遠野遥の最新作は“奇妙な寄宿制学校”が舞台 読者の胸をざわつかせる主人公たちの言動とは
規律と欲望の相克から変質していく主人公を追う新感覚のディストピア。
本書の舞台は、超能力の成績が校内での待遇も居心地の良さも左右する、奇妙な寄宿制の学校だ。
「Perfumeの『Spending all my time』は、部屋に閉じ込められている3人が、制服のような衣装を着て、超能力の訓練をしているようなMVなんですね。そこから着想を得ました」
主人公の佐藤は、ルームメイトの羽根田や、仲のいい女子の真夏、同じ翻訳部に所属する海らと、正しさや幸せを求めてサバイブしていく。
だが、1日3回以上のオーガズムを推奨するこの学校では、寄宿生たちにポルノビデオを供給するし、性的な交流は盛んで、半ばオープンな部屋で行われる。透視のような超能力試験は重要科目だ。抑圧と自由がねじ曲がった彼らの日常を見届けたくて、ページを繰る手が逸る。
「集団内の規則や慣例は、外から見たら驚くほど変な話も結構ありますよね。けれど『それがルールだから』と言われている空間内にいると、さしたる疑問も持たずに従ってしまったり。その滑稽さや歪みを、アンプにつなぐ感覚で増幅させています」
カメラで監視され、思考能力を奪われていく状況は、あの傑作ディストピア小説にオーバーラップする。
「実はジョージ・オーウェルの『1984年』は書き上げた後に読んだので、私自身驚いたくらいです」
さらに、昨今のジェンダーギャップや性暴力などの女性問題を潜ませているところに独自性が際立つ。
「上級の待遇を受けられるクラスには女生徒はほとんどいないとか、安全面からもあった方がいいのに階段に蹴込板がなくて下から覗き放題だとか。食堂のメニューも、主人公にはちょうどいいが女子生徒は食べ切れずに残している」
スポーツ、セックス、規律、協調性…。圧倒的な「正」が「危」に転じる怖さが迫ってくる本作。そんな遠野作品から、当分目が離せない。
「次回作は、30歳くらいの美容外科医と女子中学生が交互に語り手を務めて進むお話です」
とおの・はるか 作家。1991年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒。2019年、「改良」で文藝賞を受賞し、デビュー。’20年、『破局』で芥川賞を受賞。本作が受賞後第一作となる。
『教育』 佐藤が邦訳に取り組む「ヴェロキラプトル」で初めて作中作にも挑戦。「本筋と違う流れで書くのは気分も変わって楽しかったですね」。河出書房新社 1760円
※『anan』2022年2月2日号より。写真・土佐麻理子(遠野さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)