志村 昌美

尚玄「撮影中はハプニングしかなかった」リム・カーワイ新作の裏側を語る

2024.1.26
普段行くことができない場所に観客を誘うのが映画の魅力でもありますが、最新作『すべて、至るところにある』が連れていってくれるのは、第一次大戦勃発の地でもあるバルカン半島。『どこでもない、ここしかない』と『いつか、どこかで』に続き、バルカン半島3部作の完結編となる本作では、旧ユーゴスラビアの国々に広がる圧巻の景色が映し出されていることでも注目を集めています。そこで、こちらの方々にお話をうかがってきました。

リム・カーワイ監督 & 尚玄さん

【映画、ときどき私】 vol. 634

大阪を拠点に、香港や中国、バルカン半島などで映画を製作し、どこにも属することなく唯一無二の映画作りを続けているリム監督(写真・左)。タッグを組んだのは、リム・カーワイ監督作『COME & GO カム・アンド・ゴー』と『あなたの微笑み』でも存在感を放ち、国内外で活躍している俳優の尚玄さん(右)です。劇中では、突然消息を絶ってしまった映画監督のジェイを演じています。

今回は、“前代未聞の制作スタイル”と呼ばれるリム監督の現場の様子や尚玄さんの役作りの苦労、そしておふたりがいま伝えたい思いなどについて語っていただきました。

―最初から3部作にしようと考えていたのか、それともコロナ禍を経験したことによって生まれたものですか?

監督 バルカン半島の景色や歴史に興味を持っていたこともあり、1作目を撮り終えたときから3部作にしようという構想はありました。そこで最後は、総括の意味も込めて前の2作品を撮ったアジア人の映画監督という設定が面白いかなと思いついたのです。

そんなときにコロナ禍になり、ウクライナとロシアで戦争が起きたので、世界が“世紀末”のようだと感じたことも。アーティストとしてこういう状況をどうとらえるのかについていろいろと考えたこともあって、主人公にはそのあたりの思いを投影しています。

現地の建造物に影響を受けてアイデアが生まれた

―本作に脚本はなく、撮影も行き当たりばったりだったとか。

尚玄さん リムとはすでに2本一緒に仕事をしていて、撮影方法は理解していたので、今回も“いつものスタイル”なんだろうなと思っていました。以前は、沖縄から北海道まで移動しながら即興劇で撮影していましたからね。

そういうプロセスを知っているという意味ではあまり不安はありませんでしたが、自分としては飛び込むような気持ちでセルビアに乗り込みました。最初に言われていたのは、映画監督の役で、イタリアの(ピエル・パオロ・)パゾリーニ監督のイメージということくらいだったと思います。

監督 尚玄さんは見た目がパゾリーニ監督に似ているので、彼のような気難しい映画監督がこういう時代をどう思うかという話にしたいと考えました。でも、撮っているうちに、どんどん変わってきてしまったんですよね…。

―それは現地に着いてから、ストーリーに影響を与えるような出来事があったということでしょうか。

監督 そうですね。なかでも大きな影響を受けたのは、「スポメニック」と呼ばれる旧ユーゴスラビアの巨大建造物。ここには戦争や虐殺の犠牲者たちのために作られたモニュメントがありますが、いまの時代にも通じるものがあると感じたので、そこでアイデアが生まれました。

それは尚玄さんが日本を出発する3日前のことでしたが、その時点では「映画監督が宇宙人の基地を探しに行く物語のなかで、姿を消した彼のあとを女優が追う」という構想しかなかったと思います。

さまざまな現場を経験して、適応能力は高くなった

―その話を聞いたときの印象は?

尚玄さん 「何を言ってるんだろう」と思いましたよ(笑)。でも、わからないままでいいやと。行けばわかるんだろうなと感じたので、とりあえずバルカン半島の歴史などについての予備知識だけを頭に入れてから向かいました。

―以前『義足のボクサー GENSAN PUNCH』で取材させていただいた際、マインドセットは得意とおっしゃっていましたが、それが即興劇でも生かされている部分はありましたか?

