ついにきた、大人の恋愛小説! 「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」選考委員たちがうなった作品とは?

2024.2.18
昨年12月に第3回の受賞作が発表された、文芸誌『オール讀物』が主催する恋愛に特化した文学賞。現代を反映した恋物語の最前線は、ここにあります。

恋愛小説の最先端を読みたいなら、「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」受賞作がおすすめ。

かつてほど恋愛が重要視されない現代社会。実際文芸の世界でも、随分前から“恋愛小説は売れない”と言われているそう。

「もはや人は生きていく上で恋愛を必要としなくなったのか。でもそれは、古典的な恋愛観が更新されていないからなのかもしれない…。今も人が他者を求めるという切実な思いはあるわけで、それこそが新たな恋愛の形で、その思いを描く小説を待っている読者は多いのではないか…。そういった疑問を、読者の一番近くにいる書店員さんと考えてみたい、と思ったことが、賞設立のきっかけです」

と言うのは、文芸誌『オール讀物』編集部で、賞を担当している編集者。従来の価値観的な恋愛にこだわらず、“人と人との関係性に主軸をおいた小説全般”の中で、なおかつ大人が楽しめるもの、というように、候補作の間口を広くしているところもこの賞の特徴。受賞&候補作もバリエーションが豊かです。

「何を恋愛として捉えるかは、時代の変化や社会の動きと連動し、広がっています。同性同士の関係に加え、人と動物、人と無機物など…。大きな感情の揺れが発生する間柄はすべて“恋愛”になりうる。それが最近の恋愛小説を取り巻く状況だと思います」

大賞を受賞した田中兆子さんの『今日の花を摘む』は、選考委員たちに“ついにきた、大人の恋愛小説!”と言わしめた作品。

「主人公が自らの体と向き合い、老いや衰えを抱えながらも、前向きに、主体的に爽やかに生きる姿は、大変高く評価されました。20~30代の女性たちにもぜひ読んでいただきたいですし、その世代の方々がどんな感想を抱くのか、とても気になるところです。人の心が揺さぶられる理由や答えは、どれだけ人生経験を経てもわからないもの。文章は、わからないことを描くのに向いている。恋愛小説の名手と呼ばれる作家も、ただただ“わからない”思いを物語に託している、そんな気がします」

「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」とは?

大人がじっくり読める質の高い恋愛小説を選ぶことを目的として、2021年に創設された文学賞。昨年12月に発表された第3回受賞作は、2022年10月1日から2023年9月30日の間に刊行された単行本の中から、瀧井朝世、吉田大助、吉田伸子の3氏の推薦のもと候補作5作を選出し、5人の書店員が選考委員を務め、決定した。

【大賞】

日々を謳歌するように“花摘み”を。一見地味な51歳女性の性愛物語。

Entame

『今日の花を摘む』
田中兆子 双葉社 2090円
主人公は出版社の社員で茶道を嗜む51歳の独身女性・愉里子。趣味は男性としがらみのないセックスをすることで、彼女はそれを“花摘み”と呼ぶ。

「主人公の性愛の楽しみ方は独特で、選考会でも“全く感情移入できない”という意見もあり、また“愉里子が友達で、花摘みの趣味を告白されたら、昔なら『自分を大事に』と言ったと思うけれど、今は『やるじゃん』と答える”という意見もあった。恋愛の概念も多様に変化する今の時代に求められるのは、こういう作品なのでは」(編集部)

【候補作】

戦争へと加速する中国で、惹かれ合う2人の女性。

Entame

『楊花(ヤンファ)の歌』
青波 杏 集英社 1760円
舞台は1941年、日本占領下の中国・福建省廈門。カフェで女給として働きながら諜報活動をしていたリリーは、暗殺の実行者としてヤンファという女性を紹介される。ある夜をきっかけに二人は惹かれ合い…。「スリルとサスペンス、そして純愛!?」(有隣堂・加藤ルカさん)。「息をつかせない展開と、主人公女性2人の存在感が素晴らしい」(大盛堂書店・山本 亮さん)

