志村 昌美

世界で60万回以上再生! ダウン症の弟と兄が作った動画を基に映画化「人の心を語っている作品」

2024.1.10
毎日さまざまな動画が大きな話題となっていますが、2015年に注目を集めた1本は、イタリアに住むある高校生がYouTubeに公開した5分のショートムービー。ダウン症の弟を主人公に据えて一緒に撮影した『ザ・シンプル・インタビュー』は、瞬く間に世界中で話題になり、現在までに60万を超える再生数を記録し、小説としても出版されました。そこでご紹介するのは、感動の実話を映画化した注目作です。

『弟は僕のヒーロー』

【映画、ときどき私】 vol. 631

いつも2人の姉妹から命令されてばかりいた5歳のジャックは、初めてできた弟に大喜び。しかも、両親から弟のジョーは「特別」な子だと聞かされ、ジャックは「ジョーがスーパーヒーローに違いない」と確信するのだった。

ところが「特別」の意味を知ったジャックは、いつまでも子どものように無邪気に振る舞う弟と一緒に居ることが恥ずかしくなり始め、思春期を迎えると弟の存在を隠すようになる。ある日、好きな子についてしまった嘘が、家族や友達、そして町全体を巻き込むほど取り返しのつかない事件となってしまう…。

原作はヨーロッパ各国で翻訳されるだけでなく、日本でも絵本作家のヨシタケシンスケさんが装画を担当した邦訳版が出版されるなど、本国イタリアでは25万部を超えるベストセラーとなっています。そこで、映画化を手掛けたこちらの方に見どころなどについてお話をうかがってきました。

ステファノ・チパーニ監督

監督に抜擢されたのは、イタリアとロサンゼルスで映画を学んだ経験を持ち、今後が期待されているチパーニ監督。本作が初の長編監督作にもかかわらず、ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映され、“イタリアのアカデミー賞”と称されるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞ではヤング・ダヴィッド賞にも輝いています。今回は、制作過程で大切にしたことやダウン症の子どもたちから学んだこと、そして自身の日本愛などについて語っていただきました。

―彼らの物語は言葉や文化を超えて多くの人の心をとらえていますが、その理由について監督はどうお考えですか?

監督 映画を作る人間というのは、自分たちが描く作品に「普遍性のあるものになってほしい」という願いを込めて作っていますが、そういうなかで、今回の作品はユニバーサルな形で観客のみなさんに届けられたことに幸せを感じています。

というのも、この映画に関しては、どの国でもみんな同じような感情と愛が湧き上がっているように感じていて、世界各地で上映するたびに驚いているからです。まるでスイッチを押しているかのように観客から反応が返ってくるので、それがこの物語の持つ力ではないかなと。僕自身も文化や障がいを超えて訴えかけられる映画を作れたことを大変うれしく思っています。

障がいについての映画ではなく、思春期の兄弟を描いた

―本作はただの感動ストーリーやお涙頂戴のような作品になることなく、コメディや青春の要素を絶妙なバランスで織り交ぜているところがおもしろかったです。制作するうえで、意識されていたことはありますか?

監督 僕たちがこの映画を作るにあたって、共通認識としていたのは「障がいについての映画を撮っているのではない」ということでした。なぜなら、障がいについて真正面から切り込みたかったわけではなく、あくまでも兄弟の関係について語りたいという気持ちが強かったからです。とはいえ、障がいのある家族がいる人たちは、さまざまな問題を抱えており、ときにはそれを恥だと感じてしまうこともあると思います。

でも、そこを乗り越えて成長し、受容していく姿を見せたいと考えました。そういったこともあり、この作品ではジャックの成長譚が核となっています。それに、彼が感じる「恥」という感情は、障がいを持った兄弟がいるからではなく、思春期にありがちなこと。実際、自分の身体や家族の問題を恥ずかしいと感じることは、どんな若者にもあることですからね。

―そういった普遍性があったからこそ、多くの人から共感を得られたのも納得です。

監督 ジャックは弟を受け入れられなかったのではなく、自分の問題を受け入れられなかっただけ。そこを乗り越えられたことが彼の成長にも繋がっています。先程「バランスがいい」と言っていただいたのがすごくうれしかったんですが、今回はいくつもテーマがあるなかで、1つに偏ってしまうと重い作品になる可能性もあっただけに、そのあたりはうまく配分することを心がけていました。

ダウン症の子たちに人間関係の大切さを教えられた

―なるほど。また、本作にはダウン症の子どもたちも出演していますが、非常にピュアで豊かな独自の感性を持っている印象を受けました。制作過程で出会ったダウン症の子どもたちと触れ合うなかで、監督自身が教えられたこともあったのでは?

