志村 昌美

自殺志願者を救うために民間捜索隊を結成…香港の若者に広がる葛藤と巨大な闇【映画】

2022.12.9
2022年も激動の1年となりましたが、国内だけでなく、世界で起きている出来事にもしっかりと目を向けるのも大事なこと。そこで今回ご紹介するのは、香港の民主化デモに参加する若者のリアルと自殺志願者を救うために奔走する民間捜索隊の姿に迫った話題作です。

『少年たちの時代革命』

【映画、ときどき私】 vol. 539

2019年、デモに参加する若者であふれている香港の街にいたのは、少女YYと親友のジーユー。2人はゲームセンターで遊び、ときにはデモにも参加する普通の17歳だった。ところがある日、デモに参加した際に逮捕されてしまうと、「香港は変わらない」と感じたジーユーはYYに香港を去ることを告げる。

父親とも母親とも離れて暮らすYYは、孤独と絶望を抱え、18歳の誕生日にSNSにメッセージを残して香港の街に1人で消えてしまう。そんな彼女のメッセージを見つけた少年ナムとその仲間たちは自殺を防ぐための捜索隊を結成し、YYを探して香港の街を駆け巡る。しかし、誰もYYを見つけられないまま時間だけが過ぎていくのだった……。

香港では上映禁止となったにもかかわらず、台湾のアカデミー賞を席巻したのをはじめ、そのほかの海外でも大きな反響を呼んだ本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ラム・サム監督

本作を手掛けたのは、デビュー作にして世界的な注目を集め、「香港映画界に彗星のごとく現れた」とも言われているレックス・レン監督とラム・サム監督の2人。今回は、ラム・サム監督に自身の体験や撮影時に危険を感じた出来事、そして若者が政治に興味を持つべき理由などについて語っていただきました。

―近年、香港のデモを題材にした作品はいくつも制作されていますが、そのなかでも本作は自殺志願者を救うために結成された民間捜索隊にフォーカスしています。どのようなきっかけから取り組もうと思ったのですか?

監督 当時は、自殺を選ぶ若者が徐々に増えてきていたので、デモが始まった早い段階から「自殺」をテーマにした映画にしようと考えるようになりました。実際、レックスと僕の友人のなかにも「自殺したい」という話をする友人が出てきたので、その人のために救助隊を結成した経験を僕たちもしています。

香港のデモを取り上げている最近の映画では、運動のなかの大きな場面を映し出していることが多いですが、背後にある小さな事件はなかなか注目されていないので、そういう部分を取り上げたく、民間捜索隊を中心に描くことを決めました。

―では、本作では監督の実体験も反映されているところがあったということでしょうか。

監督 劇中にも出てくるチャットアプリは実際にあり、そのなかで自殺者が出そうだという情報が上がったらいろんなグループの人たちが捜索を始めるので、僕自身も見知らぬ人を探したこともありました。そのときに感じた無力感や戸惑いといった感情は、実際に自分の体験に基づいて描いています。

実際の感情をリアルに表現することができた

―起用した多くの俳優は、演技経験のない新人ということですが、演出面で意識したことは、苦労したことは? 

監督 今回、ソーシャルワーカー役を演じてくれたアイビー・パンさんは、舞台俳優で香港インディペンデント映画には欠かせない存在の俳優さんですが、それ以外はほとんど素人か俳優やアーティストを目指している新人、あとはデモ現場でスカウトした人たちでした。なので、シーンに合わせた気持ちに入るのに時間がかかってしまうこともあり、そのあたりは難しかったところです。ただ、そのいっぽうで“素人の味”みたいなものはあったかなと。特に、彼らは実際にデモに参加した経験があったので、そのときに味わったリアルな感情が表現できたのはよかったなと思います。

―デモを取り上げたほかの作品では、匿名や覆面で出演するような人もいるので、こういった作品に出ることは、出演者にとっても勇気のいることだったのではないかなと。出演に対して、みなさんはどのような思いだったのでしょうか。

監督 この映画は、わりと運動が始まった初期の段階でスタートしていたこともあって、当時と現在とでは状況もかなり異なり、まだ希望があったのでそこまで拒否反応はなかった印象です。不安があればプロジェクトから離れてもらっても大丈夫ということは伝えていましたが、彼らも香港のために何かしたいという思いの強い人たちだったので、「問題ありません」と言ってくれました。

ただ、いまのような香港の状況下では、もしかしたらこの映画に出演したことによって、ほかの映画への出演が難しくなってしまった俳優はいるのかもしれないという不安は感じています。

本物の機動隊に囲まれてしまうこともあった

―実際にデモの映像なども使われていますが、監督自身が撮影時に危険にさらされるようなことはありませんでしたか?