尚玄さん 俳優が自由に芝居をするためには確固たる“背骨”みたいなものが必要で、それを作るために普段はすごく時間をかけています。ただ、今回は十分な準備期間がなかったので、そういう意味での不安は多少あったかもしれません。

でも、リムの現場には慣れてきましたし、ブリランテ・メンドーサ監督の現場も同じようなところがあるので、与えられた要求に対してキャラクターとしての一貫性を保ちながら即座に適応できるようにはなりました。これまでもいろいろな芝居のトレーニングはしていますが、独創的な監督たちとさまざまな現場を経験したことで適応能力はかなり高くなったと思います。

最終的には、いいケミストリーの効果を出すことができた

―またおふたりで挑戦してみたいことはありますか?

監督 僕はマレーシア人なのに、実はまだマレーシアで撮影をしたことがありません。ぜひ次はマレーシアで撮りたいですし、尚玄さんにもまたお願いしたいので、いろいろと考えていますよ。いままでやったことないような役をやってほしいですね。

尚玄さん 最初はAV監督で、2本目が沖縄の成金だったので、そう考えると全部まったく違う役ですよね(笑)。でも、次はある程度の枠組みは作ってきてくださいよ。

監督 尚玄さんはどんどん良くなっているし、僕にも慣れたと思うので、別にいらないんじゃないですか?

尚玄さん いやいや(笑)。

―脚本がない場合、監督はどのようにして撮影を進めているのでしょうか。

尚玄さん 直前にだいたいのセリフを聞くことが多いですが、たとえば「明日は何するの?」とリムに聞くと「ちょっと待って」とか言いながら夕食後に1人で散歩に行くんです。で、ふらっと帰ってきて急にアイデアが思い浮かんだりするみたいですが、遅いときは当日の朝になることも…。なので、基本はリムに降りてくるのを待つしかないという感じですね。

監督 しかも、時系列で撮っていないので、俳優にとっては状況や気持ちの変化がわかりづらいところがあったかもしれません。そういう意味では彼らにプレッシャーを与えていて申し訳ない気持ちもありますが、俳優との信頼関係があったからできたことだと思っています。

尚玄さん 確かにそうですね。難しさはありましたが、リムは絶対に無理強いはしないですし、修正してほしいときはちゃんと言ってくれるので、そこに助けられました。

監督 だから最終的にいいケミストリーの効果が出せたんだと思っています。

いいタイミングで撮影することにこだわった

―それは作品からも感じられました。また、キャストとスタッフの計5名だけで車1台に乗り込んで撮影したというのも驚きですが、ハプニングはありませんでしたか?

尚玄さん ハプニングしかなかったんじゃないかな(笑)。

監督 はい、そうですね。

―ちなみに、どんなことがありましたか?

尚玄さん 僕の口からは言えないことが多いですね…。

監督 あはは。どんどん言ってもらって大丈夫ですよ!

尚玄さん でも、ハプニングをそのまま使っているところもあるので、観てくださる方が「もしかしてこれもハプニングかな?」と想像しながら楽しんでいただけたらと思います。

―そのあたりも、面白がって観ていただけるといいですね。どのシーンも景色が素晴らしかったですが、撮影も大変だったのではないかなと。

尚玄さん 通行人がけっこういたので、誰もいなくなるのをひたすら待つことも多かったです。でも、これはスケジュールを決めていなかったからできたことだと思います。

監督 確かに、いいタイミングで撮るためにかなり粘りましたよね。それから旧ユーゴスラビアは道路が狭いので、たどり着くまでが大変でいつもドキドキしていました。

尚玄さん でも、行く先々でゲストハウスを探して、現地のおいしい料理を食べるのが楽しかったです。僕も若いときはバックパックで世界を回っていましたが、そういう旅の仕方をだんだんしなくなっていたので懐かしい気持ちにもなりました。これまで60カ国以上旅をしてきた僕でもバルカン半島は初めてだったので、面白かったです。

