志村 昌美

田中俊介、 山谷花純と語る「人とのつながりを拒絶したこともあった」つらさの乗り越え方

2022.12.23
年末にかけてさまざまなジャンルの映画がひしめき合っている時期だけに、どの作品を観ようか悩んでいる人も多いのでは? そんななかご紹介するのは、日常から離れて異世界へと迷い込みたい気分の人にオススメの注目作『餓鬼が笑う』です。今回は、こちらの方にお話をうかがってきました。

田中俊介さん & 山谷花純さん

【映画、ときどき私】 vol. 545

自分を見失い、あの世とこの世を行き来する「骨董屋」志望の青年・大を演じたのは、映画『ミッドナイトスワン』をはじめ、話題作への出演が続いている田中さん。そして、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』など、幅広い活躍で注目を集めている山谷さんがヒロイン役の佳奈を演じています。そこで、共演を熱望していた2人が出会ったきっかけやお互いの印象、そして同世代の人たちに伝えたい思いなどについて語っていただきました。

―田中さんはオファーをもらった際、企画書と台本を読んで本作の不思議な世界観に興味を持ったそうですが、どのあたりに惹かれましたか? 

田中さん こんなにもできあがりが想像できない作品はないんじゃないかな、というのが最初の印象でした。でも、異世界や骨董を扱っているところも含めて、なかなか見ない作品でもあると感じたので、そのあたりに関心を持つようになっていったんだと思います。あとは、平波亘監督をはじめ、顔見知りのスタッフやいままで共演したことがある方と一緒に映画を作れる喜びも大きかったです。

―山谷さんも「この作品の終着点はどこなのかわからない」と感じたこともあったそうですが、演じるうえで悩むようなこともありましたか?

山谷さん 私は特に悩むことはなかったですが、観客の一人として、この作品がどういうふうにできあがるんだろうというほうに興味がありました。そういった部分を現場で直接見ることができたので、すごく贅沢な時間を過ごすことができたと思います。

いつか一緒にと思っていたので、楽しみだった

―以前から、お互いに「いつかきっと」という言葉を交わしていたとか。どういったきっかけで、そういう話になったのでしょうか。

山谷さん 最初に顔を合わせたのは、共通でお世話になっている内田英治監督のご飯会。田中さんのお話は内田監督からよく聞いていましたし、素敵な役者さんだなと思って見ていました。でも、まさかこのタイミングで共演できるとは。思っていたよりも早く実現できたと感じています。

田中さん そうですね。僕もいつかご一緒したいと考えていたので、今回はすごく楽しみでした。

―実際に、現場で会われてみて、印象が変わった部分はありましたか?

山谷さん これまでは、田中さんのお芝居は出来上がった作品のなかで見てきました。なので、過程を見るのは初めてでしたが、本読みのときにセッションをしてみて、「こういうふうに役を作っていく方なんだな」と。すごく正確で、いろんなことを自分のなかでしっかりと解釈し、カラダと一体化させてお芝居をされるので、そういう部分を知ることができておもしろかったです。

田中さん ありがとうございます。

田中さんは、情熱や誠実さを言葉にして伝えられる人

―ちなみに、素はどのような感じですか?

山谷さん 基本的にローテンションなイメージです(笑)。

田中さん あはははは!

山谷さん というのも、いままで私の前ではしゃいでいる姿を見たことがないので。ただ、お芝居や映画に対する、情熱とか誠実さというのをちゃんと言葉にして人に伝えることができる方だと感じました。それは、相手が受け取りやすい言葉を選び、思っていることを嘘偽りなく言うことができる心を持っているからだと思っています。

田中さん そう言ってもらえて、うれしいです。僕は、出会う前から「演じることや役者としての熱量が高い人」という印象を持っていました。こんなに熱い人っているのかなと思うくらいほとばしるものがある方なので、共鳴できるのではないかなと。普段の僕のテンションはローですが、そういう部分での熱は自分にもあるつもりなので(笑)。ずっと抱いていた念願が叶ったからこそ、今回はものすごく楽しかったです。

