すべてを「失った女」の悲しみ…|12星座連載小説#131~蠍座 11話~

文・脇田尚揮 — 2017.8.2
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第131話 ~蠍座-11話~


前回までのお話はコチラ

―――帰宅したのは、夜中の2時半。

何だか、とてつもなく長い時間だったようにも、一瞬の出来事だったようにも感じられる。

「ニャン」

玄関のドアを開けると、ずっと待っていてくれたのか、“チカ”が足元に駆けてきてゴロンと横になる。

『ただいま』

私に“唯一残された財産”とも言える、彼女を抱きかかえ、リビングへと向かう。

『あんまり夜中に食べると、太っちゃうからね……』

そう言いながら、猫用のおやつを1本だけ出す。そして、私自身も棚の中にあるブランデーを取り出す。

『美味しい? ……ねぇ、今夜は少し付き合ってよ』

おやつに喜ぶチカに喋りかける。こういう時、猫がいてくれるとありがたい。独り言が“独り言でなくなる”から。

トクトクと、ウイスキーをダブルでグラスに注ぎストレートのまま一気に飲み干す。

『う……っ、ゲホッゲホ……』

身体の中の血液が、突然沸騰したかのように熱くなる。お酒はそこまで好きじゃないけど、今夜はもう飲まれてしまいたい……。

『チカ……もう、私、あんただけになっちゃった……』

銀座のママとしての技量は、私にはそこまでなかったかもしれない。でも、自分なりに一生懸命やってきた。

苦しいことも、悲しいこともあった。それでも、お店に来て下さるお客様と、一緒に働く仲間達がいてくれるから、続けてこられた。

私の半身とも言える、“雪月華”での時間は、無駄だったのだろうか。

何もかもを失い、夜の世界で生きることもできなくなった私は、まるで翼をもがれた鳥と同じね……もう二度と羽ばたけやしない。

二杯目のウイスキーをグラスに注ぐ。

ダメね、私って……。

今度はゆっくり口に含む。

私は会長を癒すこともできず、倫子を止めることもできなかった。なにもかも自分勝手に思い込んで、結局何もできなくて。

お酒が回ってきたのか、泣けてきた。

ポロポロ、ポロポロ……。

これまでの“銀座ママ”としての思い出が流れ出すかのように、涙が頬を静かに伝って手元を濡らす。

「ニャァーン」

おやつを食べ終えたチカが、私の足に鼻先を擦りつける。

『ごめんね……もう、ないのよ……何にも……ないの……』

そのまま机に突っ伏して大泣きし、意識はそこで途切れた。

―――黒い砂の渦の中に、飲み込まれそうになっている自分がいる。

自分のことなのに、まるで映画を見ているかのように、もうひとりの自分を眺めているのだ。

蟻地獄の巣のようなそこには、奥に異形の醜い化物がいる。「助けて!」と叫びたくても、喉から声が出ない。

ズルズルと奥に落ちていく私に、異形の化物がにじり寄り……、カマキリの鎌のような触手で、私の身体をズタズタに刻んでいく。

そして、食べられちゃった……。

不思議と気持ち悪くも、怖くもない。どこか清々しいのはどうして……?

『私……』

―――自分の声で目が覚めた。

『イタッ……』

頭が少し痛い。強いお酒を煽ったからね。時計を見ると、11時。

「支度しなくちゃ!」

……と一瞬思って、

「もう自分のお店はないんだ」

と気づく。

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何だか寂しいような、安堵したような不思議な感覚。もう時間に追われることはないのね。

幸いにも、貯蓄はかなりある。無駄遣いをしなければ、普通に生活していくには困らないだろう。

―――でも、私にはそんなことどうでも良かった。

チカに餌をあげた後、家の中で、洗い物をしたり洗濯をしたり……。ダラダラと無為な時間を過ごす。

普段やらないようなところまで掃除機をかけて、家中を綺麗にする。何でそうしたいのか分からない。ただ、何かをしていないと気が変になってしまいそうなのだ。

それでも、2時間しか経っていない―――。

なんだろう、この頭の中がただれたような感覚。やることがないって、辛い。

何かにすがるようにスマホを手に取る。

そこには、

「本日より、“雪月華”のママは“倫子”となりました。お店の名前も今月中に変わる予定です。どうぞよろしくお願い致します」

と1通だけメールがあった。

他のお客様達から私に連絡がないところを見ると、相当な圧力がかかっているのだろう。もう私は、名実ともに“銀座のママ”ではなくなったのだ。

『手が早いわね……』

戦ったって勝てないことは、十分承知している。

これからお店の名義が変更され、契約関係が更新されていくのだ。お店の子達も、多分私に連絡を取ることを禁止されているはず。やるなら徹底的にやるというのが、真田会長の信条だ。私はそれをよく知っている。

“雪月華”への未練も、半ば強制的に断ち切られ、私がメールをするのはあの人。

―――“フレイア華”先生。

先生に占いの予約を入れる。

「フレイア先生、こんにちは。突然で申し訳ないのですが、本日の夕方以降で、予約をとることのできる時間はありますか?」

送信……と。

紅茶を入れて、少し物思いにふける。

前回のタロットカードの結果。“ストレングスの正位置”……か……。

強さ。強さってなんだろう……。

私は会長を手懐けることができなかった。つまり、占いは外れたってことなのかしらね……。

フフッと自嘲気味に笑って、紅茶を啜る。

「ヴーン」

スマホのメール着信音が鳴る。

「本日、6時半でしたら大丈夫ですよ。お待ちしております。フレイア華」

先生からメールが来た。

さて、真偽のほどを確かめに行こうかしら……。

グラスに残っている液体を飲み干した―――


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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
豊満な肉体を持つセクシーな女性。貧しい幼少期を経て、自分の身体一つを武器に若い頃から水商売の世界でトップを取り続けてきた。さまざまな男性と情事を重ねる日々の中で、自分の生き方に疑問を感じ、男と女の化かし合いに疲れている。このまま、夜の世界の女帝となるか、それとも……。


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