志村 昌美

高校生が学校を占拠! 暴力を振るう警察に子どもたちが取った勇気ある行動

2021.11.5
投票率の低さなど、日本では若者の政治離れが問題視されているなか、地球の反対側で国を大きく動かしているのは若者の力。そこで、いまこそ観るべき注目のドキュメンタリー作品をご紹介します。

『これは君の闘争だ』

【映画、ときどき私】 vol. 427

2013年6月、ブラジル・サンパウロ。公共交通料金賃上げに対する大規模な抗議デモがきっかけとなり、物価上昇や重税、LGBTQ+、女性の権利、人種差別といったさまざまな問題に対する抗議へと広がっていた。

そして、2015年10月。サンパウロの高校生たちは公立学校の予算削減案に反対するため、自らの学校を占拠し始める。次第にこの運動はブラジル全土を巻き込み、翌月には200以上の学校が占領されるまでに発展。ブラジル社会では、高校生たちによる大きな変革が起きようとしていた。しかし、3年後にはその期待も裏切られることに……。

ベルリン映画祭のジェネレーション部門や山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、100以上の映画祭で大きな反響を呼んだ本作。2010年代のブラジル社会が経験した激動の時代について、当事者であるルーカス、ナヤラ、マルセラの3人を中心とした学生たちの視点から切り込み、高く評価されています。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

エリザ・カパイ監督

これまでも、幅広い社会問題に焦点を当てたドキュメンタリーを数多く制作してきたカパイ監督。今回は、ブラジル社会が抱える問題の背景や撮影時の印象的なエピソード、そして日本の印象などについて語っていただきました。

―まずは、このテーマに取り組もうと思った理由から教えてください。

監督 私の両親は、独裁政権の時代だった1960年後半に学生運動に携わっていたような人たち。父は政治犯として逮捕され、拷問を受けたこともありました。そういったこともあり、両親は学生運動やデモで世の中を変えることができるんだといった話を幼い頃から私によくしてくれていたのです。

その後、ブラジルが民主化された頃、私はちょうど小学校に通っていたのですが、学校で児童たちによる生徒会が設立されることとなり、私が初代の生徒会長を務めました。生徒たちを代表して大人たちと議論を交わし、一緒に解決策を見出していく作業をしたわけですが、そこにある可能性には惹きつけられるものがありましたね。このときの経験は、いまでもすごく印象に残っています。

いまの世代は、クリエイティブで臨機応変

―そういった流れは、ブラジルの若者たちにはずっと受け継がれていたのでしょうか。

監督 両親の世代から私の世代までは、「みんなで集まれば何かを変えることができるんだ」という夢を持っていましたが、そのあとはそういった夢を持たない世代がしばらく続いていました。ところが、映画に出てくるいまの若い世代がふたたび登場し、いままでなかったカタチでの戦い方を生み出していくことになるのです。声の上げ方は昔とは違い、非常にクリエイティブで臨機応変だと感じました。

今回、彼らが要求していることは、公の教育をきちんと行い、質を上げてほしいというもの。そういったものを求めて若者たちが自ら立ち上がる姿を見て、最初はいい時代が来たなと楽観的に捉えていました。でも、いい時代というには、あまりにも社会的な問題がひどすぎて驚きのほうが大きかったですね。どうしたらこんな残念な状況になってしまうのかと。そんななかでも、彼らの世代にはそれを変える力があるのではないかと思わせてくれるものがありました。

―衝撃的な映像が多かったですが、監督自身が印象に残っている出来事はありましたか?

監督 1つ目は、初めてマルセラに会った翌日のこと。映画でも見ることができますが、彼女と一緒にデモに参加した際、警官がホームレスの女性をこん棒で殴り、怪我をさせたことがありました。マルセラは救急車が来るまでの1時間、ずっと彼女に付き添っていたのです。

この一連の出来事は、貧しい黒人女性がブラジルで生きるというのがどういうことなのかを如実に示しているシーンでもあると思います。つまり、こうした肉体的な暴力が当たり前のように行われているということの象徴なのです。

教育を与えない“暴力”を国家が子どもに与えている

―非常に緊張が走った場面でしたが、日本では想像できないことかもしれません。

監督 そしてもう1つは、サンパウロのダウンタウンでルーカスの友人と撮影をしていたとき。彼らと話をしていたらすぐ隣で警官が黒人を職質しており、ルーカスが私に「気をつけないとカメラを没収されるよ」と言ったんです。私は白人で中流階級なので、街中で職質されることはありませんが、黒人の彼らは警官に止められることは日常茶飯事。

