志村 昌美

夫の浮気で妻の行動がエスカレート…歪んだ夫婦関係が子どもに与える影響【映画】

2022.9.8
他人の秘密や嘘といえば、誰もが思わず覗いてしまいたくなるもの。そこで、今回ご紹介するオススメの作品は、ある秘密と嘘を抱えた家族の崩壊と再生、そして長年にわたる葛藤をあぶり出した話題作です。

『靴ひものロンド』

【映画、ときどき私】 vol. 519

1980年初頭のナポリ。ラジオ朗読のホストを務めるアルドは、妻のヴァンダ、アンナとサンドロという2人の子どもたちと暮らしていた。ところが、妻に浮気を告白したことで平穏な日々は終わりを迎える。家族の元を去り浮気相手と暮らすアルドは、定期的に子どもたちに会いに来るが、すべてが気に入らないヴァンダは、精神的に不安定となり、行動もエスカレートしていく。

衝突を繰り返す両親の狭間で、母に寄り添うアンナとサンドロ。混沌とした数年を経て、家族は些細なきっかけからふたたび一緒に暮らすことになる。そして月日は流れ、冷え切った関係のまま老齢を迎えた夫婦は、夏のバカンスへと向かう。1週間後に自宅へ戻ると、家はひどく荒らされ、飼い猫は失踪していた……。

全米で絶賛されたイタリア人作家ドメニコ・スタルノーネの小説「靴ひも」を映画化し、ヴェネチア国際映画祭でも注目を集めた本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ダニエーレ・ルケッティ監督

『ローマ法王になる日まで』や『ワン・モア・ライフ!』などで知られ、人間模様を描くのを得意とするルケッティ監督。本作では、イタリアのアカデミー賞と称されるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で主要3部門のノミネートを果たし、高く評価されています。今回は、本作を通して伝えたいことや夫婦を続けるために欠かせないこと、そして日本にまつわる思い出などについて語っていただきました。

―原作に共感したことが制作のきっかけだったそうですが、どういったところに魅力を感じたのかを教えてください。

監督 僕が一番感銘を受けたのは、家族を描写する際に、残酷さも含めたありのままの姿を描いているところでした。特に、当時のイタリアでは、家族の背景にカトリック的な“縛り”が強く残っており、家族がバラバラになることに対して大きな葛藤があったからです。そういった障害のある関係性や家族の内部について、スリラーのように描かれている作品だという印象を受けました。

そして、ここに出てくるような家族の間では、「私たちは本当に愛し合っているのだろうか。それとも、もう愛は終わってしまったのだろうか」という非常に大事な問いかけすらしなくなっているので、それも問題だと感じています。僕自身も“解体できない家族”というのを経験してきたので、両親のいざこざを抱えた家庭で育った子どもたちがどんな思いをし、どのような影響を受けているのかは、わかっているつもりです。

子どもは無意識のうちに親のすべてを継承することもある

―映像化するうえで、こだわったところや自身の経験を反映したことはありましたか?

監督 今回、印象に残っているシーンは2箇所ありますが、1つ目は子どもを乗せている車の前で、妻が歩いている夫と愛人を殴ろうとするシーン。あの場面での子どもたちの目線にはとてもこだわりました。なぜなら、彼らはこの経験を一生抱えていくことになること、そして夫婦や家族との関係に信頼を持てずに育っていくであろうことが、彼らの視線によって示されているからです。実際、あの瞬間に彼らの理想の両親像はなくなり、心のよりどころも失ってしまいます。

2つ目は、しばらく経ってから父親と子どもたちが再会して靴ひもを結ぶシーン。そこでは、父親の持っている善も悪も、子どもたちがすべて無意識のうちに継承してしまう場合があることを表しています。よくも悪くも、それこそが家族の絆と言えるのかもしれません。実は、僕には母親が違う子どもが3人いるんですが、みんな自分にどこか似ているところがあるので、そんなふうに受け継がれているのだろうなと感じることがあります。

―本作は、子どもたちの目線で観るか、夫婦の目線で観るかによってもかなり感想がわかれると思うのですが、イタリアの観客たちの反応はいかがでしたか?

