志村 昌美

ジェシー・アイゼンバーグが初監督作で明かす葛藤「芸術に関わる仕事にはずっと罪悪感があった」

2024.1.17
『ソーシャル・ネットワーク』で世界的な注目を集め、名だたる映画監督たちから愛されている実力派俳優ジェシー・アイゼンバーグが監督に初挑戦。アカデミー賞をはじめ数々の賞に輝く名優ジュリアン・ムーアとの最強タッグに加え、人気女優エマ・ストーンがプロデュースを手掛けていることでも話題を呼んでいる1本です。

『僕らの世界が交わるまで』

【映画、ときどき私】 vol. 633

DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営するエヴリン。高校生の息子ジギーは、社会問題には関心がなく、ネットのライブ配信に精を出す毎日を過ごしていた。社会奉仕に身を捧げる母親と、自分のフォロワーのことしか頭にないZ世代の息子。いまではお互いのことがわかり合えなくなっていた。

そんななか、ジギーは同じ高校に通う聡明な女子生徒に恋心を抱き、エヴリンは母親とともにシェルターに逃げ込んできた少年の世話に過剰にのめり込んでしまう。衝突を繰り返し、反発し合いながらも、実は似たような空回りを続けるエヴリンとジギー。お互いの世界が交わらない母と息子の思惑は、どこに向かっていくのか…。

2022年サンダンス映画祭ワールドプレミア上映されたのち、第75回カンヌ国際映画祭批評家週間オープニング作品にも選ばれ、高い評価を得ている本作。そこで、こちらの方に作品の背景などについてお話をうかがってきました。

ジェシー・アイゼンバーグ監督

近年は劇作家や短編小説作家としても活躍の場を広げていますが、本作で待望の映画監督デビューを果たしたジェシーさん。オリジナルとなる脚本だけでなく、劇中のYouTubeで歌われている曲の大半も自ら手がけています。今回は自身が抱えている葛藤や創作活動の源、そして日本の好きなものなどについて語っていただきました。

―これまで20年以上にわたる俳優活動のなかで、さまざまな監督の現場を経験されてきたと思いますが、それを踏まえたうえで監督として意識されたことはありましたか?

ジェシーさん たとえば、僕が経験したなかで最悪だったのは、みんなが何をしているのかを監督がまったくわかっていなかった現場です。その監督は俳優のこともスタッフのことも何も理解していなかったので、とにかくひどい状況でした。

でも、そういった経験があったからこそ、今回の現場で僕が目指していたのは、みんなのことをよく知り、全員がベストな仕事ができるような環境を作ること。自分が中心になってしまうのではなく、みんなが働きやすくなるためにどうすればいいかを考えました。

謙虚な気持ちと好奇心を持って現場に挑んだ

―逆の立場をよく知っているジェシーさんだからこその素晴らしい心がけですね。

ジェシーさん それに僕自身が「こんな映像が撮りたい」とか「こんな音がほしい」と思っていても、実際に形にしてくれるのは才能のある現場の方々ですから。僕としては、初めての監督作品ということもあり、謙虚な気持ちとともに、好奇心を持っていろんなことを学びたいという思いで現場に挑みました。

―ちなみに、監督として影響を受けている方などはいらっしゃいますか?

ジェシーさん 素晴らしい監督はたくさんいるので何人もいますが、あえて名前を挙げるとするならば、『嗤う分身』という映画を一緒に作ったリチャード・アイオアディ監督。それから『アドベンチャーランドへようこそ』のグレッグ・モットーラ監督です。

彼らは非常に心が広くて、俳優を自由にさせてくれるタイプの監督。でも、それだけでなく同時に自分が必要としているビジョンもしっかりと映画に落とし込んでいたんですよ。その様子を見たときに、監督というのは“独裁者”にならなくても自分がほしいものを得られるのだということを知りました。

意義深いことに貢献できているのか自問自答している

―また、ジェシーさんはご自身の家族の仕事と自分の仕事が持つ意義を比べてしまうことで、悩んでいた時期もあったとか。これだけ世界的な成功と人気を手にしているジェシーさんでさえもそう思っていたことに驚きましたが、それゆえにこういった作品が生まれたのだなとも感じました。この作品と向き合うことで、仕事に対する思いや心境にも変化が出てきたのではないでしょうか。

