「私らしく」というよくある綺麗な言葉の暴力|おおしまりえのキレイな悪口

文・おおしまりえ — 2017.2.21
「こんなブス顔じゃ愛されない!幸せになれない!」なんて、オンナと人生を格闘している女子に送る、キレイと幸せが手に入る(?)痛快エッセイを毎週お届け。オンナの旬を過ぎつつある三十路の恋愛ジャーナリストおおしまりえが、向き合いたくないけど向き合わなくてはいけないオンナの性と美、そして恋愛に対して、毎週真っ向勝負を挑みます!

【おおしまりえのキレイな悪口】vol.6

最近雑誌やらを読んでいると、やたらめったら「私らしく」というコピーに出くわす。

少し前まで流行っていた「モテ」というフレーズに取って代わって使われる、キラキラ言葉である。

私らしく着回す。
私らしく春を装う。
私らしくオフィスで輝く。
私らしく私らしく私らしく私らしく私らしく……。

ワーーーーッ!! 気持ち悪い。

と、その多用される言葉を前に、私はしょっちゅう、心の中で発狂する。

「私らしく」って何やねん! 
と、生粋の関東人なのに、関西弁を使ってしまうレベルである。

だって「私らしく」という言葉の力は、本来お吸い物に入っている三つ葉みたいなものだったはずなのだ。

ちょっとアクセント的に使われるからこそ価値のある言葉。それが『世界に1つだけの花』のブームに始まり、こんな定期的に多用されるなんて、もはやお吸い物が三つ葉の汁になってしまっているではないか。

出汁の香りよりも強い、青々とした三つ葉が主張する飲み物なんて、私は一口も飲みたくないのである。

■「私らしく」の本当の意味、知ってる?

なぜ「私らしく~」という表現がこうも嫌いなのかというと、そもそも「私らしい」とは「私」が「らしい=自然体」。

つまりらしいとは、“現状維持”を表す言葉。

今のままでオッケーという意味なのに、最近は妙に上向きな空気をまとって世の中では使われているからだ。

昨今のオンリーワンブームに乗っかって、私らしく綺麗にとか、私らしくオシャレにとか言っているのが、冷静に考えると“現状維持しながらオシャレに磨きをかけろ”っていう、ものすごく矛盾したフレーズに聞こえてしまうのだ。

しかも、そんな私らしくに惹かれる多くの女子たちは、悲しいかな「私らしく」がなんなのか、分かっていない。いや、そもそもそんなもの、分かっている人の方が少ないのである。

たとえば「私らしく似合うトレンチコート」みたいな雑誌の特集があるとする。
へーと疑問を持たずに読み進めてしまいそうだけど、本来「私らしく」が何かを分かっている人は、似合う色も形も知っているはずだ。ていうか、雑誌で“らしさ探し”なんてしない。
それにもかかわらず、多くの人が、「私らしい」色や形の提案を熟読してしまっている。彼女たちは、自分の個性を分かってもいないのに、「らしくありたい」と思っているのだ。

■野心家な女ほどよく使う「私らしく頑張る」

この「私らしく」が多用されるシーンを探すと、よく見ることができるのが“女子の頑張る宣言”である。

たとえば某ミスコンにエントリーした女子たちのメッセージには、だいたい「私らしく頑張ります」と書かれていてるし、アイドルとかタレントも、よくこの「私らしく頑張ります」という言葉を使っている。

“ガツガツしないで自然に進む”という意味の用いられ方なのだと思うけど、ミスコン、女子アナ、タレント、どれも“女の野心”と“向上心”の塊のような職種なのに、「自然体で~」とか、自然体とは対極にいる人たちのクセに言えちゃう感じ。
それを聞いて「がんばって!」と言えちゃう応援者たちの関係に、なんだかこの上っ面ばかりの社会の縮図すら感じるのである。

思えば自然体ブームの始まりは、2014年に日本公開された『アナと雪の女王』の「ありのまま~」からだったわけで、そこからもう3年。私たちは何かに合わせて自分を変えて、高める辛さから逃れたいと今も思い続けている。

でも実際は、3年前にくらべると「他人の評価から逃れたいけど、認められたい」という矛盾した気持ちばっかりがムクムク膨らんで、結果として「ガツガツ自分をアピールする子は恥ずかしい」くらいの、本音とは違うゆがんだ常識がまかり通ってしまっている。

中には、「本当は私だって周りからチヤホヤされたいの」という気持ちが抑えきれない女子もいて、そういう人が嫌味にならない最適な表現を探した結果「私らしく頑張る」という言葉で濁すことになるのかもしれない。

これ、3年前よりタチが悪くなっていると思いません?

女が自然体で生きられる時代。
そんなのはきっと、待てど暮らせど一生こないのかもしれない。

けれど比べてみると、私らしさブームの前にあった「モテたい!」って女子がやっきになってアンサンブルとかを着回していた時代の方が、精神的にはずっと直球で健全だった気がしなくもない。

頑張るのは辛い。認められないとシンドイ。ネットを通じて自分というものが他人の目に入りやすい時代だから特に感じるわけだけど、本当の美しさや強さというのは、自然体の時でもなく、誰かから認められた時でもなく、自分で自分を「よし!」と思えたその瞬間に、生まれるものだと思う。

だからまずは、「らしく」よりも、「私」にもっと感心と満足感を得られる生き方を見つけていきたいものである。

ちなみに私が「私らしく」過ごす場合、だいたい顔も洗わず夕方くらいまで寝て、酒飲んで、漫画読んで、また寝るという1日になる。
こういう「私らしく」はよろしくないが、「私らしく」の言葉が持つ“自然体”とは、本来こういうモノのことをいうのである。


【おおしまりえのキレイな悪口 ぜんぶ読む!】
vol.1 美人眉と女の友情に共通する“なんとなく”精神


おおしま りえ/恋愛ジャーナリスト
10代より水商売やプロ雀士などに身を投じ、のべ1万人の男性を接客。本音を見抜く観察眼と、男女のコミュニケーション術を研究し、恋愛ジャーナリストとして活動を開始。私生活では20代で結婚離婚を経験した後、現在「女性自身」「週刊SPA!」「ananWEB」など大手メディアを中心にコラムを執筆中。
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