志村 昌美

「映画のタイトルを言うだけでクビに…」気鋭監督が決死の覚悟で明かす香港の真実

2022.8.9
つねに変化する社会において、日本人としてだけでなく、国際人として活躍することを目指す人も多いと思いますが、そのために必要なものといえば、世界で起きている出来事にも目を向けること。そこで、同じアジアである香港の現状に切り込んだ話題のドキュメンタリーをご紹介します。

『時代革命』

【映画、ときどき私】 vol. 511

2019年、犯罪容疑者の中国本土引き渡しを可能にする逃亡犯条例改正案が立法会に提出されたことをきっかけに、香港で民主化を求める大規模デモが起きた。激しく衝突する若者と警察の間には、催涙弾やゴム弾、火炎瓶などが飛び交い、ショッキングな場面も映し出される。

自由や民主主義が損なわれる危機に直面するなか、声を上げ続ける若者たち。いつしか、香港の人口の約3割にあたる約200万人もの人たちがデモに参加する事態へと発展する。壮絶な運動を繰り広げた約180日間の最前線で起きていたこととは……。

カンヌ国際映画祭でサプライズ上映された際、大きな反響を呼んだ本作。そこで、決死の思いで作品を完成させたこちらの方にお話をうかがってきました。

キウィ・チョウ監督

これまでに、“香港アカデミー賞”である香港電影金像奨で最優秀映画賞を獲得したのをはじめ、最優秀監督にもノミネートされた経験を持つチョウ監督。今回は、自身初となるドキュメンタリー作品に挑戦した背景や香港の厳しい現状、そして若者たちが政治に関心を持つようになった理由などについて語っていただきました。

―この題材でドキュメンタリーを撮るということは、かなりの覚悟がないとできないことだと思いますが、映画を作るきっかけとなった出来事などはありますか?

監督 理由はいくつかありますが、2019年にデモが起きたとき、香港全土にいるいろんな職業の人たちがデモに参加していることを知りました。その様子を見て、自分も映画監督という立場からできることがあるのではないだろうか、と考えるようになったのです。

そして、ある新聞のメディアがスマホでライブ配信していた映像で真実を目の当たりにしたとき、普段手掛けている劇映画ではなく、ドキュメンタリーを撮ることに決めました。とはいえ、そもそも民間人である僕たち一人一人にやるべきことがあると考えていたので、その責任を果たしただけとも言えます。

ほかの国の観客にも、何かを思い出すきっかけになる

―そんな思いで撮ったにもかかわらず、香港では上映ができない状況が続いているのだとか。

監督 少し前のことになりますが、あるテレビ局に務めていた方がこの映画のタイトルを言っただけで、クビになってしまったこともありました。それくらい敏感になっているので、香港のための映画を撮ったのに残念ではありますが、香港で上映できる自由はありません。

それだけでなく、いまは「香港人」という言葉を使うだけでも危ない状況。先日も参加していたイベントの名前のなかに「香港人」と入っていただけで、圧力をかけられてしまい、中止になりました。そういったなかで、この映画では香港人の作品であることを強調しているので、上映は厳しいと思います。

―とはいえ、カンヌ国際映画祭をはじめ、海外では大きな反響を呼んでいるそうですが、それに対してはどのように感じているのかを教えてください。

監督 いくつかの海外で上映をしましたが、特に印象的だったのは台湾での出来事。なんと、台湾の総統である蔡英文氏がこの作品を観たあと、映画を観るように人々に呼び掛けてくれたのです。国のトップが自分の映画を宣伝してくれるなんてことはいままでなかったので、本当にびっくりしましたし、かなりの反響もありました。「民衆運動について改めて考えさせられた」などいろんな感想が寄せられましたが、ほかの国の方にとっても、何かを思い出すような内容になっているのだと思います。

若い世代の行動には、自分も驚かされた

―作品を観ていて驚いたことのひとつは、10代や20代の若者たちが政治に強い関心を持ち、信念を掲げて闘っている姿。彼らの自立した精神力や行動力というのは、どのようにして養われているのでしょうか。

