ヒコロヒー「普遍性があるものはやっぱり面白い」 初の恋愛小説を書いた背景を明かす

2024.2.17
通称・“国民的地元のツレ”ことヒコロヒーさんが、初めての、恋愛小説の短編集『黙って喋って』を上梓。ページをめくるたび、「あぁこの感情、知っている」と“心当たり”に胸がチクリ。切なく、魅力的な作品です。

リアルな描写に、心当たりが…。ヒコロヒーさんが恋愛小説を書いた。

Entame

朝日新聞のウェブマガジンにて、4年にわたって短編の恋愛小説を書いてきたヒコロヒーさん。今回その短編が1冊の書籍になりました。

「小説執筆は、20代の女の子たち向けのウェブマガジンの編集の方から、“読者に向けた恋愛のお話を書いてみませんか?”と声をかけてもらったことがきっかけでした。それまでエッセイのようなものは書いていたんですが、小説は初めてで。でも“小説のような大げさなものではなく、8000文字前後のちょっとした物語を”というお話だったので、それなら気楽にできるかな、と。ほんの軽い気持ちで引き受けたんです」

もともと、コントの台本は自ら書いているヒコロヒーさん。ゼロから人物を作りセリフを言わせ展開を考える…という行為は、小説における〈物語の構築〉と似ている部分もあり、その部分での苦労はなかったそう。そしてテーマが決まっていたことも、自身にとっては功を奏した、とも。

「テーマがあることによって書くことに枠ができますが、私はむしろ、“何を主題にしてもいいですよ”と言われたら、自由すぎて書けなかったかもしれません」

与えられたテーマは“恋愛”。ヒコロヒーさんは恋愛を、「普遍的なものであり、だからこそモチーフとして面白い」と言います。

「いわゆる恋愛の〈惚れた腫れた〉は、なんだかんだとほとんどの人が通るもの。普遍性があるものはやっぱり面白いと思いますし、だからこそ恋愛は、落語や漫才、コントなど、お笑いの世界のあらゆるところで話のモチーフになっているんだと思います」

この一冊に収録されているのは、出てくる人たちも、シチュエーションもすべて異なる18の恋物語。テンポの良い会話と絶妙な角度からの描写で展開するストーリーは、恋を知る人の心の琴線を密かに震わせ、気がつけば、かつて胸のどこかに染み込んだ“あの感情”が浮かび上がり、“この恋、私にも心当たりが…”と思わされる。そんな魅力的な一冊です。

「モデルがいる、ということはないですが、友達の恋愛話からちょこちょこいろんな要素はもらったかもしれません。恋愛話を聞くときって、“で、どうなったん?”って、次の展開を考えながら聞くんですが、私が想像しなかった展開になることが多いんですよ。“え、なんでそこで付き合わんの?!”みたいな(笑)。だからもしかしたらここに収録された物語は、私が思う、〈叶わなかったもうひとつの恋の展開たち〉みたいな感じなのかも」

ヒコロヒーさんにとって恋とは、ままならないからこそ面白く、そんなわかりやすいものなら誰も恋愛にここまで熱狂しないだろう、とも言います。

「お互い別の人間だから、そもそもなにもかもがままならない。コミュニケーションにおいて言葉は重要で、特に恋愛ではより言葉への依存度が高くなる。会話って、腹の中の探り合いみたいなところがあるじゃないですか。それによって相手との距離を測ることもできるし、本心で言っている場合もあるから、真に受けていいときもある。つまり、わかり合えないからこそ、互いに喋らなあかんし、同じように黙らなあかん、ということなんです」

他愛のない物語、だからこそ胸にくる。

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『黙って喋って』ヒコロヒー 朝日新聞出版 1760円
女たらしのバンドマン、かつても今もその一歩が踏み出せない彼、「あと十分一緒にいたい」と言い出せない彼女、別れた彼の結婚に心をかき乱される女性…。初の小説とは思えない、完成度の高い恋愛小説が楽しめる。

ヒコロヒーさん ピン芸人。1989年生まれ、愛媛県出身。著書にエッセイ集『きれはし』(Pヴァイン)が。好きな恋愛小説は、O・ヘンリーの『魔が差したパン』、坂口安吾の『二十七歳』。

※『anan』2024年2月21日号より。写真・内山めぐみ

(by anan編集部)