監督 ダウン症を抱える子は症状の出方がさまざまで本当にみんな違うので、ひとくくりには語れませんが、彼らに共通していると感じたのは、すごく愛情深くて、他人をとても信頼してくれる人たちだということ。彼らは「あなたの話を聞くから、私の話も聞いて」という姿勢なので、その様子に人間関係においてシンプルなものがいかに大切かを改めて気づかされました。

劇中で描いているように、「障がい者は完璧じゃないから切り捨てよう」みたいな考えの人がまだまだ社会にはいるかもしれません。でも、ジョー役を演じてくれたダウン症の子が「そもそも人間は誰もが完璧じゃないんだよ」という言葉を発していて、まさにその通りだと思いました。なので、僕はそういう彼らと一緒に生きられる社会は本当に幸せだと感じています。

社会において改善すべき課題は世界中にある

―素晴らしいひと言ですね。とはいえ、障がい者の方々に対する偏見はまだ残っていると思いますが、どういった部分を改善すべきだとお考えかお聞かせください。

監督 まず、現代に関して言うと、いまは“原始的な状態”にいると僕は考えています。なぜなら、世界のあちこちで戦争が起き、人が殺し合いをしている状況下で自分たちの生活や問題のことしか考えられなくなっているからです。それによって人々は障がいを抱えている方々に目を向ける余裕がなくなり、無関心が社会全体にはびこってしまう原因を生み出しているのだと感じています。

おそらくこれはイタリアだけでなく、世界中で起きていることなので、そういう状況は改善しなければいけないなと。ただ、若い人たちの考え方は進んでいますし、感性も豊かなので、そういう意味での希望はあると思っています。とはいえ、まだまだ遅れているところはたくさんあるので、こういった物語を通して新しい視点を持つ必要性を感じていただきたいです。

愛する日本文化に取り憑かれている

―そういう部分も考えながら観ていただけるといいですね。また、本作で日本の観客が気になることの一つといえば、『ドラゴンボール』の孫悟空が登場するあたりですが、監督は日本のカルチャーにご興味があるのですか?

監督 それどころか、僕は日本文化を愛しているんですよ! 悟空に関しても、実は脚本になかったのに、どうしても僕が入れたくてねじ込んだくらいですから(笑)。というのも、僕が子どもの頃のイタリアではありとあらゆる日本のアニメが入ってきていて、大きな影響を受けました。『ドラゴンボール』はもちろん、『聖闘士星矢』や『キャプテン翼』など、全部観ています。

あとは、日本の映画も大好きなので、小津安二郎監督、溝口健二監督、黒澤明監督、北野武監督などの作品を観てきましたし、侍のことを書いた「葉隠」という本を毎日のように読むくらい日本文化に取り憑かれていますよ(笑)。

―それはすごいですね。では、来日したらやりたいこともたくさんあるのではないでしょうか。

監督 とにかく全部したいです! 実はここ4年くらい日本に行く計画を何度も立てていて、チケットを買ったこともあったのですが、パンデミックのせいでキャンセルになって以来まだ実現できていません…。日本に行けたら、温泉に行ったり、東京を回ったりして、大阪でおいしいものをいっぱい食べたいと考えているので、したいことは本当に山ほどあります。

―ぜひお待ちしております。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 この映画がみなさんのお気に召していただけたら、何よりもうれしいです。人の心を語っている作品で、感動を与えてくれるものになっていると思うので、文化を超えて楽しんでいただけることを願っています。

愛すべきキャラクターたちの虜になる!

愛とユーモアに溢れた家族の姿に笑って泣いて、心の奥まで温かくなっていくのを感じる本作。誰もが人とは違うからこそ、みんなが“特別”な存在なんだと教えてくれる珠玉の1本です。


取材、文・志村昌美

目が離せない予告編はこちら!

作品情報

『弟は僕のヒーロー』
1月12日(金)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
https://mimosafilms.com/hero/
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