ジェシーさん 初めて聞かれたことではありますが、心理的に鋭い質問をありがとうございます。まず、僕の両親はふたりとも教師をしていて、僕の妻は「障がいに対する正義」というものをニューヨークの公立高校で教えています。なので、そういった彼らに比べると僕のような芸術に関わる仕事はすごくナルシシスティックで利己主義的で、虚栄心にまみれているような気がして、ずっと罪悪感がありました。

だから僕は「本当に意義深いことに貢献しているのだろうか、それともただ好き勝手なことをやっているだけではないだろうか」とよく自問自答しているのです。映画のなかで、「息子のしていることにはまったく価値がない」と思っていた母親が最終的には「多くの人を幸せにしていて意味があることなんだ」と理解する姿を描きましたが、もしかしたらこれは僕が自分自身に言い聞かせたいことなのかもしれませんね。

妄想と創造性がモチベーションの源

―非常に興味深いお話です。本作では家族としてわかり合うことの難しさも描いていますが、ご自身が家族とのコミュニケーションで意識していることや気を付けていることがあれば、教えてください。

ジェシーさん これは僕の家族の“文化”なのかもしれませんが、僕たちは心のなかにあることをすべて言ってしまうところがあるんですよね。なので、そういう部分は劇中の家族とはまったく違うのかなと。映画では母親のエヴリンがすべてを隠して何も言わない性格というのもあって、ある種の緊張感が家のなかに漂ってしまうのだと思います。

でも、僕の家族は誰かが怒っていると、お互いに叫び合ったりしているくらいですよ(笑)。1週間ほどケンカしてしまうこともありますが、何でも打ち明けられる関係性が築けていると感じています。

―素敵ですね。現在は俳優業にとどまらず、執筆や音楽など幅広い活動をされているので、ジェシーさんの豊かな才能には刺激を受けます。ご自身の創作意欲を駆り立てているものは何ですか?

ジェシーさん そう言っていただけるのはうれしいですね。僕のモチベーションの源は一種の“パラノイア”というか、妄想と創造性の両方によるものだと思っています。でも、そのいっぽうで「失敗してしまうのではないか」という心配がつねにあるのも事実。おそらくそういう不安があるから、何かを終えるとすぐに次のプロジェクトを始めてしまうのかもしれません。ときには1つではなくて、いくつものことを同時にしてしまうこともあるくらいです。

あと、僕自身があまり社交性のある人間ではないので、自分のなかでストーリーやキャラクターについて考えるのがすごく楽しいんですよね。それが僕にとってのクリエイティビティだと考えています。

家族なら問題があっても諦めないでほしい

―では、日本についてもおうかがいしたいのですが、日本のカルチャーでお好きなものはありますか?

ジェシーさん 僕はいまニューヨークに住んでいますが、ニューヨークの人たちは日本の文化や映画、そして日本食が大好きなんですよ。家の近所にある日本の食品店では、日本がいかに素晴らしいかについて、みんなが話し合っているくらいですから。

ちなみに、そのなかでも僕が大好きなのはお好み焼き。「広島には最高のお好み焼きがある」と聞いているので、いつか広島で食べてみたいです。それにアメリカ人として広島を表敬訪問すべきだとも考えているので、そういう意味でもぜひ広島には行きたいと思っています。今回はこの作品と一緒に日本へ行けなかったことが本当に残念だったので、次回作では必ず日本に行きたいです!

―お待ちしております。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

ジェシーさん みなさんも自分の家族に対してがっかりすることはよくあるんじゃないかなと思います。そういうときは、この映画でも描かれているように他人の息子を自分の子どものように扱ったり、他の女性に母親のようなものを求めたりして、“家族の代わりの人”を外に求めることがあるかもしれません。

ときにはそれが素晴らしい場合もありますが、僕は家族なら諦めないでほしいと考えています。なので、家族との間で問題が起きたときは外に目を向けるのではなく、まずはお互いにしっかりと向き合うことが大事ではないかなと。そういった部分をぜひこの映画からも感じていただきたいです。

難しいからこそ面白いのが家族

ときには厄介ですれ違ってしまうこともあるけれど、かけがえのない家族の愛おしさと大切さに気付かせてくれる本作。不器用でちょっぴり痛々しい親子の姿に、いつの間にか共感と温かさで胸がいっぱいになるはずです。


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『僕らの世界が交わるまで』
1月19日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://culture-pub.jp/bokuranosekai/
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