「40歳になり、同年代の友人と子どもの話をするようになりました。『もしかしたら自分には精子がないかもしれない』と考えることもあります。それをすぐに小説にしようと思ったわけではないのですが」
あるとき、前田司郎さんは書店で、実際に“挟み撃ちに遭う”体験をした。そのふたつが心に引っかかり、愛と生殖、本能と理性、身体と感覚など、挟み撃ちのジレンマをあれこれ考えるうちに、男性2人と女性1人の物語が浮かび上がってきたそう。『愛が挟み撃ち』で描かれるのは、子どものできない悩みを抱えた夫婦と、ふたりにとって曰く付きの旧友との“危うい三角関係”だ。
「念頭にあったのは、ルー・ザロメ、ニーチェ、パウル・レーの女男男の三角関係でした。それはニーチェが夢想したようには上手くいかなかった。どうして失敗したんだろう? 恋愛には一対一の関係がベストなんだろうか? と考えました」
妊活開始早々、夫・俊介の無精子症が発覚。子どもはあきらめられないが、知らない他人の精子でできた子どもを愛せる自信はないという俊介。ならば共通の知人である水口に精子提供を頼んでみようと、妻の京子に切り出す。学生時代に演劇や脚本の話題を共有していた俊介、水口、京子は、それぞれが一方通行な思いを寄せていたのだ。
「俊介の水口への気持ちには、草稿を書き上げてみて気付きました。僕自身『ああ、そういうことか』と腑に落ちた。3人それぞれの思惑がおぼろげながら見えてくると、俊介が提案し、水口や京子がそれを受け入れたことも自然に思えて。それほど荒唐無稽な計画でもないのかなと」
15年ぶりに叶った再会が、心の奥底でくすぶっていた三者三様の思いに、再び火をつけてしまい…。
「三点で安定しなかったとき、そこにもう一点置くことで三角錐(すい)となり、安定するんじゃないか? その頂点を赤ちゃん、つまり愛に担わせようとする」
賛否両論のエンディングは、読者を驚かせたくて選んだわけではなく、必然だったと前田さんは言う。
「愛は見えないし、その存在も証明できない。でも奇跡のような偶然がそれを信じさせる契機になることもあるのかなと。僕は神話のようなものを書きたかったんです」
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