デジタル化で職人が激減…! 映画の中の人“音響さん”の「知られざる実態」【映画】
『擬音 A FOLEY ARTIST』
【映画、ときどき私】 vol. 533
映画界において、あまり知られていない職業とされているフォーリーアーティスト。足音やドアの開閉音、物を食べる音、怪獣の声など、映像に合わせてあらゆる音を生で作り上げていく職人のことを指している。
そのなかでも、“台湾映画界の生きるレジェンド”と呼ばれ、国宝級の音響効果技術を誇るのはフー・ディンイー。40年に及ぶフォーリー人生で、1000本近い映画とドラマに携わってきた。そんな彼の技を目の当たりにするとともに、これまでの台湾映画史を紐解いていく。
台湾のアカデミー賞とも呼ばれる金馬奨や東京国際映画祭での上映をはじめとする、大きな反響を呼んだ本作。今回は、こちらの方にお話をうかがってきました。
ワン・ワンロー 監督
プロデュースや助監督、編集などで映画作りに関わるようになり、2014年には詩人ルオ・フーを記録した『無岸之河』のドキュメンタリーで監督デビューを果たしたワンロー監督。今回は、撮影の裏側やフォーリーアーティストの魅力、そして日本での忘れられない出来事などについて語っていただきました。
―自身のデビュー作を制作した際に、音の勉強をしようと思ったことが本作につながったそうですが、音を題材にしようと思ったのはなぜですか?
監督 実は、私はもともと文学や戯曲を専門にしていたので、ほかの監督のように学校で映画を学んで監督になったわけではありません。そんななか、2012年から2013年にかけて初めてドキュメンタリー映画を撮り、いろいろと模索しているなかで、音響について勉強しようと考えるようになりました。
そして、ちょうどそのときに出会ったのが、フー・ディンイーさんです。そこで私は、彼からいろんなことを学びながら、彼の人生そのものを記録するいい機会になると思い、この作品を撮ることにしました。
―フー・ディンイーさんのどのようなところに魅力を感じましたか?
監督 初めてお会いしたのはフーさんの仕事場でしたが、人としての温かさはすぐに感じ取ることができました。そして、どんなことを聞いても必ず答えを導き出してくれると思いましたし、絶対に怒らない優しい方というのが最初の印象です。
ところが、実際に彼が仕事をしている様子を撮り始めると、作業に集中されていることもあり、少し怖く感じたことも……。特に、私たちがカメラを動かしたときにちょっとでも音を出してしまったときは、すごく厳しい顔をされていましたから。優しい方ではありますが、同時にとても真面目な職人なんだなと思いました。
情熱を支えているのは、何よりも仕事を好きな気持ち
―仕事部屋の様子もかなり興味深かったですが、間近でご覧になっていて驚いたことがあれば教えてください。
監督 本当に失礼な言い方になってしまいますが、物が多いのでゴミ置き場のようにも見えてしまいますよね(笑)。そのなかでも私がびっくりしたのは、自分の仕事場をどんどんと改造し、いろいろなよくわからない仕掛けをたくさん作っていることでした。
たとえば、仕事場の床はすべて開けられるようになっていますが、ある場所は身長の半分くらいの深さに掘ってあり、そこにはなんと水槽が設置されているので、水を入れればプールのようになります。実際、そこに水を溜めて、プールの音を録っていて驚きました。
ほかにも、いくつかの仕掛けがあるのが高い天井。弓矢を射るときに出るヒュッという音を録ろうとしていたときには、なんと本物の矢を天井に向けて放っていました。ただ、天井があまりにも高いので、いまでも矢が刺さったまま。それにもすごく驚いた覚えがあります。
―リアルな音への追求がすごいですね。フーさんの仕事に対する姿勢は40年以上変わることがありませんが、それを支えているものは何だと感じていますか?
監督 まずは、やっぱり自分の仕事が何よりも好きだというのが一番。そして、映画に対する情熱ではないでしょうか。たとえば、フーさんは街を歩いているときでさえ、すれ違った人の足音に反応してしまい、音だけでどんな靴を履いているかを考えてしまうほど。それくらい普段から音に対して敏感なようですが、それは仕事が好きで楽しんでいる証拠でもあると思います。
そしてもうひとつは、「この仕事で家族を養うんだ」という気持ちがあったから。実際、台湾も映画産業が盛んな時代があり、その給料で家族みんなが豊かな生活を送り、幸せに暮らせていたのも事実です。
台湾の映画産業に貢献する使命を感じている
―ただ、フーさんのような熟練の職人さんもデジタル化のあおりを受けて、現在はセミリタイア状態だとか。彼らの技術がなくなるのは映画界にとっては損失でもあると思いますが、監督はどのようにお考えですか?
