6人の有名画家たちが繰り広げる、摩訶不思議な世界…藤原無雨の“注釈小説”

2022.3.29
軸になる物語が少しずつ変容しながら繰り返される、藤原無雨さんの『水と礫(れき)』。あの無二の読み心地は忘れがたかった。新刊『その午後、巨匠たちは、』でも、期待を裏切らない特別な読書体験を味わえる。
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荒廃した町に、歳を取らない女性〈サイトウ〉がふらりとやって来て、山に神社建立を進言する。すると町にはさまざまな幸運が舞い込み始める。その〈サイトウ〉が、神社の石柱に6人の巨匠たちの名前を彫ると、北斎は卵の殻を割って世に現れる。それを皮切りに、レンブラントやダリ、モネ、ターナー、フリードリヒら画家たちが相まみえることに…。わかりやすさを拒否する、ユニークな物語の幕が開く。

「さまざまな画家の絵が、すべて混ざって展開されるというモチーフが最初に浮かんだんですね。絵によって世界が影響されるというのなら、人間の画家では不可能だし、ならばそれは神様だろう…と、そんなふうに連想を膨らませていきました」

それが帯文にもある〈注釈小説〉というスタイルとして結実する。

「実在する画家や絵のこともたくさん出てくるので、その説明がいるという必要性があったのがひとつ。加えて、小説から注釈へ、注釈から小説へ、グラデーション的に戻ることによって小説を読むモード、つまり小説であるという視点を取っ払った上で、小説の中に入っていく瞬間がそこに現れるわけなんです。そういう感覚がこの作品を楽しんでもらう上で、とても重要だと思いました」

作中では、〈幽霊みたいなものがそこいらにふよふよと浮いて〉世話役をしているモネの屋敷で巨匠たちが一緒に食事をしたり、町の裕福な一族〈朝倉家〉のテレビにはタレントがみな北斎の役者絵になってしまった番組が映し出されたり、〈サイトウ〉のアイデアで、磔刑図(たっけいず)をエンジン代わりに、天に昇ろうとするキリストの力を利用したトロッコが敷かれたり。想像するだけで面白い出来事が次々と起きて、物語はラストまでひた走る。

「没頭して満足したり共感したりできる小説もいいのですが、僕自身には、小説自体が思考材料にならなければという意識がありまして。思考するためには混乱や新しい概念などがその作品に備わっている必要がある。そこはいつも僕の課題ですね」

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ふじわら・むう 1987年、兵庫県生まれ。2020年、『水と礫』(河出書房新社)で第57回文藝賞を受賞。マライヤ・ムー名義の共著『裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する』(一迅社)がある。©橘蓮二

『その午後、巨匠たちは、』 西洋画家と日本画家、過去と現在といった作品イメージとオーバーラップするような、コラージュが美しいカバーデザイン。タイトルの横に置かれた、注釈〈*0〉も見逃すなかれ。河出書房新社 1760円

※『anan』2022年3月30日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)