次期直木賞、大本命作品も! 歴史・時代小説&新鋭作家のおすすめ作品を紹介

2023.4.15
おすすめの歴史・時代小説、若手作家の作品について、書評や著者インタビューを通し作家と作品のきらめきを伝えている、ライターの三浦天紗子さんと吉田大助さんに語っていただきました。

本格派だけど親しみやすい。一級の歴史・時代小説は必読!

三浦天紗子(以下、三浦):最近、時代小説がまたきていますね。コアなファン以外も手に取りやすい作品が増えて、じわじわすそ野が広がっています。たとえば永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』

吉田大助(以下、吉田):これは面白かったですね~。芝居街で起きたある仇討ちについて5人の話者がそれぞれに語り、少しずつ真相が見えていく「回想の殺人」ミステリーですが、江戸に生きる人々の生活や感情の描写が秀逸でぐんぐん引き込まれました。次期直木賞、大本命だと思います。

三浦:永井さんは去年直木賞の候補作になった『女人入眼』も素晴らしかった。本当に筆達者な方ですよね。

吉田:江戸を舞台にした作品を長く書かれているから、史実も文化も庶民の暮らしも隅々まで知り尽くしている。いってみれば在野の研究者ですよね。土台があるからここまで書けるわけで、それでいうと蝉谷めぐ実さんも同じです。彼女はもともと大学で文化文政時代の歌舞伎を研究されていた人。その知識を存分に生かした『おんなの女房』は抜群でした。

三浦:蝉谷さんの作品は私もとても好き。『おんなの女房』のテーマは芸道のすごみ。フェミニズムに通じることだし、『木挽町のあだ討ち』は家族的なつながりに光を当てています。豊富な知識と現代的な感性を持ってエンタメ化できているところがおふたりの強み。時代ものを読まない人にこそ体験してほしいです。

吉田:蝉谷さんも新人ですが、ほかにも才能あふれる若い作家が続々出てきています。安堂ホセさん、日比野コレコさん、宇佐見りんさん、遠野遥さんと、近年の文藝賞受賞者だけでもイケイケです。

三浦:最近の若手はみんな、デビュー作から完成度が高くてびっくりしますね。私はいま吉田さんがおっしゃったなかでは日比野さんが気になります。彼女は昨年、『ビューティフルからビューティフルへ』で文藝賞を獲りましたが、言語センスなど、もっと話題になっていい逸材だと思います。

吉田:文体というか、いろんな文脈を持った言葉の並列のさせ方が面白いですよね。松本人志さんの言葉に影響されてきた、というananのインタビューがネットでバズってましたし(笑)。

三浦:ラップ好きということもあって、言語センスが独特ですよね。小説のなかに詩や短歌を意図的に越境させてちりばめてもいる。どこかミュージカルに通じるような無二の文体が魅力です。

吉田:Z世代の作家のなかでの僕のイチオシは、高野知宙(ちひろ)さん。デビュー作の『ちとせ』は御一新直後の京都を舞台に、失明する運命にある三味線弾きの少女を描いた作品ですが、五感に訴える情景描写のみならず、書きすぎないセンスが抜群なんですよ。ちとせの運命はどうなったかという事実関係をギリギリまで明かさず、クライマックスへと至る重要な場面でサラッと記す。たった1~2行にとてつもない爆発力を込められる書き手なんです。しかも高野さん、これ書いたときまだ高校生だったんです!

三浦:人生3周目くらいなのかも(笑)。すごい新人が出てきましたね。話を聞いているだけで読みたくなりました。私は一昨年にホラー作品の『虚魚(そらざかな)』でデビューした新名智さんにも注目しています。この作品は2人の女の子が「人が死ぬ怪談」を探っていく物語。ホラーということでどうしても光が当たりにくいけど、青春小説としても読めるし何より文章がうまい。新名さんはまだ2冊しか出していないのですが、もっともっと読みたい作家さんです。

知識に裏打ちされた歴史・時代小説が熱い。

人と人とのつながりを巧みに紡いでいく。

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『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子
雪の降る夜に、芝居小屋の裏通りで、若衆・菊之助があだ討ちを成し遂げる。その2年後に、あだ討ちの顛末を聞きたいと菊之助の縁者を名乗る者が現れて…。あだ討ちを目撃した者たちに話を聞いていくと驚くべき真相が見えてくる。1870円(新潮社)

女形の夫婦を通して、共に生きることを問う。

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『おんなの女房』蝉谷めぐ実
武家の娘・志乃は芝居について何も知らないまま、歌舞伎役者で人気の女形・燕弥の元に嫁ぐ。家でも女としてふるまい、芸事にまい進する夫に対し、戸惑いながらも尽くそうとする志乃。そこに他の役者の妻たちとの交流も生まれ…。1815円(KADOKAWA)

小さなブームが数年おきに訪れるという歴史・時代小説が、再燃してきている。

「10数年前に『ネオ時代小説』ブームがありましたが、史実と違う、ポップすぎるという否定派も当時はいて。一方、永井紗耶子さんと蝉谷めぐ実さんはわりとガチで江戸時代を研究しているうえ、エンターテインメントの体幹がしっかりしている。歴史・時代小説のトップランナーとして長く活躍するはず」(吉田さん)

「おふたりに先駆けて芸道・時代小説を手がけた大島真寿美さんの『渦』もぜひ。浄瑠璃作者・近松半二の生涯を描いた作品で、人形浄瑠璃の世界を知る一冊としても」(三浦さん)

デビュー作の完成度がすごい! 大型新人の台頭。

生の息吹の混沌と鮮烈。これが現代高校生の声。

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『ビューティフルからビューティフルへ』日比野コレコ
死にたくなる気持ちに抗う高3の静とネグレクト家庭育ちのナナ。ナナは駅前で声をかけてきた若い男・ビルEを〈ことばぁ〉という老女の家に連れていく。静、ナナ、ビルEの3人はことばぁから出される宿題を通して自分を見つめ直す。1540円(河出書房新社)

少女の葛藤と成長を描く青春譚。

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『ちとせ』高野知宙
舞台は明治5年の京。天然痘で失明の不安を抱えた少女・ちとせは俥屋の跡取りと出会い、京で見聞を広げていく。景色や人々を目に焼き付けながら、やがて三味線の名手となったちとせは大きな舞台に立ち…。京都文学賞中高生部門最優秀賞受賞作。1760円(祥伝社)

各文学賞への応募が軒並み増加し、新人らしからぬ高水準の作品が続々誕生している。

「某新人賞の選考委員いわく、ステイホーム期間のおかげで時間をかけて推敲した結果か、最終候補の全体的なレベルが上がってきている、と。Twitter発の『タワマン文学』で注目を集めて作家デビューした麻布競馬場さんも、暇になったから書き始めたと言っていました(笑)。コロナ禍が文学に与えた影響は、これからわかってくると思います」(吉田さん)

「長編に日比野コレコさんや安堂ホセさんがトライしたとき、今の言葉の強度のまま書き切れたらすごいし、また違う新たな作風を見せてくれるのかもしれない。楽しみです」(三浦さん)

三浦天紗子さん ライター、ブックカウンセラー。女性誌や文芸誌、Webメディアで書評やインタビュー、メディカル記事を担当。著書に『そろそろ産まなきゃ』(CCCメディアハウス)など。

吉田大助さん ライター。雑誌を中心に、書評や作家インタビューなどを手がける。編者を務めたアンソロジー『僕たちの月曜日』(角川文庫)が発売中。ツイッターは@readabookreview

※『anan』2023年4月19日号より。写真・中島慶子 取材、文・熊坂麻美

(by anan編集部)