無意識のうちに性的魅力を感じている? “焦がれる気持ち”を紐解く8つのカギ

2022.3.6
人はなぜ、焦がれるほど相手を強く思うことがあるのか。時に苦しいほどに…。そのメカニズムや心身に与える影響を、心理学と脳科学から考察します。

“分からない”からこそ、強く求めてしまう。

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焦がれるという言葉には「切に慕い思う」「恋い慕って思い悩む」という意味がある。人を好きになるという前向きな感情に、なぜ苦痛を伴うことがあり、そしてそれほどまでに恋い慕うのはどうしてなのだろう。そのメカニズムを心理学者の富田隆さんに伺うと、

「一つには、精神科医のフロイトが説いた『エロス』と『タナトス』という概念が挙げられると思います。エロスとは、恋愛感情なども含めた、生命力を広げるようなポジティブな本能のこと。一方、タナトスは、死と破壊の本能です。フロイト曰く、この相反する2つの本能が人間には基本的に備わっていて、どちらかが強くなれば、そのぶんもう一方も強くなる。荒唐無稽に思えるかもしれませんが、生物学からも同様のことがいえて、人間には種のバリエーションを増やすために、一定期間生きると寿命を迎えるシステムが、DNAに組み込まれています。つまり、焦がれるほど誰かを求めるのは、生への欲動といえますし、それが強くなればなるほど、苦しみなど負の感情が伴うのです」

また、脳科学的には、焦がれるは「Want」と深く関わっていると、脳科学者の恩蔵絢子さん。

「人間の脳は、単に好きだからといって、その人や物を欲しくなるという構造にはなっていないんです。そこに相手の内面など“分からなさ”があったときに欲しくなる。焦がれるほど相手を求めるのは、この“分からなさ”によるものです。そんな予期できない状況は人間にとって苦痛ですが、同時にそれが快楽になる仕組みが脳にはあり、脳内に快楽物質ともいわれるドーパミンが分泌されます。そのため脳が“分からなさ”を求めているともいえるのです。しかも“分からなさ”の探求は自分の成長にもつながります。こうした利点を潜在的に感じているからこそ、人は苦しくても焦がれてしまうのかもしれません」

まだまだ深い! “焦がれる”を解くための8つのカギ。

焦がれる気持ちの仕組みが分かったところで、どんなときに焦がれるかなど、知りたいことはほかにもまだある。この感情を、さらに深掘り!

1、思いが届かないかもしれない…。そのフラストレーションが痛みにつながる。

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誰かに恋い焦がれて、胸が締めつけられるような感覚を経験したことがある人もいると思うが、苦しい気持ちを抱えると、実際に痛みとなって身体に表れるのはなぜなのだろう。

「焦がれる気持ちは、相手の状況やお互いの環境などにより、その思いがなかなか叶わないときに強くなるものです。叶わなければフラストレーションがたまりますし、心にとってはストレスに。それが胸の苦しさなど、ある種の不調のような形で身体に表れる。焦がれるときに感じる痛みは、こうして引き起こされます」(富田さん)

では、相手と思いが通じ合えば、焦がれる気持ちや、それによる痛みはなくなるのだろうか。

「二人が結ばれて幸せな時間を過ごせたとしても、それがずっと続くとは限りません。ライバルが出現するかもしれないし、相手が心変わりしてしまう可能性もあります。相手を深く愛するほど不安と隣り合わせになり、焦がれる気持ちや痛みは続くでしょう」

ただ先にも触れたように、この痛みは人間にとって必然的なもの。

「思い込みすぎるのは心の負担となりますが、ある程度の痛みなら、人間の進化の仕組みと捉えると、少しラクかもしれませんね」

2、単純な“好き”との違いは、満たされることがないところ。

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単なる“好き”と、“焦がれる”の違いはどこにあるのかというと、一つには思いの深さが挙げられる。

