片桐はいり「台本の長ゼリフの塊を見ただけでお断りしたこともあった」 心境の変化を語る

2024.2.19
登場人物は7歳の自閉症の少女。幼いながらにガンに侵され、死を意識しながらさまざまなことに想いをめぐらせる。舞台『スプーンフェイス・スタインバーグ』は、そんな“スプーンフェイス”と名付けられた少女の独白からなる一人芝居。それを片桐はいりさんが演じると聞けば、反射的に「観てみたい!」となる人は多いはず。しかし当の片桐さんときたら、「セリフを言うってことに興味がないので、本当に私、これやるんですかねって感じです」と、冒頭から思いもよらない発言が。

「長ゼリフも死ぬ役も嫌なんですけれど、やってるうちに楽しくなってきました」

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「デビューしたのが劇団だったんですけれど、当時、あまりにも滑舌が悪いし、声は小さいし…。だから、言葉はしゃべるけれどひと言も理解できないっていう設定の役をやっていたくらい。そんな出自だから、ずっとセリフを言うってことがちゃんとわからないし、ありえないって思っていたタイプなんです」

そのせいか、近年はフィジカルを主軸とした舞台に多く出演していた片桐さん。しかしコロナ禍のなか出演した舞台で「ちょっとセリフを言うのが楽しいかもと思えた」のだそう。「その流れがなかったら、台本を読む前に断っていたと思う」とも。

「ここまで何十年も俳優をやってきて、今さら何言ってるのって話なんですけれど、今回、台本って目で読んだだけで判断しちゃダメなんだなって思いました。一時期はセリフを言いたくなさすぎて、台本の長ゼリフの塊を見ただけでお断りしたこともあったくらい。でも今回の台本をいただいて、何気なく口に出して読んでみたら面白かったんです。物語自体は、自閉症でガンになって、しかも両親も問題があって…すごく悲惨なわけですよ。でも、声に出してみたら楽しい部分が結構ありました。読んでいるときにはわからなかったけれど、子供ならではのモノを見る目というのか、結構皮肉もあったりして。…もっと早く気づけよ、っていう話なんですけれど」

演出をつとめるのは、’17年の舞台『チック』で読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞し、深い洞察力で戯曲から人間味溢れる人物像を描き出すことに定評がある小山ゆうなさん。

「稽古が始まった当初は、老人ホームの老婆が7歳の女の子になりきってる設定とか、いろんなことを提案したりしていたんです。でもやっていくうちに、これはシンプルにやるほうが面白いかもしれないと思うようになりました。小山さんはさすが、いろんなアイデアを持っていらして、1時間くらいの上演時間でも観る側が退屈しないようにとすごく考えてくださっている。まだまだどうなるかわからないけれど、いろんな可能性がある作品だなと思います」

片桐さんとWキャストで本作を演じるのは安藤玉恵さん。いずれも舞台はもちろん映像でも数々の個性的なキャラクターを演じ、独特の存在感を発揮している俳優同士。

「稽古もバラバラでやるのかと思っていたら結構一緒で、小山さんを交えて作品の勉強会をしたり、翻訳の常田(景子)さんと会って、セリフの細かいニュアンスを相談させてもらったりしています。同じシーンでも、私はこう変えたいけれど安藤さんは変えない、みたいなところもあって。演出自体はそんなに変えられないけれど、演じる人によってかなり違う印象の作品になるんじゃないかと思うんですよね」

一人芝居だけれど、同じ役に向かう同士がいることで心強さも。

「それだけで助かりましたって感じです。じつはこの作品、安藤さんが先に決まっていて。だからやるって選択肢があり得た部分もあるんです。今、ちょっと変で面白い作品に、たいてい安藤さんが出演されている印象があるんです。そういう方が先にキャスティングされているっていうことは、普通のことをやろうと思っていないんだっていうアピールだと思って。そしたら私は違う側からやります、ってことができるのかなと思っています」

膨大なセリフ量に加え、「病気で苦しむ役はやりたくない」とも話していたけれど、稽古が進むにつれ「嫌なことをふたつもやっていたら、結構楽しくなってきた」のだとか。

「嫌は嫌なんだけれど、苦手なホラー映画をゲームとして最後まで観きった感覚かな。これだけ毎日付き合って、エリザベス・キューブラー・ロス(アメリカの精神科医)の、死について書かれた本まで読んだりして。だんだん慣れ…というか克服できてる気がして」

自らの死期を知り、死と向き合っていくスプーンフェイスの独白は、子供らしい無邪気さと自由さに溢れ、どこか希望も感じさせる。

「私は、基本的に面白いことをしたいタイプの俳優で、一人芝居で何かを乗り越えようとか素晴らしいことをやりたいとか思ってないんです。単純に、ちょっと異色の面白い作品になったら私は満足です」

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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『スプーンフェイス・スタインバーグ』 “スプーンフェイス”と呼ばれる7歳の自閉症の少女は、自身がガンに侵され死ぬ運命にあることを知る。徐々に症状が悪化していくなか、大好きなマリア・カラスの歌を聴きながら、自分がこの世に生まれた意味を問い続ける。2月16日(金)~3月3日(日) 横浜・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ 作/リー・ホール 翻訳/常田景子 演出/小山ゆうな 出演/片桐はいり・安藤玉恵(Wキャスト) 一般5500円 A&Kセット券(特典付き)9800円ほか チケットかながわ TEL:0570・015・415(10:00~18:00)
©Tadayuki Minamoto

※『anan』2024年2月21日号より。写真・小笠原真紀 インタビュー、文・望月リサ

(by anan編集部)