「私も選手も駒、だけどそこに心はある」森保一監督、ずっと大切にしている“3つの決まりごと”

2023.3.24
勝利を信じ続けた先にはまだ見ぬ景色が広がっていた…。格上相手に快進撃を遂げたカタールW杯から約3か月。次開催の2026年まで指揮官続投が決まった森保 一監督が語る、一体感を生む“つながるチカラ”の作り方とは。

【森保一監督が語る“つながるチカラ” 1】

“ジャイアントキリング”という言葉が世界中をかけ巡ったカタールW杯。その主役を担った国の一つが日本だ。本大会での予選(グループステージ)で、ドイツ、スペインというW杯優勝経験のある格上の強豪国にどちらも逆転勝利を収め、グループ首位で決勝ラウンド進出を決めたのだ。とはいえ快進撃はここまでで、結果はベスト16。目標だったベスト8に届かなかったことに目を背けてはいけないが、日本中に勇気と感動を与えてくれたのも事実。多くの人々の記憶にあるのは下馬評をものともせず、一致団結して勝利と仲間、自分を信じて前進した森保ジャパンの勇姿ではないだろうか。

2018年に監督に就任してからの4年半、サッカー人気の低迷、結果や采配への批判に加えて、グループステージの組み合わせ抽選で“死の組”に入るという不安要素もあり、本大会直前まで逆風は吹き荒れた。それでも揺らがなかった一体感はいかにして築かれたのか。森保 一監督が教えてくれたのは、どんな組織にも通じる対人関係の作り方だ。森保流“つながるチカラ”。それはシンプルだけれど、仕事をするうえで実は多くの人が忘れがちなことかもしれない。

チームのために~コンセプトを共有することで、進むべき方向性が明確になる。

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©JFA

チーム一丸となって動くためには、ゴールとなる大きな目標設定が不可欠だ。そして、そこに到達するために、小さな目標を細かく決めて着実にクリアしていく。このことは、目標達成のための王道、かつ効率的な方法だろう。

日本サッカー協会が掲げる最終目標は「2050年までにW杯優勝」。そのためのステップとして、カタールW杯ではこれまでに到達したことのない“ベスト8以上”を目指した。だが、本当にそれだけでチームは一つにまとまれるのだろうか。強固な“つながるチカラ”を生み出すため、ほかに重要視していたこととは。「小学生でもわかることですが」と前置きしたうえで、森保監督は話し出した。

「チームコンセプトとして“みんなのために頑張る”ということを大切にしてきました。ミーティングなどで選手やスタッフにも伝えていたことです。ただし、気をつけてほしいのが、組織が先にならないようにという点。チームのために一体何を頑張ればいいのか、相反するようですがそれは自分磨きです。それぞれの個の良さや特長を最大限に活かすこと。すなわち、個の力をより大きくし、そして個と個が融合できれば、団結力は必ず上がっていくと思います」

“つながるチカラ”を生み出すためには、まずは個の能力を高めること。では、ひたすらトレーニングや練習を積めばいいのか? といえば、それだけでもないよう。森保監督は、個の力の高め方について指針があるという。

「心・技・体という言葉があります。これらがすべて揃った時に最大限の力が発揮されるという意味ですが、優先順位をつけるなら、私は“体・技・心”だと考えているんですね。まずはフィジカルを強くすること。次に技術力を高めること。そして最後は一人ひとりがプレッシャー下でも、自分の力(体と技)を出せるようにメンタルを強くすること」

次なる段階は個の融合。他者と自分が“つながる”とは、具体的にどういうことなのか。森保監督が例に挙げたのがある言葉だ。

「“和して同ぜず”という論語にある文言が好きなんです。それは、協調するが主体性は失わないという意味です。選手それぞれに特長やリズムがありますから、縛りつけることはしたくないし、馴れ合いにもなってほしくない。チームにいることが苦しくならないような関係を作ってほしいんです」

そこから、そのためには最低限のルールは必要と続けたのが…。

「(1)集合時間を守る。(2)チームで起きた問題はチーム内で解決する。(3)SNSの発信に注意する、の3つの決まりごとを設けています。(1)は集団生活における基本のきですね。(2)は、選手間で競争はしながらも、一方で家族として、戦う仲間として、自分をさらけ出し、ぶつけ合ってほしい。話すことで建設的に問題解決を図れるし、相手のことも理解できます。(3)は、今はメディアを通さずに個々が発信できる時代。内部のことをどう公にするのか、それを出したことでチームメイトがどう思うか。お互いを尊重し、快適な空間作りのために必要なことですね」