監督 その答えは、なぜ私がこの映画を撮ったのかという話にもつながってくると思っています。というのも、台湾の映画界に関わっている以上、私は台湾の映画産業に対して責任や貢献する使命があるので、そういう意味も込めて本作を撮りました。
フーさんはすでに会社から退職させられてしまっていますが、だからこそ私の仕事はフーさんの技術を記録して残しておくこと。その結果、本作が上映された翌年に、フーさんは金馬奨で年度台湾傑出映画製作者賞という映画人を讃える賞を獲りました。
ほかにもよかったなと感じたのは、この映画によって若い人や映画好きな人にこういう職業があることを知ってもらえたこと。フーさんはいろんなところから招待を受け、各地で講演もされました。映画制作において、このような重要なポストがあることを知られていなかったので、それをたくさんの方に伝えられたのはすごく意義深いことだと思っています。
―後継者不足も問題になってるようですが、この映画によってフォーリーアーティストという職業に対しても関心が高まったのではないかなと。
監督 それに関するエピソードといえば、2017年に私とフーさんでこの作品を携えて東京国際映画祭に参加したときのこと。上映後のティーチインを行った際に、高校生くらいの若い女の子が挙手をしてくれました。そして彼女は「この映画を観て、あなたの仕事にとても興味を持ちました。私もフォーリーアーティストになりたいのですが、どうすればなれますか?」と質問をしながら泣き出してしまったのです。
私もフーさんもびっくりしてしまったのですが、日本と台湾では仕事の仕方も制度も違うので、どのように答えたらいいのか正直言ってすごく悩みました。最終的には「あなたがやりたいことに向かって努力し、それを実現すればいいのではないでしょうか」とコメントしたのですが、私たちにとっても非常に印象深い出来事でした。
やりたいことがあれば、躊躇せずに行動してほしい
―国を越えてそういった反響が得られるのは、うれしいことですね。ちなみに、日本に対しては、どのような印象をお持ちですか?
監督 いまお話した東京国際映画祭では、スタッフのみなさんが来客の方々に対して本当によくしてくださったので、とても順調に仕事をすることができました。観客やほかの映画人との交流の場も提供してくださったので、インターナショナルでアジアのなかでも成熟した国という印象を持っています。
また、プライベートでは毎年日本へ旅行しており、スキーを楽しむのが大好きです。最近ようやく日本に行くことができるようになったので、実はさっそく日本行きのチケットを取りました。11月末に行く予定なので、できれば観客のみなさんともお会いできたらと考えています。今回はまだ雪がない時期なので、河口湖に行って、富士山を眺めながら温泉に入ろうと計画しているところです。
―それは楽しみですね。それでは、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。
監督 いまは、いわゆる“ポストコロナ”の時代になり、不確定な要素がたくさんあるかもしれません。人生のパターンようなものが決まっていた私たちの親世代の頃に比べると、もはや「一生懸命勉強すれば人生は保証されますよ」という世の中ではないような気がしています。
でも、こういう状況だからこそ、いまやりたいと思うことがあるのであれば、躊躇することなくすぐに行動を起こしてください。これが一番大切だと思っています。特に、自分がしたいことに対して愛を持って誠実に向き合えば、きっと周りの人はあなたを助けてくれるはずです。
実は、私もこの映画を制作し始めたとき、取材を受けてくれるのはフーさんしかおらず、潤沢な資金もありませんでした。ところが、いつの間にか「自分もインタビューを受けてもいいよ」とか「少しでも出資したい」と言ってくださる方がどんどん出てきてくださったのです。
そんなふうに不思議なことがたくさん起こって映画は完成しましたが、前向きに考えていればきっとあなたを助けてくれる人は現れます。なので、繰り返しになりますが、みなさんにも「やりたいことにはいますぐにでも取り掛かってほしい」というのは伝えたいです。
仕事への愛に、胸が熱くなる!
普段見ることのできない貴重な映画制作の裏側を見ることができるだけでなく、映画愛にも触れられる本作。そして、仕事に対する飽くなき探求心と尽きることのない情熱を体現する職人の姿は、観る者の心も突き動かしてくれるはずです。
取材、文・志村昌美
驚きが詰まった予告編はこちら!
作品情報
『擬音 A FOLEY ARTIST』
11月19日(土)より、K’s cinemaほか全国順次公開
配給:太秦
https://foley-artist.jp/
️©Wan-Jo Wang