監督 正直に言うと、これに関しては「若い人たちがどうしてここまでするのだろうか」と僕自身も非常に驚きました。ただ、彼らにインタビューしていて気がついたのは、歴史や政治に関して僕たちの世代よりも勉強しているということ。今回のようなデモは2019年よりも前から行われていたので、そういった香港の様子を見ながら成長してきたこともあって、間違いなどにも敏感なのかもしれません。

もちろん2019年の出来事をきっかけに目覚めた人も多くいますが、おそらくそれは自分の友人が逮捕されたり、おかしいと感じる経験があったりしたことがきっかけになっているのではないかなと。香港人というのは、もともと反応が早いところがあるので、そういったことから歴史や政治について勉強し始めたのだと思います。

―ただ、そんな彼らに立ちはだかるのが警察の存在。民衆を激しく制圧する様子はかなり衝撃的でしたが、デモに参加する若者と警察に所属する若者をわけているものは何だと感じましたか?

監督 実は、警察に1人だけ知り合いがいるので、電話で話したことがありました。その人を理解するうえで徐々にわかってきたのは、警察のなかでかなり情報を制限しているということ。言い方は悪いですが、“洗脳”されているような印象すら受けました。というのも、誰が見てもわかるような事実をねじ曲げているところがあったからです。

たとえば、ある駅でマフィアと警察が手を組んで行動していたという話をしたとき、映像も写真もあるにもかかわらず、その人はまったく信じてくれませんでした。おそらく、警察のなかでは、自分たちの都合のいいように物事を受け止めているのだと思います。

映画は世界の共通言語だと日本で実感した

―いっぽう、日本では以前から若者の政治に対する関心の低さが問題になっています。国の状況に違いはありますが、どうしたら香港の若者のように政治に参加する意欲を持つようになれると思いますか?

監督 やはり、一番の気づきになるものは、自分の身に降りかかるかどうか。香港の場合は、自分たちの生活に直接影響を与えていますからね。つまり、彼らにとっては「生活=政治」になっているのです。

あとは、教育による部分もあるかとは思いますが、映画もひとつの手段になるのと考えてます。日本において、映画がどのくらい政治に影響を与えられるかはわからないですが、映像で見ることによって理解できることもあると思うので、映画でも変えられることはあるはずです。

―ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 これまでに日本の映画祭で何度も僕の映画を上映してもらったことがあるので、仕事で来日したことがありますが、観光で訪れたこともあるくらい日本は大好きな国です。そのなかでも思い出に残っている出来事と言えば、映画祭に参加したときに、ある日本の女性から作品を褒めていただいたときのこと。そのときに映画というのは世界共通の言語なんだなと実感しました。

覚悟を決めたいま、恐れはなくなった

―そんななか、今後はどのような映画を作りたいとお考えですか?

監督 実は、今回の作品をきっかけに、撮ろうと考えていた劇映画の出資者が半分になってしまったり、出演する予定だった俳優から辞退したいと言われたりすることがありました。それでも、映画を作るうえでいま意識しているのは、自己検閲をしないことです。なぜなら、この映画を撮ると決めたときから、いつ逮捕されるかわからない覚悟をすでにしているので。一度そういった覚悟と責任を持つと、恐れはなくなるというか、ある意味で自由になれるので、これからもモチベーションを下げることなく映画作りを続けたいと思います。

―それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 この映画を観ていただくことで香港に関心を持っていただきたいですが、それだけでなく、一人一人の心ともっと対話をしてほしいと思っています。そして、本当の善良とは一体どういうことなのか。そういったことを考えながらご覧いただきたいです。

民衆の力なしに革命は起こせない!

香港の生々しい現実と思わず目を疑うような衝撃の光景から学ぶのは、声を上げて闘うことの意味。現代をともに生きる香港の若者たちと一緒に、自分たちの未来を守るためにいますべきことを考えさせられるはずです。


取材、文・志村昌美

釘付けになる予告編はこちら!

作品情報

『時代革命』
8月13日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
配給:太秦
https://jidaikakumei.com/
️© Haven Productions Ltd.