「“好き”という感情は、すでに分かっていることに対して抱きます。『あの人は優しいから好き』といった感じに。でも、だからといって、それが恋愛につながるとは限りません。一方、“焦がれる”は、分からないことに対して抱く感情で、人間は分からないものこそ欲しくなる。つまり、“好き”は浅く、友達などに対しても感じますが、“焦がれる”は欲しくなるほど特別な相手のみ。とても深い感情なのです」(恩蔵さん)

“好き”と“焦がれる”の違いは、欲望の違いにもあるという。

「人間を含めて動物には、好きなものに接近したくなるという行動原理があります。食べるのは、その最たる表れ。“好き”という感情は食欲に近く、食べれば満たされるなど、比較的簡単な接近行動で解消できます。片や“焦がれる”は、性的な欲望と密接していて、こちらはいくら満たしてもきりがないというのが特徴です。性的な欲望とはいえ、求めるのは身体的な接触に限らず、例えば、遠くから見ているだけだった相手と少し話せるようになったら、今度は一緒に歩きたい、食事をしたいなど。満足のレベルがどんどん上がっていくのです」(富田さん)

3、初めて会った瞬間から、焦がれることもある。

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相手に分からないところがあるからこそ焦がれる、とはいうものの、それは初対面でも当てはまる? 逆に分からないことが多すぎると、そこまで強い気持ちを抱けない気もするが…。

「初めて会った人にも焦がれることはあり得ます。人間は自分の弱さや足りない部分をどこかで自覚していて、それを補える相手を求める傾向にある、というのがその前提です。そしてその相手と出会ったとき、見た瞬間から、まるで自分に足りない栄養素を体が本能的に欲するように『この人が欲しい』と感じる力が、人間にはあると考えられています」(恩蔵さん)

また、外見が潜在意識に与える影響はかなり大きく、それが一目ぼれにつながると、富田さん。

「外見といっても単純なビジュアルの良し悪しというよりは、見た目から感じられる生きる力に反応します。例えば、運動能力の高さや聡明さ、相手の気持ちに寄り添える共感力など、表面的な印象から感じ取れる情報は意外と多く、そのどこが心に響くのかは人それぞれ。外見の好みが人によって違うのは、実はそういう潜在意識が作用していると考えられます。また、種の存続という観点では、接近行動が必要となるため、外見が好みであることは、非常に重要です。こうしたことから、外見は恋愛に大きな影響を与えるといえ、初対面でいきなり焦がれる可能性は、十分あると思います」

4、障害やリスクがあるほど、焦がれてしまう。

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遠距離恋愛やライバルが多い相手など、困難があるほど焦がれる気持ちは盛り上がる、という一筋縄ではいかない仕組みも人間には備わっているそう。

「脳は、分からないことをよしとするところがありますが、障害とか、得るのが難しい、といった状況もその範疇です。しかも、それを乗り越えたときに、快楽物質のドーパミンが通常にはないくらいたくさん分泌されます。その経験を一度でもすると、強化学習といって、より大きな困難に挑戦したくなるのです」(恩蔵さん)

また、自分に自信を持っている人は、ハードルが高い恋愛に挑みやすいとのデータもあるという。

「それには“安全基地”という心理学の概念との関わりが考えられます。例えば、何があっても自分を受け入れてくれる親の存在など、安心して戻れる場所があれば、それが自信となって、難しいことにもチャレンジできる。そういう人は、心が健康ともいえるのです」

5、焦がれる対象は、身近な人とは限らない。

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テレビの中のタレントなど、実際に会ったことのない相手を焦がれるほど好きになることもあると思うが、それはなぜ?

「例えば、歌がうまいとか、話し上手とか、その人の生きる力にまつわる情報は、SNSも含めたメディアを通して総合的に得ることができ、直接会える人と同じような親密さを感じられるからです。それが架空のキャラクターや歴史上の人物など、今を生きる人ではなくても同じこと。作品や資料から、相手を深く知ることができます。そしてはまると、焦がれるほど好きになるのです」(富田さん)

