家具が人と人とをつなぎ、心の柔らかな部分に触れてくる…被災文学『花盛りの椅子』

2022.4.12
家具が記憶した人の営みの気配を掬い上げ手渡していく、被災文学。清水裕貴さんによる、小説『花盛りの椅子』。
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「東日本大震災のあと、壊れた家の中にぽつんと置かれたままの家具などを被災地で見かけ、何か気配がするというふうに感じていました。それが意外と記憶に残っていて」

その後、何年も経ってから親族が急死したために清水裕貴さんはマンションの後片付けなどを請け負う。そのときふと、それらの記憶が結びついた。

「たとえば壁紙を剥がしたら、叔父の、さらに前の住人が貼った壁紙まで出てきて、部屋の中に歴史の層ができていたわけです。生活の痕跡を垣間見て、『被災地で見た傷だらけの家具の中にも生活の痕跡って膨大にあっただろうな』と。それで、家具の気配を感じる人や家具職人を交えた物語を書きたくなったんです」

『花盛りの椅子』の主人公は、古家具を修理したり大きく作り直したりして販売する「森野古家具店」で働く〈鴻池さん〉だ。勤め始めて9年が経つが、リメイク職人としてはまだまだで、日々職人たちのアシスタントや事務仕事をこなしている。

「人って災害のような大きな悲劇を、そんなに簡単に自分の中で処理できないと思うんですね。鴻池さんは『世界はこうあってほしい』とかがあまりない人で、空っぽだからこそ、死者のすごく小さな声や、ささやかな痕跡に気づけるのかなと思って。すごい長い時間をかけて物事を考え、静かなメッセージを受け取れる人に設定したという感じですね」

津波にさらわれたのちに森野古家具店に持ち込まれたアンティークの椅子と、鴻池さんの不思議な縁。台風で水浸しになった箪笥のリメイクがなかなか完成しない本当の理由。豪奢な古民家の襖に宿る、一族のつらい歴史。家具が有機物のように人と人とをつなぎ、人の心の柔らかな部分に触れてくる。

「小説内でも書きましたが、普通の古家具屋なら扱わないレベルの損傷具合です。その分、幻想譚として書けたところもあります。人間はどうしても忘れてしまうし、代謝するし、動く動物の忙しなさが虚しく思えることがあって。でも家具なら、その部屋の中にとどまっている。生活の些末なことさえずっと覚えてくれているとしたら、とてもいじらしい存在ではないかと感じるんですよね」

本を閉じてなおさまざまな感情が湧き上がる。すばらしい小説集だ。

清水裕貴『花盛りの椅子』 リメイクを待つ家具をモチーフに描かれる、連作短編集。ヒロインだけでなく、家具店の社長や、常連客、腕利き職人たち…、魅力的な人物が活躍する5編。集英社 1980円

Entame

しみず・ゆき 1984年、千葉県生まれ。武蔵野美術大学卒。2016年、三木淳賞受賞。著書に「女による女のためのR‐18文学賞」大賞受賞作を含む短編集『ここは夜の水のほとり』(新潮社)。撮影:村松聡

※『anan』2022年4月13日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)