拍子抜けするほどのシンプルな内容であるが、森保監督の真意は、あえてそこにあるようだ。

「日本代表だからと、特別なことは何もありません。Jリーグのクラブでも会社でも、組織として何か行う場合のルールはどこも同じだと思います。大切なのは人と人との関わりのなかで、尊重し合い過ごせるような環境作りです」

各自が個の能力を高め、お互いがそれらを尊重し認め合うことで“つながるチカラ”が生まれる。そうした森保ジャパンが築き上げた関係性のなかで、“監督”はどのような存在で、どんな役割を果たしているのだろうか。

「選手が思い切りプレーできるよう、成長できるよう、黒子としてチームを支えるのが基本的な私の考えです。監督って特別な存在と思われますが、様々な役割があるなかの“監督係”だと思っているんですよ。よく組織の形をピラミッドに例えますが、私は砂時計と表現しています。時によっては、リーダーの位置がくるっと変わるんですね。私が牽引する立場の時もあれば、みんなから教えてもらう側に立つこともあるんです」

森保監督が教えてもらうというのは、コーチや選手からの意見。森保ジャパンが分業制で成り立っていることは、あまり知られていない事実かもしれない。監督と選手の間には専門分野に長けたコーチ陣がいて、フィジカルや分析などの各担当に分かれているという。

私は決定するだけです。信頼してるから任せられる。

「私と彼らで受け持つ仕事の比率を徐々に変えていき、今では9割くらいを各コーチに任せています。プレゼンもしてもらいますし、私とは異なる意見も積極的に出してもらい、最後の最後は私が決定を下していますが、いろいろな価値観を見出すことで、より確かな結論を出せると思っています。彼らに頼り切っていますね(笑)」

海外クラブの監督に多いワンマンという手法は、森保監督の選択肢にはなかったよう。

「私にはできません(笑)。日本代表の活動期間って2週間くらいしかないんです。そのなかで中途半端に現場のことを私がやっていたら、選手に伝えるべきことが薄く浅くなってしまう。そうであるなら、戦術を熟知している各コーチに任せたほうが合理的ですよね。私も含めて、みんながいろいろなことにチャレンジして成功につながったらいいなと思っています。選手、コーチなど、チームに関わるすべての人が、やりがいを持てる組織でありたいですね」

完璧ともいえるチームビルディング。だが、森保ジャパンが一般的な組織と異なるのは、そこに激しいバッシングがあったことだ。

「結果で評価されるスポーツですから覚悟のうえであり、勝ったとしても批判はあるものと思っています。とはいえ、批判は少ないほうがいいですね(笑)。指摘を受けた時にしていたのが、原理原則に立ち返ること。それは、『日本代表の勝利のために。日本サッカーの発展のために。社会に貢献できるように』というもの。改めてそこを起点として、問題の対処法を考えるようにしていました。立ち返らなかったら、糸の切れた凧のように修正がきかなくなっていたでしょう。その一方で、批判されるというのは注目されている、試合を観ていただいている証しと、ポジティブにも受け取っています」

私たちは、肩書や一時の感情で放たれた言葉に囚われすぎていて、その大本となる人間をしっかり見られているだろうか。対人関係とは文字通り、人と人が向き合うこと。森保監督はこう言う。

「私も含めて選手は、チームがうまく機能するための駒ですが、そこには心がある。それを忘れずチームのためにやってきました」

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試合後に選手の輪の中心に立ち、話をする森保監督。W杯で逆転勝利を果たしたスペイン戦後では死力を尽くした選手たちをねぎらい、決勝ラウンドに向けて士気を鼓舞した。©JFA

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試合中にメモする姿はおなじみの光景。「良かった点や改善点、心情を記して選手に伝えます」(森保監督)©JFA

もりやす・はじめ 1968年8月23日、長崎県生まれ。現役時代はサンフレッチェ広島、ベガルタ仙台などでプレー。元日本代表。1993年の“ドーハの悲劇”を経験。現役引退後は広島の監督、東京五輪代表監督、ロシアW杯日本代表コーチなどを経て、2018年7月より日本代表監督。

※『anan』2023年3月8日号より。写真・日本サッカー協会 Getty Images 取材、文・伊藤順子


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(by anan編集部)