2025.03.13
2025年2月28日をもって休館した帝国劇場。その最後を飾った公演、CONCERT「THE BEST New HISTORY COMING」には、約90名にのぼる歴代キャストたちが登壇しました。日本の演劇界を支えた空間の最後の、そして未来に向けた始まりの日をレポートします。
劇場はときに“ハコ”と呼ばれるが、それが単なる“ハコ”ではないということが、観劇する人であればわかると思う。観劇を趣味として日常的に劇場に通う人であっても、やはり劇場は“非日常”を味わう“ハレ”の場。劇場の名前を掲げた看板にワクワクするし、エントランスを抜けて掲げられているポスターや物販のコーナーに目を留めつつ客席に向かう過程も、作品への序章のような気持ちにさせてくれる。そんな意味で、帝国劇場という場所は完璧だった。
皇居のお濠を望むロケーション。その名称に相応しいクラシカルで威厳を感じさせるファサード。天井が高く広々としたロビーには毛脚の長い緋色の絨毯が敷かれ、木や煉瓦を使った褐色の壁に、温かみを感じさせる落ち着きのある照明。
ところどころに彫刻や絵画のようなアート作品が飾られ、2階に向かう階段には、左に華やかなステンドグラス(猪熊弦一郎「律動」)、右にはすだれ状の巨大なオブジェ(伊原通夫「瓔珞」)。それを横目に上った先には、かわいらしくもレトロ感のある喫茶室があり、開演前や休憩の時間も彩ってくれる。まさに劇場という場所そのものが、文化の発信地であることを証明する空間として間違いなく存在していた。
その帝国劇場が、2025年2月28日をもって建て替えのための休館に入った。1966年に落成した現・帝国劇場だが、59年の歴史に終止符を打ったことになる。その最後を飾った公演が、CONCERT「THE BEST New HISTORY COMING」だ。
これまでこの劇場を彩った53作にのぼるミュージカル作品から、日替わりプログラムも含めて選りすぐりの全64曲のナンバーを歌い継ぐというもの。
井上芳雄さん、浦井健治さん、小野田龍之介さん、甲斐翔真さん、佐藤隆紀さん、島田歌穂さん、三浦宏規さん、宮野真守さんという8名のレギュラーメンバーに加え、歴代キャストが日替わりでゲスト出演。2月14日に初日の幕が開いて2週間、連日、豪華な顔ぶれによる3時間半に及ぶステージが繰り広げられていた。
そして、ついに迎えた2月28日、大千穐楽(おおせんしゅうらく)。今公演では、毎回最後のナンバーとして『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」を全キャストで歌っていたが、大千穐楽では、この日のゲスト出演者である市村正親さん、今井清隆さん、鳳蘭さん、笹本玲奈さん、田代万里生さんに加え、現・帝劇最後の日を見守ろうと劇場を訪れていた約50名にのぼる歴代キャストたちも登壇。あらためて全員で「民衆の歌」を歌うというスペシャルカーテンコールが敢行された。
ひとりひとり、これまでの帝劇との関わりを紹介しながら呼び込まれた面々はじつにさまざま。
1987年6月の日本初演以来、59年間におよぶ現・帝劇で最も多く上演されてきた『レ・ミゼラブル』の日本初演でジャン・バルジャンとジャベールの両役を演じた鹿賀丈史さん。『Endless SHOCK』で、この劇場のみならず日本の演劇作品で単独主演通算上演回数1位という記録を持つ堂本光一さん。今やミュージカルを目指す多くの俳優が目標として名を挙げる『モーツァルト!』の日本初演で、鮮烈なヴォルフガング役を披露し、ミュージカルデビューを果たした中川晃教さん。彼らは、今や帝劇ミュージカルのラインナップとして数えられる作品をヒットに導いた立役者たちともいえる。
また、三島由紀夫作の『癩王(らいおう)のテラス』に主演した北大路欣也さんや、泉鏡花作の『滝の白糸』など数多くの作品で座長を務めた佐久間良子さんなど、日本が誇る数々の文学作品を舞台に立ち上げてきたレジェンド俳優たちも参加。帝国劇場というと今やミュージカルのイメージが強いが、多岐にわたるジャンルの演劇作品を上演して演劇を支えてきた場所であることがよくわかる。
「この劇場に最初にお世話になったのは27歳のとき」と自らと帝劇との歴史を振り返った北大路さんは、「私も『スカーレット』というミュージカルをやったんですよ。(略)恥をかきながら一生懸命歌いました」と笑いを交えてコメント。佐久間さんは、自身の出演作に触れた後「今は胸がいっぱいです」と感慨を口にした。
そうして歌われた総勢約90人のキャストによる「民衆の歌」は、ただただ圧巻だった。この曲は、フランス革命後に再び台頭してきた王政に反対する学生たちが、自由で平等な社会を求めて革命を起こそうと市民に参加を呼びかけるときに歌われるもの。
その中に、「列に入れよ 我らの味方に」という歌詞がある。たどってきた道も世代も、出演した作品も様々なキャストたちが一堂に会し、帝国劇場が紡いできた歴史という名の隊列に加わって、日本の演劇界における確かで大きな道を作ってきたのだ、と感じられた瞬間だった。
歌い終わった後、客席からの万雷の拍手はなかなかやむことがなかった。誰もが、この劇場での観劇体験を、そのときの感動を噛み締めていたに違いない。「最後にひと言」と井上さんからコメントを求められた堂本さんは「絶対に俺じゃない」と恐縮しつつも、共演者や客席からの歓声に応え「この場にいられて本当に光栄です。本当にありがとうございます」と、この場にいるすべての人の言葉を代弁。そこに続き、市村さんが、涙交じりに「感動!」と叫ぶと、さらなる大きな拍手が巻き起こった。
「また新しい帝劇でお会いしましょう」。鳴りやまない拍手の中、最後に井上さんが挨拶。演劇という文化を日本に根付かせ、数々の傑作ミュージカルを生み出してきた現・帝国劇場の幕がついに下ろされた。
3代目となる新たな帝国劇場は、約5年後の2030年に開館予定。「帝国劇場のもつ華やかさを発展させながら、世界に向けて発信できる日本の劇場として、すべての人に高揚を与える、心地よい空間となることを目指す」という。
また新たな歴史が紡がれる、その時を心して待ちたい。
1911年に開場した「初代」帝国劇場。開場当時に話題となったのは、帝劇付属技芸学校を卒業した女優たちが演じる益田太郎冠者作の「女優劇」で、宝塚として初めての東京公演も18年の帝劇で上演された。第二次世界大戦中の44年3月には「決戦非常措置令」で帝劇をはじめ全国の主要19劇場が閉鎖。45年、戦後初の公演は六世尾上菊五郎主演の『銀座復興』だった。「2代目」の現・帝劇は1966年に竣工。「3代目」の帝劇は「最先端の技術を備えた世界的に最高の劇場」を目指して、2030年に竣工予定。(出典:帝国劇場|帝劇の沿革、新・帝国劇場 設計者決定のお知らせ)
写真・土佐麻理子 取材、文・望月リサ