たとえば、彼らがいい自転車に乗っているのを見ると、警官は当然盗んだものだと考えるので、彼らは自転車の領収書をつねに持ち歩いているのだと言います。あのシーンからも、ブラジルの人種主義がどういうものなのかがわかっていただけるはずです。

―そのほかのアーカイブ映像でも、非常に驚かされるものは多くありました。

監督 そうですね。私自身も、高校生が椅子を持って道路で抗議をしている映像は特に記憶に残っています。そこで映し出されているのは、警官たちが暴力を持って子どもたちを排除する姿。命令を受けた警官たちは、子どもたちを早く排除しようと暴力を振るってしまうのですが、その理由のひとつは、彼ら自身が自分の生活に疲弊しきっているから。

実は彼らはかなりの低賃金で働いており、副業をしないと家族を養えないので、自分のシフトが終わると別の仕事をしている人が多いのだとか。そういった背景もありますが、何よりも国家が教育に予算を出さないという“暴力”を子どもたちに与えていると私は感じています。

デモは、同じ夢と怒りを持って集まれる場所

―子どもたちの行動力と芯の強さには感銘を受けましたが、彼らの自立心はどうやって培われたのでしょうか。環境によるもの? それともブラジルの教育によるものですか?

監督 それは興味深い質問ですね。彼らの自立心というのは、おそらく所得が低い家庭であることから来ていると考えられます。なぜかというと、貧しい家庭の子どもたちは、親が家にいないので、小さいときから料理をしたり、自分の世話をしたりしているので、早くから自立心を身につけなければなりません。

彼らが所得の高い家庭の子どもたちだったら、あんなに早くから自立していなかったのではないでしょうか。奴隷制度の後始末をきちんとしてこなかったこと、そして社会的な経済格差が大きいこと、この2つの背景が公立と私立の子どもたちの間にある格差を生む原因となっているのです。

―日本では大規模なデモや占拠というのはほとんどなく、それどころか若者の政治不参加が問題となっています。こういう状況をどうすれば変えられると思いますか? 

監督 ぜひ、この作品を観て、ブラジルの若者たちによる政治的なクリエイティビティからヒントをもらってほしいですね。

―確かに、彼らの行動力と発言力には、多くの日本人が刺激を受けると思います。ちなみに、学生運動やデモなどの必要性について、監督はどうお考えですか?

監督 デモというのは、いろいろな人が同じ夢を語り、同じ怒りを持って集まることができる場所。人々が相互に理解を深め、同じことに苦しんでいることがわかるというのは大きな意味のあることだと思います。

いまの若者は暴力を許さない世代へと変わった

―そのことは、ブラジルの若者たちを見ていてもよくわかりました。

監督 本作で見られる2015年の学生運動が勃発する前、1人の女性が多くの男性から襲われた事件を発端に、ブラジルでフェミニズムの大きな運動が起こりました。その際、DVに苦しむ女性たちも「暴力を当たり前のものとしてはいけない」と立ち上がり、連日大きなデモが行われるまでに。そして、大きなムーブメントによって女性は自分たちの力を示すことに成功したのです。

その結果、いまの若者たちは暴力を許さない世代となりました。そういった議論を経たおかげで最近の男の子たちの考え方を変えることもできたので、いまでは連帯感を持って同じ苦しみや夢を持てているのだと思います。

―まもなく日本で公開を迎えますが、日本に対しての印象などを教えてください。

監督 いつも使っているお気に入りのノートは葛飾北斎の絵が表紙ですし、黒澤明監督の作品を観て育ったほど、私は日本が好きです。2019年の山形国際ドキュメンタリー映画祭の際には、念願の日本訪問を果たしました。1週間と短い期間ではありましたが、東京の公園を散歩したり、銭湯に行ってみたり。もちろん言葉はまったくわかりませんでしたし、看板なども読めなかったですが、だからこそ、そこではすべてが芸術作品のように見えました。

あと、そのときに感じたのは、些細なことにも日本のみなさんと自然の関係性が表れていること。そして、古いものとモダンなものとが当たり前のように共存していること。これには本当に感動しました。そういった部分も含めて、もっと理解できるようになりたいので、次回はもっと長期間で滞在できればいいなと思っています。

未来のために、闘うべきときがある!

ひとりひとりの声を集めれば、国をも動かす大きな力へと変わっていくことを教えてくれるブラジルの若者たち。彼らの闘う姿からは政治に興味を持つこと、そして参加することが生きるうえでいかに重要であるかを改めて考えさせられるはずです。


取材、文・志村昌美

エネルギッシュな予告編はこちら!

作品情報

『これは君の闘争だ』
11月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
配給:太秦
https://toso-brazil.jp/