“異色”の漫画!? 『約束のネバーランド』をファン目線で英米文学者が解読

2020.12.20
ついに実写映画化された、大ヒットコミックス『約束のネバーランド』。随所に文学的エッセンスを感じることができる『約束のネバーランド』の世界を、英米文学者・戸田慧さんの考察で説き明かします。
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「文学」としての『約束のネバーランド』

『約束のネバーランド』は、あらゆる点で「異色」の漫画だといえます。『週刊少年ジャンプ』という少年雑誌において、主人公が少女であること、巧みな心理戦やミステリー仕立ての物語の複雑さ、多彩な登場人物たちの秘められた感情や葛藤……。これらの要素は間違いなく『約束のネバーランド』が多くの読者を虜にした魅力の一つなのですが、もう一つ忘れてはならないのが、この作品の持つ「文学的」な深みです。

「文学」とは何か、と問われると一言で説明するのは難しいのですが、ここでは仮に拙著『英米文学者と読む「約束のネバーランド」』で定義した「筋書きを超えた深い意味や象徴に満ち、現実世界や他の文学作品と深く結びついた物語」とさせていただきます。

他の文学作品との結びつきという点では、まず『約束のネバーランド』というタイトルが大きなヒントになります。「ネバーランド」といえばイギリス児童文学の古典、ジェイムス・バリーの『ピーター・パン』に描かれる、永遠に大人にならない子供たちが暮らす楽園を意味します。『約束のネバーランド』の冒頭でも、子供たちが無邪気に暮らす孤児院グレイス=フィールドハウスの様子は、まるで子供の楽園のようです。しかし、エマをはじめとする子供たちは、やがてこの孤児院が「鬼」のための食料となる食用児を育てる「農園」であることに気づきます。その時、タイトルに込められた「ネバーランド」という言葉は子供の楽園ではなく、「子供が大人に“なれない”世界」、すなわち死の世界であるという残酷な事実が浮かび上がってくるのです。

また、エマたちがハウスの秘密に気づくきっかけとなるのは、少女コニーが大事にしていた白ウサギのぬいぐるみ、リトルバーニーです。白いウサギを追いかけて少女が冒険へと誘い込まれる物語、といえば、ご存じルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』です。アリスが追いかける白ウサギは紳士らしくチョッキを着て、懐中時計を持っていると描かれますが、リトルバーニーもまたチョッキを着て、時計の形の蝶ネクタイをつけています(実写版ではどんな姿なのか、気になりますね!)。

『約束のネバーランド』と深い結びつきを持つ『ピーター・パン』と『不思議の国のアリス』は、十九世紀のイギリス児童文学を代表する古典的傑作ですが、いずれも「常識に縛られた支配的な大人vs自由で無垢な子供」という対立構造が特徴的です。『ピーター・パン』では大人である海賊フック船長が、時計を飲み込んだワニ、すなわち老いをもたらす「時間」に追われ、永遠に子供のままのピーター・パンを妬み、常に戦いを挑みます。『不思議の国のアリス』では、答えのない謎々を出しては終わらないお茶会を続ける帽子屋と三月ウサギ、すぐに首をはねよと命じるハートの女王など、頭でっかちで横暴な大人を象徴するキャラクターがアリスを翻弄します。そんな大人たちの支配を逃れ、子供の無垢な心を守るべく、アリスやピーター・パンは大人たちに立ち向かうのです。

『約束のネバーランド』でも、ママをはじめとする「大人」とエマたち「子供」の対立構造が描かれます。食用児を育成する立場にあるママは、子供たちを密かに監視し、外の世界への脱出を阻みますが、エマたちはママという「大人」の目をかいくぐり、自由を得るために知恵と勇気を振り絞ります。

特にエマが提案する「子供たち全員での脱走」という無茶で突飛な考えは、一見すると「子供っぽい理想論」にも思えます。しかし、エマが持つ「子供っぽさ」こそ、ピーター・パンがフック船長を倒し、アリスがハートの女王に立ち向かったように、「大人」が囚われている常識を打ち破り、不可能を可能にする力なのです。

さらに、「ジェンダー」(男らしさ/女らしさ)という現実的な問題が加わることで、物語は一層深みを増します。子供たちが暮らす孤児院は「ハウス」(家)と呼ばれ、子供たちを世話するイザベラが「ママ」と呼ばれることから、この孤児院が「家庭」を象徴していることは明らかです。森に囲まれた閉鎖的な「ハウス」における男女観は伝統的なものであり、男の子はズボン、女の子はスカートを制服としています。また原作コミックスでは、脱走を計画するエマに対し、ママは「大人になって、子供を産んで、能力が認められれば、飼育監(ママ)や補佐(シスター)としてまたこのお家(ハウス)に戻って来られるの」(四巻三十一話)と言い、「ママ」になることがエマが生き残る唯一の道であると述べます。その言葉はまるで、女の子はスカートをはき、将来は結婚して子供を産んでママになる以外に生きる道はない、という古典的なジェンダー観の中に子供を閉じ込めようとするかのようです。

しかし、エマはこのような伝統的なジェンダーに抗う存在として描かれます。ショートカットのヘアスタイルに抜群の運動神経と学習能力、そして仲間を引っ張っていくリーダーシップを持つエマは、少年漫画において通常「少年」の特徴とされる要素を備えた少女であり、従来の少年漫画で描かれてきた「非力でかわいい女の子」という枠組みを超え、ママが示すような限定されたジェンダー観や常識を打ち破り、「ハウス」という狭い世界から外へ飛び出そうとするのです。ハウス脱出を試みる夜、子供たちが男女関係なくズボンをはいていることは、単に動きやすい服装だからというだけでなく、これまでママによって定められてきた古典的なジェンダーから脱し、新しい価値観のもとで生きようとする姿を象徴しているようにも見えます。

本稿のこのような読み解きは『週刊少年ジャンプ』の許諾をいただいておりますが、漫画作者の意図を代弁するものではなく、あくまでもファン目線の考察です。しかし、『約束のネバーランド』を読む時、息詰まるサスペンスやどんでん返しといった「エンタメ」的な面白さだけでなく、「文学的」側面からも読み解くことができれば、この漫画の深さと広がりを何倍にも味わうことができます。これからアニメ第2期、実写映画、そして海外ドラマなど、さまざまな媒体で表現されることで、この物語の「解釈」も変化する可能性があります。漫画が完結した後も、まだまだ終わらない『約束のネバーランド』の世界から目が離せません。

とだ・けい 広島女学院大学人文学部国際英語学科准教授。主にアメリカ文学を専攻。近著に『英米文学者と読む「約束のネバーランド」』(集英社新書)。

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『約束のネバーランド』 孤児のエマ、レイ、ノーマンは、ハウスきっての天才児。ある夜、ひょんなことからエマとノーマンは、里親が決まり旅立ったはずのコニーの無残な姿を目にしてしまう。それをきっかけに、彼らは孤児院の秘密を知ることに…。12月18日(金)全国ロードショー 監督/平川雄一朗 脚本/後藤法子 原作/「約束のネバーランド」白井カイウ・出水ぽすか(集英社 ジャンプコミックス刊) 出演/浜辺美波、城桧吏、板垣李光人、渡辺直美、北川景子ほか ©白井カイウ・出水ぽすか/集英社 ©2020映画「約束のネバーランド」製作委員会

※『anan』2020年12月23日号より。文・戸田 慧

(by anan編集部)

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