読んでくれて、そんなことをちょっとでも思ってくれたら、書いた価値があったなと思えます」

『K+ICO』 ウーバーイーツの配達員K、TikTokerのICO。同世代の大学生ながら異なる生き方、価値観を持った二人の偶然の出会いと、その後とは。文藝春秋 1760円

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うえだ・たかひろ 2013年「太陽」で新潮新人賞を受賞しデビュー。’15年「私の恋人」で三島由紀夫賞、’19年「ニムロッド」で芥川龍之介賞、’22年「旅のない」で川端康成文学賞を受賞。

※『anan』2024年3月27日号より。写真・土佐麻理子(上田さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)