宇多丸「パンフレットは日本独自の誇るべき文化」 エンタメ作品から自分を養う方法

2022.4.16
ラジオ番組での映画評をはじめ、本業の音楽のほかにも、本やアート、ゲームなど、日常的に様々なカルチャーを摂取している宇多丸さん。そこから吸収した膨大な知識量による明晰なアウトプットはどのように? エンタメ作品から自分を養うヒントについて聞きました。

「物語形式をとることで、自分事として捉えられる」

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自分の見識を広げるために改めて歴史や社会を学ぶなど、能動的に知識を得ることがある一方で、単純に楽しもうと触れていた映画や本などから、新たな視野や思考の回路が開けることもある。そんなエンタメ作品ならではの学びの作用のメリットについて宇多丸さんに伺うと、

「物語形式をとっていることで、単なる情報ではない身近さとか切実さを、自分事として感じられるところじゃないでしょうか。例えばニュースで『難民が何万人』って聞いても、日本で暮らしていて、そこまで地続きの問題として感じられないというのが正直あると思うんです。でも、その人たちにも日常があって、こういう家族がいてっていう物語として受け取ると、彼らの境遇が自分事として捉えられる。あとはいま言ったこととちょっと裏表なんですけど、世の中の“正しくなさ”も自分事として受け取れるというか。例えば犯罪者って現実にいたらもちろん嫌だし、たぶん友達にもなれないけど、物語を通すと、その人の存在も世界の一部だと感じられる。正しさみたいなものを超えて、良くも悪くも世界の幅を知ることができるんです。どうしてそんな犯罪を起こしたのか、そこにはそうせざるを得ない社会的背景があったのかもとか。とにかく、エンタメ作品からは、表面的ではないものの見方が養えると思いますよ」

長年にわたり幅広く、そして数多くのエンタメ作品に触れてきた宇多丸さん。それが現在の思考やスタンスへとつながっている。そもそも何をきっかけに、作品を深掘りする面白さに目覚めたのだろう。

「小4の時に観た『2001年宇宙の旅』です。人類の進化によって引き起こされる皮肉を、荘厳かつ見事な映画表現に落とし込んでいるところが素晴らしく。芸術に感動して泣くっていう体験を初めてしました。その後、この映画にはどんなメッセージや解釈があるのか、本を読んで調べたり。あとはヒッチコックの『めまい』もそう。名作とされているけど、いわゆる面白い映画とも違う。嫌な話なのに頭から離れない。その理由が知りたくて、本人に技術的なことなどをインタビューした『定本映画術』をテキスト代わりに映画を観る、みたいなことをしていくうちにいまに至るという」

作品に込められた意図を読み解き、自分の糧にするには、やはりそれくらい深く向き合うことが必要なのだろうか。

「映画とか作品って人間みたいなもので、全てには深く関わっていられないと思うんです。2時間観て普通に『楽しかった』でも別にいいし、深く読み取れていないことを引け目に感じなくていい。いわゆるお勉強は興味が出たらでいいと思いますよ。で、この映画好きだなと思ったら、“推し”を推すために、いろいろ知りたくなるじゃないですか。とはいえ、その推し方も、とことん掘り下げる人もいれば、顔を見るだけで満足っていう人もいるなど人それぞれ」

そして、作品を深く理解したいと思った時には、とくに映画の場合、その環境が整っているし、そもそも日本には、映画を学びたいという風土が古くから培われているという。

「その一つが、パンフレット。海外の映画なら、日本人にはなじみのないような描写が解説してあって、鑑賞後にそれを読みながら『そういうことだったんだ』って振り返れるなんて、めちゃめちゃ文化的! パンフレットは日本独自の誇るべき文化だと思いますよ。ほかにも資料となる本だっていっぱいあるし、もちろんインターネットもいまは欠かせない。掘り下げられる手段はたくさんあるんです」

そうして調べたことを咀嚼し、自分の考えとしてまとめるうえで役立つのが、人に見える形でのアウトプット。

「感想を友達に話したり、文章にして残したり。それをやることで、考えが整理されるのは段違い。『あなたの感想、面白いですね』なんて言われることがモチベーションになるのは、いいサイクルじゃないですかね」

その一方で、調べている最中でも、人に話した時でも、違う意見に触れ、自分には理解力が足りないのかも…とがっかりしてしまうこともあるのでは。

「僕は、自分と違う意見を聞いた時こそ、レベルアップできるタイミングだと思っていて。シーンの解釈を根本的に間違えているとかはあるかもしれないけど、作品の受け取り方自体には正解、不正解ってないわけで。相手の意見に同意するにせよ、反対するにせよ、その意見をベースに、もう一個考えられる。それによって、自分の考えに厚みが増すと思うから」

また、自分では選ばないような作品に触れることも、新たな領域を広げる一手に。

「僕がやっている映画評はまさにそう。番組の企画上、ある種ランダムに映画を観に行くんですけど、それにより思わぬドアが開くこともあるし、むしろそっちのほうがいいことも。映画なら何を観るか決めないで行って、時間が合うものを観るとか、本だったら書店でぶらぶら見るとか、してみてほしいですね」

うたまる ヒップホップグループ「ライムスター」のラッパー、ラジオパーソナリティ。ライムスターの近作は『2000なんちゃら宇宙の旅』。

※『anan』2022年4月20日号より。写真・内田紘倫(The VOICE) 取材、文・保手濱奈美

(by anan編集部)