忽然と消えた、ピル解禁を訴えた女性のその後に迫る…桐野夏生によるセミドキュメンタリー風長編

2024.9.24
桐野夏生さんの最新刊『オパールの炎』は、1970年代にウーマンリブを牽引していたひとりの女性をめぐり、彼女とさまざまな形で関わっていた人々が当時を語る、セミドキュメンタリー風の長編だ。

’70年代に突如、表舞台から消えたフェミニズムの旗手のその後に迫る。

桐野夏生 オパールの炎

「きっかけは、小池真理子さんとの対談で、中ピ連(ピル解禁などを訴えた団体)のリーダーだった榎美沙子さんの話が出てきたことなんです。『榎さんの“ピル解禁や中絶の自由など、女性の体についての権利は女性自身が持っている”という主張は正しかったね』と意気投合して。その対談を読んだ女性編集者さんから榎さんについて書いてみませんかと提案されたんですね。私も、鮮やかに現れて、忽然と消えてしまった榎さんがいまどうしているのか、どんなふうに生きてこられたのか知りたいと思ったんです。当時の価値観では榎さんはエキセントリックにも見えて、同性からも賛否両論がありました。けれど、もし生きておられたら、いま彼女を慕う女性がたくさんいることを伝えたい。そんな復権を願う気持ちもありました」

しかし、いざ取材やリサーチを始めると、予想以上に難航したそう。

「このネット社会で、ここまでわからないと思わなかったです。小説でも書きましたが、彼女は選挙に出て大敗して専業主婦になると表舞台から消えた。そこから先がまったく追えないんです。それもあって、塙玲衣子というヒロインに託し、ルポライターの女性が塙の軌跡をたどって複数の人物にインタビューを試みる形にしました。そうするしか、立体的に描けなかったんですよね」

本書の中で取材に応じたのは、彼女と活動を共にしていた元同志の女性や塙の記事を掲載していた週刊誌の編集長や記者など。多くは桐野さんのイマジネーションから生まれた人物だが実際に会えた関係者もいる。

「お話を伺いたかった方もすでにお亡くなりになっていたので、真実に迫れたものもあるかもしれませんが、ほぼ推測です。ただ榎さんの元夫や幼なじみからは生の証言をもらえてありがたかった。第三章の編集部に届いた手紙、実は本当のエピソードなんです。連載中に、榎さんと親交のあった女性が手紙をくださって。これには興奮しましたね」

真実に迫っていたからこそ起きた、奇跡のドラマではないのか。彼女の苛烈な人生を見届けてほしい。

桐野夏生『オパールの炎』 宝石の中で唯一水分を含むオパール。石の中で炎のようなゆらめきを放つその様は、女性たちが内奥で燃やす思いと重なるよう。中央公論新社 1870円

小説 桐野夏生

きりの・なつお 作家。1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、’99年『柔らかな頰』で直木賞など受賞歴多数。毎日芸術賞、吉川英治文学賞受賞作『燕は戻ってこない』はドラマも話題に。

※『anan』2024年9月25日号より。写真・土佐麻理子(桐野さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)