鈴鹿央士、『ドラゴン桜』最終回で自らセリフ変更を提言!? そのワケとは

2021.8.3
あらゆる役を縦横無尽に行き来して、観る人を作品に引き込む俳優の鈴鹿央士さん。Z世代写真家・吉川然さんと臨む、表現の戯れ。
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鈴鹿央士さんの演じる役は、どこか親しみやすさがある。『ドラゴン桜』では「藤井くん」、『MIU404』では「成川くん」。架空の人物なのに、なぜか「くん」付けで呼びたくなるのだ。

「うれしいです。一応、芸能人という括りにはいますけど、僕、芸能人ぽくないじゃないですか。僕らが演じる役は、一般的な生活をしている人たち。あんまり芸能人然とした生活をしていると、役を演じるのに一段階ギアを変えなきゃいけない気がして。それをなくすためにも、なるべく普通の人でいたいというか。一般の感覚を持っていたい、という思いはあります」

あなたにとって表現とは。そう尋ねると、少し照れた後、一つひとつフィットする言葉を探すようにして、鈴鹿さんは話し始めた。

「まだ少しですけど、いろんな作品に携わって、いろんな役を経験して。その中で思うことは、役をいただいたからには、僕が演じる意味を常に探したい。自分のエゴなんですけどね」

多くの人が共感した『ドラゴン桜』の藤井くんにも、自分だからできる表現があった。

「『ドラゴン桜』の最終回で桜木先生に東大の理科一類を受験したいと伝えるシーンがあるんですけど、台本では呼び方が『あんた』だったんです。でも、もうあの時点で藤井にとって桜木先生は大きな存在。『あんた』とは呼べないなと思って、本番で『先生』に変えさせてもらいました。そしたら、監督もオッケーをくださって。呼び方なんて些細なことかもしれないですけど、そこで表現できるものがある。だから、できる限り大切にしたいなって」

2019年に俳優デビュー。この世界に入るまでは表現欲求なんて微塵もない少年だった。

「人前に立つことが恥ずかしくて。体育館の壇上に立った経験は、卒業式で卒業証書をもらったときくらい(笑)。絵を描くとか歌を歌うとか、別の方法で気持ちを発散することもなかった。表現というものからかけ離れた人生でした」

事務所で初めて台本を読んだときは「『国語の朗読よりひどい』と言われました」と苦笑いする。それでも、いつしか演じることは「この道しかない」と恋い焦がれるものとなった。

「『蜜蜂と遠雷』を観て、『ピアノを始めました』と言ってくれる人がいたり。その頃、ちょうど『おっさんずラブ‐in the sky‐』のオンエアも始まって、『見ているだけで幸せになれた』と感想をもらえたり。そんなふうにいろんな人の人生に関われたり、影響を与えられたりしたことで、この仕事の楽しさを知ったというか。現場も楽しかったし、自分も頑張れた気がしたし、だけど満足できなくて、もっと頑張りたいとも思った。そういういろんな感情が自分の中で生まれた瞬間、『この道しかない』って気持ちが決まったんです」

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たくさんの熱い反響が、シャイだった心を動かした。以降、鈴鹿さんの表現には、いつもその先にいる「受け手」の存在がある。

「観てくれる人が0人になったらこの仕事は辞める。そう決めていて。でも1人でも誰かに何かを届けられる限りは続けたい。岡山の田舎で育った普通の人が誰かの心を動かせるなんて夢みたいな話。それができる今はすごく幸せです」

思い描くこれからの未来も、普通を大切にする鈴鹿さんらしい答えが返ってきた。

「普通の生活に根づいた作品がやりたいです。生活って一番人間が出るところだと思うので。僕、工藤祐次郎さんの歌が好きで。ほぼギターと声だけ。すごく普通なんですけど、生きているなあって感じがするんですよね。僕もそんな普通の人を演じられる俳優になりたいです」

OUJI SUZUKA 2000年1月11日生まれ、岡山県出身。’19年、俳優デビュー。同年、映画『蜜蜂と遠雷』で数々の賞を受賞。単独初となる主演映画『星空のむこうの国』公開中。『メンズノンノ』専属モデル。
ジャケット¥86,900 パンツ¥42,900(共にscye/マスターピースショールーム TEL:03・5414・3531) シャツ¥26,400(SCYE BASICS/マスターピースショールーム) その他はスタイリスト私物

ZEN YOSHIKAWA 2002年生まれ、京都市在住。写真家。小学生の頃から写真を始める。初個展「さがしもの」が8月19日~9月13日リコーイメージングスクエア東京で開催。写真集『Water.』(bookshop M)発売中。

※『anan』2021年8月4日号より。写真・吉川然 スタイリスト・丸山 晃 ヘア&メイク・ 阿部孝介(traffic) 取材、文・横川良明

(by anan編集部)

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