記憶と手紙、不在と今…。著者初のリアリズム小説。

34

『最愛の』
上田岳弘 集英社 2310円
外資系通信機器メーカーで働く30代の久島は、情報も欲望もそつなく処理する“血も涙もない的確な現代人”。しかし彼の心には、学生時代に文通を始めいつしか関係が途絶えた最愛の人・望未の存在が…。「端正な文章に恋愛が絡んでいく、その描写が読ませます」(山本さん)。「男性に読んでもらいたい恋愛小説です」(加藤さん)

1000年という長い恋路、現代で決着は着くの?!

Entame

『愛されてんだと自覚しな』
河野 裕 文藝春秋 1870円
1000年前に神からの求婚を袖にし、愛する男とともに輪廻転生の呪いをかけられた女。その生まれ変わりである二人は、1000年分の記憶を持ちながら出会いと別れを繰り返し、現代でまた出会った! 「個性的な神々と人間が、時空を超えて戦ったり、追いかけ合ったり、求め合ったりすれ違ったり。楽しくてときめく一冊」(丸善丸の内本店・高頭佐和子さん)

離れていても一緒にいる。その気持ちを書ききった作品。

Entame

『光のとこにいてね』
一穂ミチ 文藝春秋 1980円
裕福な家に育つも肉親の愛情を感じたことがない結珠、子供に関心のないシングルマザーに育てられた果遠。古びた団地で出会った少女2人の四半世紀の物語。「特別な二人の関係性の美しさが魅力の物語」(蟹ブックス・花田菜々子さん)。「二人の気持ちを恋愛と呼ぶならば、これは最高レベルに純度の高い恋愛小説だと思います」(高頭さん)

選考委員を務める書店員が語る「選考の感想」

歳を重ねたから心に残る、それが大人の恋愛小説。

「選考をするにあたり、“大人の”というところを意識して読みました。私自身も、さまざまな経験をしたからこそ味わい深く思える、そんな小説に出合いたいし、それこそが大人の恋愛小説なのでは。自分の恋愛観や倫理観、価値観にとらわれることなく物語に没頭すると、恋愛小説はもっと面白く読めると思います」――高頭佐和子さん(丸善丸の内本店)

恋愛がマストではない、その時代に響く作品たち。

「私が思う大人の恋愛小説は、主人公がヒロイズムに溺れることなく主体的に人生を決めていく、そんな作品。大賞の『今日の花を摘む』にはその頼もしさがありました。心の美醜が最もあらわになるのが恋愛だと思うので、だからこそ恋愛小説は読み応えがある。知らない世界を覗く気持ちで、ぜひ読んでみてください」――花田菜々子さん(蟹ブックス)

その恋を自ら経験している、そんな錯覚を楽しんで。

「現実世界では絶対ありえない恋も、読み進めるうちに自分ごとになってくる感覚が、恋愛小説を読む醍醐味。大賞の『今日の花を摘む』は、本の中の出来事が自分の周りで起こっているようなリアル感と、描かれる駆け引きが“大人”な一冊です。先入観を持たずに表紙を開くことが、恋愛小説をより楽しむコツなのでは」――加藤ルカさん(有隣堂)

大人になればなるほど、純粋な物語を欲するのでは。

「他の選考委員の方々の感想から、本に対して新たな気づきを得られるのが本当に楽しいです。登場人物の気持ちや行動に対し、共感に似た感情を抱くことこそ、恋愛小説を読む面白さ。以前作家の紗倉まなさんが“大人になるほど純粋な物語を求めるのでは”と言っていたのですが、まさにその通りだと思います」――山本 亮さん(大盛堂書店)

※『anan』2024年2月21日号より。写真・内山めぐみ

(by anan編集部)