たとえ思いが一方通行でも、焦がれる気持ちには、こんな前向きな効果が期待できるという。

「人は誰かに夢中になると、行動が能動的になり、新しいことに挑戦したくなる。結果、自分の可能性を広げることにつながります」

6、焦がれる相手には、無意識のうちに性的魅力を感じている。

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誰かに焦がれると、胸が苦しくなったり、相手への欲望が止まらなくなったり…。それほど深い愛情ゆえに、自分では意識していなくても、性的な魅力はどこかで感じているという。

「焦がれる相手を目にしたときに、その人と関係を持ちたい、もしかしたら子どもを授かることもあるかも…と無意識のうちに考える仕組みは、人間に本来あるはずのもの。その思いに、戸惑うことはないのです」(富田さん)

性的な魅力とはいえ、肉体的な関係とは限らないと、恩蔵さん。

「相手を激しく求める仕組みには、性ホルモンの働きが大きく関わっているといわれるので、そういう意味では、焦がれる気持ちに性的な感情が絡んでいると考えられます。ただ、実際に交配行動につながらないものに対しても、焦がれることは可能です。相手が生身の人間ではなく、文章や物でも、性的魅力を感じることができます」

7、相手への思いが強いほど、身体的な接触で焦がれる気持ちは強くなる。

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焦がれる相手には、近づきたくなる心理があるとのことだが、実際に触れ合うと、その気持ちはどう変化するのだろう。

「触れ合うという行為を通して、とくにセックスによって、相手により深い愛情を抱くようになります。大切な存在と、実感するのです。それはもちろん、恋い慕っているという前提があるからこそ。体だけの関係では、愛情はわきません。まだセックスをする間柄ではなく、例えば最初は偶然、指先が触れただけでも、相手への思いは高まります。そして、焦がれる気持ちにまつわる欲望は満たされることがないので、次は手をつなぎたいなど、どんどんスケールアップしていくのです」(富田さん)

身体的な接触は、脳内物質の分泌にもつながるという。

「快楽をもたらすドーパミンや、愛情ホルモンとも呼ばれるオキシトシンが、脳内にたくさん分泌されます。そのため、もっと触れたいと求めるようになる。それが度を越すと依存につながり危険ですが、恋の最初のフェーズにおいては、のめり込んでもいいのではと、私は思います。相手を強く求めて分からないことを知る行為は、自分の可能性を大きく広げることにもつながるからです。先にも触れた安全基地を持っている人ならとくに、時にブレーキを緩め、これ以上行くと危険かもと感じたら止めるなど、うまく使い分けられると思います」(恩蔵さん)

8、長年付き合っている恋人同士でも、“工夫”があれば、焦がれる気持ちはなくならない。

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分からないからこそ焦がれるというのが、脳科学の理論。そうなると、長年の恋人など相手のことが分かると、焦がれる気持ちはなくなるのだろうか。

「確かに目新しさはなくなってしまうと思いますが、自分や相手が何か新しいことを始めたら、それによって知らない部分が更新されて、いつまでも分からなさを感じることができます。恋愛初期の、相手と一体化するような激しい感情とはまた違う、お互いが成長していくことで続く焦がれる気持ち。この人が一緒にいてくれるおかげで、自分は外の世界に挑戦できる。そんな安全基地のような関係に、二人が変わっていけるといいのかなという気がします」(恩蔵さん)

焦がれる気持ちを継続させるためには工夫が大切というのは、心理学も同じで、しかも長年良好な関係を保つうえで必要とのこと。

「人間は、違いが大きいほど相手を魅力的に思うので、意識的にいろんな違いを作ったほうがいい。お互いに変わろうとしなければ、新しい相手に目移りしてしまうことも。馴れ合いで、放っておいてはいけないのです」(富田さん)

富田 隆さん 心理学者。専門は認知心理学。『「ひと言」で相手の心をつかむ ことばの心理術フレーズ事典』(永岡書店)監修など著書や共著も多数。メディアでも活躍。

恩蔵絢子さん 脳科学者。脳の中でも“感情”を専門に研究。著書に『脳科学者の母が、認知症になる 記憶を失うと、その人は“その人”でなくなるのか?』(河出書房新社)がある。

※『anan』2022年3月9日号より。イラスト・深川 優 取材、文・保手濱奈美

(by anan編集部)