山谷さんのお芝居に、ゾクゾクする感覚を味わった

―そんななか、お互いが相手役だったからできたといった瞬間もあったのではないでしょうか。

田中さん 僕が印象的だったのは、佳奈からあることを告げられる神社のシーン。山谷さんの気持ちがダイレクトに届いたので、実は自分でも予期せぬ返し方をしてしまったんです。でも、山谷さんのお芝居を受けたからこそ、イメージしていたものとは違うお芝居ができたんだと思います。そういう部分を引っ張り出してもらえたので、ゾクゾクするような感覚を味わえたシーンでした。

山谷さん あの場面はすごく難しかったので、そう言ってもらえるとうれしいです。私は、最初と最後に出てくる古書店のシーンですね。あそこは背中同士で会話をするという感じでしたが、それがすごく心地よかった覚えがあります。「懐かしい香りがした」というナレーション通りだったなと。

田中さん あれが「はじめまして」のお芝居でしたけどね。

山谷さん そうですね。でも、本当に懐かしい香りがしたんですよ。たった数歩進んで本を読むというだけのシーンですが、田中さんのように背中から何かを感じさせてくれる役者さんはそんなに多くはないと思いました。田中さんに対して信頼があったというのもありますが、そんなふうにつながれた瞬間みたいなものがあったので、あのシーンが好きです。

田中さん ありがとうございます。

山谷さん 久しぶりに会って、お互いに褒め合うという……。

田中さん 照れ臭いですね(笑)。

現実世界では、みんな同じようにさまよっている

―タイトルにある「餓鬼」には、物質的に豊かであっても心が満たされない様子や欲深さなど、さまざまな意味がありますが、おふたりのなかにもそういう部分はあると感じていますか?

田中さん 僕はつねにありますね。劇中の大は異世界に行ったり、散々な目に遭ったり、いろんな経験をしていますが、現実世界でもみんな同じようにさまよっているんじゃないかなと。実際、僕自身も大みたいに心にぽっかりと穴が開いてしまったり、人とのつながりを拒絶してしまったりという経験が過去にありましたから。

でも、周りの方から刺激と愛情をたくさん受けて虚無感を埋めていくことができ、そのおかげで生きていることを実感し、もう一度自分を信じてやって行こうと前向きになれました。誰でもいろんな悩みがあったり、そういう感覚に陥ったりするものですが、僕も同じような経験があったからこそ、その感覚や感情をストレートに表現できたんだと思います。

―この役を演じたことで、ご自身に与えた影響などもありましたか?

田中さん 大もいろんな感情に苦しみますが、人との出会いがあったからこそ、もう一歩前に踏み出してみようと思えたのではないかなと。そこは僕も改めて気づかされましたし、やっぱり人とのつながりがないと生きていけないんだなと感じました。ただ、いまはSNSとかコミュニケーションの手段は増えているものの、そのぶん生きづらくなっているというか、芯の部分でつながれなくなっているようなところがある気はしています。

山谷さん 私にも餓鬼の部分はあると思いますが、それを表に出しても周りにいい影響を与えないだろうなとわかっているので、見て見ぬふりしているところはあるかもしれません。なので、「あるのはわかっているけど、自分のなかだけにしておいたほうがいいんじゃないかな」みたいな感じです。心の片隅に置きつつ、どこかで封印しているのかもしれませんね。

基本的には、無理をしないように心がけている

―つらくなったり、悩んだりしたときは、どのようにして気持ちを切り替えていますか?

山谷さん 普段、人に会うことが多いので、逆に人に会わなくなるというか、とにかく1人になりたいと思うことはあります。そういうときは部屋のなかを無音にしたり、クラシックだけを流してみたり、いつもとは違う音や環境に身を置くことが多いです。そんなふうに一回リセットするんですけど、そうするとまた人に会いたくなるんですよね。私も根本的には人とつながっていたいほうなので、その気持ちを取り戻すためにこういう方法を取りますが、基本的には無理はしないように心がけています。

―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

田中さん 何が幸せなのかは人それぞれですが、やっぱり人は周りから何かをもらって生きているんじゃないかなと思っています。なかには「絶対に1人で生きていける」という強い人もまれにいますが、誰にでも弱いところがあって、何かに支えられているのではないかなと。実際、僕自身もそうですから。

