触感や匂いまで感じるタッチの美しさ…江戸の職人を描く『神田ごくら町職人ばなし』

2023.12.27
桶職人、刀鍛冶、畳刺しなど、職人の仕事ぶりや気概、矜恃にフォーカスした『神田ごくら町職人ばなし』。一度読んだら虜になる傑作だ。その著者が坂上暁仁さん。

1ページ、1ページに見惚れる。伝統の手仕事を担う職人のリアル。

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「江戸の町を細部から大枠まで実際にその手を動かして生み出しているのは職人さんたちだと思っています。江戸という世界観に肉薄してストーリーを練り、作画するためには、必要な知識やビジョン、アイデアが脳内に沈殿できた段階でやっと執筆に取りかかれるんです。どの職人さんを題材にするかを決めたら、ネットや図書館などで資料を集め、毎回ゼロ知識から勉強しています。最近ではYouTubeやSNSなどで情報発信をされている職人さんや組合も多いですし、刀鍛冶の名工や藍染め工房など実際に職人さんたちの作業工程を見たり、お話しさせていただいたこともありました」

各編の主人公が女性というケースも多く、いっそう興味深い。

「史実では女性の職人はそんなにポピュラーではないですが、都の奥御殿を修理する女大工の話が『西鶴諸国ばなし』に載っていたという記述を本で見かけたことはあります。“仕事”や“技能”を描くにあたって、ジェンダーや性別を、自分は特段意識していません。杉浦日向子さんの『百日紅(さるすべり)』やNHKの『眩(くらら)~北斎の娘』にでてくるお栄を見て、着るものもかまわず仕事に没頭する女性が出てくる時代劇があってもよいのかもしれないと思いました」

まず、カバー絵をじっくりご覧あれ。その一枚だけでうっとりだが、ぺージを開くたびに、タッチの美しさに見入ってしまう。

「たとえば、風雨や日光にさらされた柱の木目、い草を隙間なく組んだ新品で真っ青の畳表など、それらをマクロレンズレベルで描くことによって、その後カメラを引いてもなんとなく触感や匂いなどがその世界に充満しているように読者は感じるのではないか。そういったマテリアル表現が、こうした世界観への没頭を手助けしてくれると考え、意識しています。なので、そういう雰囲気を表現するためであれば、道具はアナログでもデジタルでも何でも使いたいと考えています」

本作は「トーチweb」で連載中。今後はどんな職人さんたちが登場?

「都市部だけではなく、地方にも原材料になる木を育てたり鉄をつくったり、自然界と人間社会をつなげる大切な役割を担っている職人さんがいると思っています。〈神田ごくら町〉というタイトルではありますが、ときどき江戸の外に出て、そういった職人さんたちにもクローズアップしていきたいですね」

Entame

坂上暁仁『神田ごくら町 職人ばなし』〈一〉 神田ごくら町という架空の場所を舞台に描く、江戸職人技巧。繊細で熱量のあるディテール描写に圧倒される。読み切り4編と3話の連作「左官」を収録。リイド社 1100円 ©坂上暁仁/トーチweb

さかうえ・あきひと 1994年、福岡県生まれ。武蔵野美術大学卒。2014年から同人活動を開始、7号まで刊行。’17年、第71回ちばてつや賞一般部門入選。

※『anan』2023年12月27日号より。写真・中島慶子 取材、文・三浦天紗子

(by anan編集部)