私も彼の子供が欲しかった…|12星座連載小説#25~牡牛座1話~
【12星座 女たちの人生】第25話 ~牡牛座-1~
前回までのお話はコチラ。
―――経験、想い出……自分の中に積もったものは、きっと何かに繋がる。
「せんせー!! 見てー!!」
クリクリ頭のヤンチャさんが近づいてくる。小さな手の中には、エメラルドグリーンに輝く小さな命。
『たーくん、カナブンさん捕まえたんだね~』
「せんせーにあげる~」
『ありがとうね、たーくん。でも、カナブンさんもお家に帰らないといけないから、そこに戻しておこうね』
―――そう言って、砂場の奥にある木を指さした。
元々はあまり昆虫が得意じゃなかったんだけど、この仕事についてから、慣れたみたい。
経験だなぁ……。
可愛い子ども達と一緒に遊んでいると、大人って何でつまらないことに怒ったり、悩んだりしているんだろって思うことがある。
「は~い!」
元気が良くてよろしい!と、駆けていく小さい背中に花丸をつける。
今日も子供たちの走り回る姿、声、無邪気な笑顔、すべてが愛おしい。
私がこの仕事について、もう6年が経ったんだなぁ。
はじめは親御さんに叱られたり、先輩たちに注意されたりしたけど、今では後輩を指導する立場になっている。
はじめの3年間はとにかく余裕がなく、子どもを泣かせてしまって「私ってダメダメだなぁ……」と途方に暮れる日もあった。
でも、今はある程度余裕を持って、みんなを見ることができるようになり、近所の人達ともコミュニケーションをとるようになった。そう、毎朝ここ『あさひ保育園』の前を通る女性にも、笑顔で挨拶できるようになったしね。
自転車に乗りながら、いつも会釈してくれるあの人は、多分私と同じくらいの年かなぁ。毎日決まった時間に通る、几帳面な女の人……。保育士一本でやってきた私には、分からないような世界で働いてるんだろうな。
「清水さん、もうすぐお昼の時間だから、準備の方お願いできる?」
少し高い声でこの話し方は……春日先生だ。
先生は私よりも10年以上も長いキャリアがある、いわゆるベテランさん。
後輩とのコミュニケーションは苦手みたいだけど、子供たちのことはしっかり見ていて、親御さんとのコミュニケーションも上手な彼女のことは、尊敬している。
……とは言っても、新人の頃の私なら、いつ怒られるんじゃないかとビクビクしていただろうけど。
『あっ、は~い!』
保育士は小さな子供たちの安全を守る仕事。ちょっとしたことが、大きなミスに繋がることだってある。
特にケガをさせてしまったら、大問題。
……私は独身。子供がいないということで、園児のお母さんから「信用できない」って言われたこともあったな。
そんな世界だからこそ、先輩先生が後輩に厳しくなってしまうのも無理ないと、最近になり分かってきた。
『美雪先生!』
後輩のみーたん、こと美雪先生に、そろそろ子供たちを室内に戻すよう促す。
キュッ
銀色の蛇口から噴き上がるしぶき。レモン色の石鹸とそれを包む緑のネット。バシャバシャと入念に手を洗う。衛生管理も、安全を守るのと同じくらい大切だ。
給食の配膳支度をしながら、ふと思う。
……私が保育園に通っていた頃とは、献立が変わったなぁ。昔は白ご飯に、お芋の入った味噌汁。あとはおかず一品とバナナだったっけかな?
ふりかけ争奪戦が激しく繰り広げられていた記憶がある。
でも、今は色とりどりで見た目も良くとても美味しいのよね。基本は変わっていないんだけど、今の子ども達が少しだけ羨ましい。
……配膳し終えた給食。とても美味しそうだ。
ドタドタドタ……
園児たちが、次々と教室に戻ってくる。そしてそれを上手にさばく春日先生。手馴れたもんだなぁ。
子供たちがキチンと席に着く。まぁ、中にはできない子もいるけど。
そうして。
「手を合わせて下さい」
パチン!
「いただきます」
「いただきまーす!」
園児たちの元気な声。
お昼に入るとホッとする。この後は“お昼寝の時間”で、私たち保育士が少しだけ休憩できるタイミングだからだ。
取り敢えず今日は何のトラブルもなさそう。給食の時間は、何かとケンカが起きるからね。まぁ、私が子供の頃もいろいろあったし、仕方ないんだけどね。
園内でも一番幼いあいちゃんが、お茶をこぼしてしまわないかチェックしながら、あれこれ考える。
……そういえば、テレビか何かで見たことがある。
女は男と違って、全体に気を配ることができるって。それは子どもを育てるために必要な能力が備わっているからなんだとか。
―――私も子供が欲しかったなぁ。……あの人の。
ほんの一瞬だけ、泣きそうになる自分をグッと現実に引き戻す。
……危ない危ない。食事の時間はもう終わり。うん。
…でも、私の恋は……まだ終わってない。
情けないけど、私。未練タラタラだ。
【今回の主役】
清水和歌子 牡牛座28歳 保育士
子供好き。学生の頃から付き合っていて、結婚まで考えていた彼(飯田雅俊)に振られる。彼との恋をずっと引きずっており、復縁を望んでいる。ややぽっちゃり体型だが、男ウケする柔和な笑顔が特徴的。結婚していい奥さんになるのが夢。友人の紹介で、同郷の志田秀と引き合わされ、淡い恋心を持ちながらも、過去を忘れられずに苦しむことに。
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