頭で決めつけすぎずに、直感で生きるようにしている

―印象に残っている場所があれば、教えてください。

尚玄さん たどり着くまで長時間を要したからというのもありますが、やっぱりセルビアのKadinjača(カディンジャチャ)のスポメニックですね。霧の中から急に大きな物体が現れたときは圧巻でした。あとは、撮休のときに1人で行ったモンテネグロ。美しい景色が見れる湖畔でのんびりワインを飲んだりできて、すごく楽しかったです。

監督 この作品に映っている景色は、セルビアやボスニア・ヘルツェゴビナに住んでいる人でさえ行ったことのないような場所ばかり。実際、現地の方々からも見たことないと驚かれたくらいです。

―監督は海外の俳優だけでなく、日本の俳優ともたくさん仕事をしてきていますが、どのような印象ですか?

監督 日本人のみなさんは、本当に真面目ですよね。ただ、それゆえに尚玄さんのように臨機応変に柔軟に対応できる方が少ないようにも感じている部分もあります。もちろんそこが日本人のいいところでもありますが、いろんな監督のスタイルや多様化に対応するためにも、つねにオープンでいることは大事だと感じています。

尚玄さん 確かにそうですね。俳優は準備しないと怖いものなので、気持ちはわかりますが、僕も仕事をするときは頭で決めつけずに、自分の直感でその場を生きるということを徹底しています。

どんどん外に出て、未知のものと出会ってほしい

―尚玄さんは最近父親になられましたが、そのことが心境や考え方に変化を及ぼしたこともあったのでは?

尚玄さん 父親になったことは、僕のなかでもかなりの転換期だと感じています。これまでは自分の人生の尺度で生きていましたが、いまは自分が死んだあとのことまで考えるようになりました。ニュース1つとっても、物事の見方がすごく変わった気がします。

―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

尚玄さん バルカン半島には独自の美しい文化を持っている国々がたくさんあるので、ぜひそのあたりを見ていただきたいです。ただ、そのいっぽうで戦争の傷跡が残っている部分があるのも事実。そういった歴史を少しでも知ってほしいですし、リムの作品では一緒に旅をしているような臨場感も受け取っていただきたいです。

監督 これからの時代はどうなるのかまったく予想できませんし、いい方向には行かないこともあるかもしれません。それでも目の前にあるものを1つずつクリアしながら生きていくしかないので、みなさんもいまの瞬間を生きることを大事にしていただきたいです。

最近の若い世代は考え方が内向きになっている印象を受けるので、もっと他の国の歴史や文化に興味を持ち、心を開いてもらえたらいいなと。僕自身は旅先で知らない人と話したりすることでインスピレーションをもらっているので、みなさんもチャンスがあれば、どんどん外に出て未知のものと出会ってほしいです。

インタビューを終えてみて…。

息のあったやりとりに、お互いへの信頼が伝わってきたリム監督と尚玄さん。撮影の裏側には驚くことも多かったですが、そういった関係性だからこそできた作品だと改めて感じました。今後おふたりがどんな挑戦をされるのか、次回作にも期待が高まるところです。

たどり着いた先に待ち受けるのは希望

バルカン半島の壮大で美しい景色に圧倒され、ミステリアスなストーリー展開にもどんどん引き込まれていく本作。さまざまな文化に触れられるだけでなく、主人公たちと一緒に旅をしている感覚を味わえる必見作です。


写真・園山友基(リム・カーワイ、尚玄) 取材、文・志村昌美

ストーリー

旅先のバルカン半島で、エヴァは映画監督のジェイと出会い、一緒に映画製作を始める。ところがその後、世界はパンデミックと戦争に襲われてしまう。そして、ジェイはエヴァにメッセージを残し、姿を消すのだった。

エヴァはジェイを探すため、再びバルカン半島を訪れると、かつて自分が出演した映画が『いつか、どこかに Somewhen, Somewhere』というタイトルで完成していたことを知る。エヴァがセルビアや北マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナを巡るなか、ジェイの過去と秘密が明かされることに…。

誘い込まれる予告編はこちら!

作品情報

『すべて、至るところにある』
1月27日(土)よりイメージフォーラム他全国順次公開
配給:Cinema Drifters
https://balkantrilogy.wixsite.com/etew
(C) cinemadrifters