監督 こういった性質の映画ということもあって、正式な撮影申請というのは出しづらかったため、ゲリラ撮影をしては移動する、ということの繰り返しでした。そんななかで、印象深かったシーンとしては、キャストが裏道で警察に追いかけられるシーンを撮っていたときのこと。撮影時の衣装がデモの参加者と同じ服装や装備だったので、本物の警察が驚いてしまい、機動隊が20~30人ほどやってきてしまったのです。

一時は、どうなるかと思いましたが、運よく撮影チームのなかに映画を教えている学校の教師がいたので、その方が「いま映画撮影の指導をしているところなんですよ」と言ってくださったおかげで、その場を切り抜けました。あとで、そのシーンをもう一度撮り直しましたが、実際に起きた出来事を思い出しながら撮影したので、リアルな感情が撮れたのはよかったなと思っています。

―本作は極秘裏に制作されたということですが、完成が危ぶまれるようなこともありましたか?

監督 それよりも、香港の状況がますます悪くなっていったことによって、香港での上映が難しくなってしまったということはありました。事前に編集したものを配給会社の方々に見せたときには、「香港の映画審査さえ通れば手伝うよ」と言ってくださる方もいたのですが……。状況が厳しくなったことで、香港での上映は断念せざるを得ませんでした。

―そんなふうに、香港の映画人はかなりいろんな制限を強いられていると思いますが、改善の兆しは見えているのか、それともますます厳しくなっているのか、香港映画界の現状をお聞かせください。

監督 映画制作に関してはっきりとした禁止事項は言及されていませんが、逆にどこまでがオッケーなのかわからない状況なので、香港国家安全維持法が施行されて以降、自粛が起きているところはあります。

ただ、そのいっぽうで香港映画のなかにこういった香港自身の物語を描く作品が増えているのは、希望の兆しではないかなと。「香港で上映できなければ海外ですればいい」とか「海外ならサポートしてくれる人が見つかるかもしれない」と考える人も多くなっているので、そういう意味で新たな作品を楽しめる可能性は高くなっていると感じています。

一人一人が、もっと社会に起きていることに注目すべき

―また、劇中で興味深いのは、若者と親世代の考えに大きなギャップがあることでした。こういった世代間の違いというのは、香港ではよく見られることですか?

監督 そうですね。その背景には、彼らが育った環境がまったく違っているという理由が挙げられます。年長者たちは、香港の経済がすごくよかった時期で、がんばればいい生活ができる時代に育ちました。

それに比べていまの若者たちは、給料は安いのに地価は高く、ずっと仕事をし続ける以外できることがないので、自分たちで生活を変えられない負のループに陥っています。しかも、彼らは政治的な圧迫や自由の制限というのも直接肌で感じている世代。そういった違いによって、ギャップが生まれてしまっているのだと思います。

―政治に対して積極的に参加する香港の若者が多いなか、日本では若者の政治に対する関心の低さが問題となっています。政治に参加することの大切さについて教えてください。

監督 日本の状況に詳しいわけではないので、あくまでも香港において言えることになってしまいますが、私たちの生活自体が政治の一環だと考えています。政治というのは、給料や物価、教育など、さまざまなところに影響を与えるものです。なので、一人一人が社会で起きていることに対して、もっと注目すべきだと思います。

ニュースの裏側にある人々の感情を知ってほしい

―確かに、その通りです。ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 日本には旅行で訪れたことがあり、そのときは大都市よりも地方都市のほうに行きましたが、日本のみなさんは礼儀正しい方が多かったです。そもそも香港人は日本の文化や映画、そして何よりも日本のご飯が好きで、ポジティブなイメージを持っています。観光として行くのはとても楽しい場所ですよね。

―劇中でも日本のキャラクターが数多く映っていたので、それくらい香港でも日本の文化は浸透しているのだなとは感じました。

監督 今回は香港の若者という設定だったこともあって、彼らの年代が好きそうなものを揃えています。特に、若い子たちのなかには日本のアニメやドラマが好きな子が多いので、それに合わせて小物やぬいぐるみを準備しました。香港人というのは、それくらい日本の文化から大きな影響を受けているのです。

―本作は、海外でもさまざまな反響があったと思いますが、日本の観客にもどういったところを感じてほしいのか、メッセージをお願いします。

監督 おそらく日本のみなさんはニュースなどを通じて香港で起きている出来事を知ることが多いので、客観的な状況しかご存じないかもしれません。特に、メディアだけではその裏にある人々の感情にまでフォーカスしきれないところがありますから。だからこそ、この映画を通して若者たちが抱いている、人としての感情を見ていただきたいです。僕たちは、そのためにこの映画を作ったので、ぜひそういった部分に注目もらえたらと思っています。

最後まで諦めずに、駆け抜ける!

社会情勢や文化が異なっていたとしても、お互いを思い合い、そして自らの人生をかけて闘い続ける香港の若者たちの姿に刺激を受けずにはいられないはず。政治や他人に対して無関心になりがちな環境に生きているからこそ、視野を広げるためにもいまこそ観るべき1本です。


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『少年たちの時代革命』
12月10日(土)よりポレポレ東中野ほか、全国ロードショー
配給:Cinema Drifters・大福
https://www.ridai-shonen.com/
️© Animal Farm Production