「黒と白」で描く、愛しくも哀しい人間界のドラマ…ヴァロットンの木版画が一挙に初公開

2022.11.15
芸術の都・パリが最も華やぎ、芸術家を惹きつけてやまなかった19世紀末。その彩り豊かな街でただ一人、黒と白の境地を突き詰めた作家がいる。名はフェリックス・ヴァロットン(1865~1925)。この秋、生涯にわたる彼の作品のうち、三菱一号館美術館所蔵の約180点が「ヴァロットン―黒と白」展で一挙に初公開される。

黒と白で描く光と闇、理性と本能の狭間のドラマ。

画家として教育を受けたヴァロットンが、初めて木版画の手ほどきを受けたのは25歳のとき。翌年にはすぐに雑誌で紹介され、木版画家として活動が本格化したというから、その才能は最初から際立っていた。

木版画は15世紀に活版印刷が発明された当初に多用された技法で、ヴァロットンの時代には多色刷りができるリトグラフ(石版画)を手掛ける作家の方が多かったという。古くシンプルな技法をあえて選んだのはなぜだろう?

作品を見ると、黒の領域の存在感、含蓄するものに圧倒される。連作〈アンティミテ〉では、白いドレスをまとった主人公に闇が迫り、今にも飲み込もうとしているかのよう。別の作品で描かれる人殺しの場面では、真っ白に彫り抜いた室内で、被害者に襲いかかる下手人(げしゅにん)の背中だけが不気味に黒く残る。

こうした「黒」の表現について、「黒い染みが生む悲痛な激しさ」(芸術評論家タデ・ナタンソンの言葉 1899年)という評も。墨だけで描かれた水墨画がその濃淡で豊かな表情を見せる一方、ヴァロットンの色のない世界は、時に一途なまでの思いを秘めているように見えてくる。

第一次世界大戦が勃発すると、52歳にして従軍画家として前線に赴く。その前年に制作された連作〈これが戦争だ!〉では、触手のような鉄条網に搦めとられた人間の体(死体)が描かれる。若かりし頃、辛辣さやブラックユーモアと解されてきた精神は、年齢を重ね、達観した表現へと至ったようにも。愛しくも哀しい人間界のドラマは、黒と白で描くからこそ美しいのかもしれない。

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フェリックス・ヴァロットン《お金(アンティミテV)》1898年 木版、紙 三菱一号館美術館

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フェリックス・ヴァロットン《フルート(楽器II)》1896年 木版、紙 三菱一号館美術館

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フェリックス・ヴァロットン《怠惰》1896年 木版、紙 三菱一号館美術館

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フェリックス・ヴァロットン《有刺鉄線(これが戦争だ!III)》1916年 木版、紙 三菱一号館美術館

ヴァロットン―黒と白 三菱一号館美術館 東京都千代田区丸の内2‐6‐2 開催中~2023年1月29日(日)10時~18時(金曜と会期最終週の平日、第2水曜は21時まで。入館は閉館の30分前まで) 月曜(11/28、12/26、1/2、1/9、1/23は開館)、12/31、1/1休 一般1900円ほか TEL:050・5541・8600(ハローダイヤル)

※『anan』2022年11月16日号より。取材、文・松本あかね

(by anan編集部)