監督 この映画が公開されたとき、ちょうど最初のロックダウンが明けて初めて映画館が再開したときだったこともあり、観客にとってはいろんな意味でセラピーのような時間になっているように感じました。特に上映が終わった後、みんなが個人的な体験や家族の在り方などについてせきを切ったように話し始め、「永遠に議論が終わらないんじゃないか」と思うくらいすごかったです。

夫婦を続けるためには、形を変えていくことも大事

―確かに話し合いたくなるシーンは多いですが、議論したくなるセリフのひとつは、「夫婦を長く続けるために不可欠なのは、あまり話さず、つねに言葉を飲み込むこと」という夫の言葉。監督自身は、“夫婦を長く続けるために欠かせないもの”について、どうお考えですか?

監督 個人的には、カップルがつねに変わり続けていくことが大事だと思っています。つまり、形を変えることを受け入れられるかどうかです。というのも、2人の人間が20年、30年、さらにそれ以上の年月を一緒に過ごすなかで、個人レベルでも変わっていくのに、カップルとしてずっと同じルールでいるのは難しいことですよね? そういったことからも、2人で別の形や関係性というのを模索し、それに合わせて変えていく必要があると考えています。

ただ、これに関しては自然とできることではなく、幸運や才能みたいなものも欠かせないのではないかなと思っています。だからこそ、まるで2本の木が共存して伸びていくように、それぞれが自分らしい変化を理解する姿勢が大切であり、それが秘訣なのではないでしょうか。

―なるほど。では、劇中で夫婦の関係を描く際、意識されたことはあったのでしょうか。

監督 夫のアルドは、駆け出しのころから物質的には恵まれた家庭を築いていますが、監獄のような家庭において自分は“囚人”であると感じています。しかし、その不幸が彼の仕事に成功をもたらした要因のひとつだったと思いますし、彼もその状態を受け入れることで自分の存在意義を感じていたところがあったかもしれません。

いっぽうの妻もまた、昔ながらのマッチョな考え方を持ち浮気を繰り返す夫の犠牲者。とはいえ、つらい立場でいることによって夫婦を維持しようとしているところがあるので、そんな2人の関係性はぜひ見ていただきたいです。

日本はいつも居心地のいいもてなしをしてくれる

―また、本作では空白の30年があり、あえて語らないことで観客にゆだねているところもありますが、監督から注目してほしい点などがあれば、お聞かせください。

監督 映画で描かれていない空白の時間を物語っているのは、成長した子どもたちの姿。特に娘はすごく弱い人間となっていますが、2人とも内向的でありながら大きな怒りを秘めており、恋愛においても他人といい関係を築けずにいます。それが何を意味しているのか、というのは感じていただけるのではないかなと。

そして、それらすべてを象徴しているのは、ほかでもなく、彼らが怒りを露わにする最後のシークエンス。そこからもわかるように、彼らのような過去を持っている人たちが自分を愛し、他人を愛せるようになるのは簡単なことではないのです。

―これはイタリアだけではなく、日本の観客からも大きな反響があるところだと思います。ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 日本に初めて行ったのは、1988年のこと。それから10回ほど訪れているので、その間に日本の変化も見てきたような気がしています。いつも妻や友人と一緒に行きますが、日本から帰ってくると、みんなすぐに日本が恋しくなってしまうんですよ。おそらくそれは、文化的な違いを感じさせることなく、とても居心地のいいもてなしをしてくれていたからなんだろうなと毎回実感しています。

いつもだいたい2週間ほど滞在しますが、2週間で味わえる経験以上のことをもたらしてくれるのが日本。息子のひとりが日本語を勉強していることもあって、いつでも訪れたい国ですし、毎年のように家族で「日本でバカンスを過ごしたいね」と話しているほどです。

―それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 まずひと言伝えるとするなら、「日本のみなさんの結婚生活が僕たちイタリア人のようにならないことを心よりお祈りしています」ということでしょうか(笑)。といっても、この映画を観て結婚生活に関する答えが出るわけではないですが、もしかしたら何らかの教訓にはなるかもしれません。ぜひ、映画を観ることで心を揺さぶられ、そして感情を掻き立てられるような体験をしていただけたらうれしいです。

ロンドのようにめぐり続ける家族の愛憎劇!

絡まってはほどき、ほどいては結ぶを繰り返す靴ひものような絆に翻弄される夫婦と親子の姿を描いた本作。歪んだ感情と愛情が織りなす物語は、観る者の心に大きな余韻と問いを残す衝撃の1本です。


取材、文・志村昌美

胸騒ぎがする予告編はこちら!

作品情報

『靴ひものロンド』
9月9日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:樂舎
https://kutsuhimonorondo.jp/
️© Photo Gianni Fiorito/Design Benjamin Seznec /TROIKA ©2020 IBC Movie