僕の場合は、映画に救われたところもあるので、そういう支えを見つけられたのは大きかったですね。まだそれが見つからないという人でも、さまよっているとふいに“救い”みたいなものがみなさんの前にも現れると思います。これは少し違うかもしれませんが、最近の僕は観葉植物の成長を見て癒されているところです(笑)。前はそんなことなかったんですけど、芽が出て広がっていくのを見るだけで幸せを感じています。

山谷さん 本作の現場で、田中泯さんも同じこと言っていましたよ! お百姓さんもされている方なので、畑を見るとそう思うみたいです。

この作品を通して「1人じゃないよ」と伝えたい

田中さん もしかして、僕も泯さんの境地に近づいたのかな(笑)。でも、そんなふうに生きて行くうえでの小さな幸せみたいなものは、あちこちに転がっているのではないかなと。もしかしたら、この映画も「いままでこういう作品には触れてこなかったけど、意外と好きかも」と感じてもらえることもあるかもしれません。これも何かの縁だと思うので、今回のインタビューを読んでくださった方のなかで、この映画によって何かが変わったり、活力になってくださったりしたら、そんなにうれしいことはないです。

山谷さん 生きていれば、苦しいことも悩むこともありますよね。でも、落ち込んだり、壁にぶつかったりしたときに「私なんか……」と自分を卑下すると、その傷をより一層深め、次に進む一歩がなかなか出せなくなってしまいます。そんなときは、まず視点を少し変えてみてください。そうすると、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることに気づけますし、それによって勇気が湧いてきたり、悩みが小さく感じられたりするはずです。

本作の大もまっすぐ歩けば簡単に着く道を右往左往して苦しみますが、だからこそ人とのつながりや愛を見つけることができたのかなと。佳奈もみなさんが共感できる役どころなので、女性たちには本作を通して「1人じゃないよ」というのを伝えたいです。そして、自分を守るうえでは、大切にしていた過去もスパッと切り捨てて、次に進む心意気もときには必要であるということも合わせて感じてほしいと思っています。

インタビューを終えてみて……。

作品からも取材中の様子からも、俳優としてお互いに絶大な信頼感を寄せていることが伝わってくる田中さんと山谷さん。演じることに対して真摯な姿勢と熱量は、同じものを感じずにはいられませんでした。次回また共演する際には、おふたりがどのようなセッションを見せるのか楽しみなところです。

地獄と天国が入り乱れた幻想の世界へようこそ!

生と死、そして夢と現実が交錯し、見たこともない世界観へと迷い込んでしまう本作。“餓鬼”がはびこる現代社会に生きているからこそ、観る者はもがきなからも愛にたどり着く主人公たちの姿に懐かしさとともに共感を覚えるはずです。


写真・山本嵩(田中俊介、 山谷花純) 取材、文・志村昌美
田中俊介 ヘアメイク・奥山信次(barrel) スタイリスト・中川原有(CaNN)
ジャケット¥121,000、ニット¥39,600、Tシャツ¥26,950、パンツ¥44,000(以上アクネ ストゥディオズ/アクネ ストゥディオズ アオヤマ 03-6418-9923)、その他はスタイリスト私物
山谷花純 ヘアメイク・杏奈 スタイリスト・高橋美咲

ストーリー

「骨董屋」を目指していた大貫大は、四畳半のアパートに住みながら路上で古物を売って暮らしていた。ある日、古書店で看護師をしながら夜学に通っている佳奈とすれ違い、一目で恋に落ちる。大は人生に新たな意味を見出したかと思ったが、広場で警察の取り締まりに遭い、警棒でひどく殴られて意識を失う。

その後、大の人生の“何か”が狂い始め、先輩商人に誘われて行った山奥の骨董競り市場に参加した帰り道に、この世の境目を抜けて黄泉の国に迷い込んでしまう。人の膵臓を笑いながら喰らう異形の餓鬼や絶世の美貌で黄泉と常世の関所を司る如意輪(にょいりん)の女と出会い、大はあの世とこの世を行ったり戻ったりすることに。そして、自身の人生を生き直し始めるのだった。

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『餓鬼が笑う』
12月24日(土)よりK's cinemaほか全国順次公開
配給:ブライトホース・フィルム、コギトワークス
https://gaki-movie.com/
️©OOEDO FILMS