傷ついた、傷つけた…違和感を癒す益田ミリの新作漫画『スナック キズツキ』

2021.2.8
友人や同僚の何気ない言葉や態度、SNS上の無神経なメッセージに傷ついたり、もやもやするのはよくあること。7年ぶりの描き下ろし漫画となる益田ミリさんの最新作『スナックキズツキ』は、そんな「傷つくこと」をさまざまな視点からすくい取っている。

傷ついた人だけが訪れる小さなスナックでのできごとは。

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「傷つき、くたくたになって帰宅する夜は誰にだってあるもの。家に帰ったからといって傷が癒えるわけでもなく、帰宅後も悶々とし続けるであろう自分を想像すると気が滅入ります。そんなときに、ふらっとひとりで立ち寄れるような場所を漫画の中に作りたかったんです。傷ついた人たちだけがたどり着ける店。それが『スナック キズツキ』でした」

ここで描かれるのは、激しい怒りや悲しみを伴うような深い傷というより、ともすれば平気なふりをしてやり過ごし、だけど確実にストレスとして蓄積していくような、ざらりとした違和感だったりする。

「はたから見れば『そんなことで?』と思うようなことでも、おのおの傷つきポイントは違うものです。抜け目のない同僚、顔も見ないで受け答えする後輩など、相手にいくら悪気がなくても傷つきます。そして、自分もまた悪気のない言葉で知らぬ間に誰かを傷つけている。“知らぬ間に”という部分をうまく描ければいいなと思っていました」

自分を傷つける人や物事に対しては、誰でも敏感になれるもの。しかしそんな自分も他意なく、あるいは確信犯的に誰かを傷つけているかもしれない……。バトンを渡すようにして登場人物の視点が変わることで、ささやかな「キズツキ」の連鎖が生まれる構図にドキリとさせられ、我が身を振り返ってしまう。

「最初に登場するコールセンターで働く女性がいるのですが、構想段階のときは、彼女を主人公にする物語を考えていました。彼女には自分本位の彼氏がいて『こんな彼となら別れたら?』と思いつつ描いていたのですが、ふと、彼もまた傷ついて生きているのではないかと思ったんです。いい人、悪い人ではっきり分けられない。いろんな角度から描かなければならない物語なのではないかと気づきました。そのためにもさまざまな登場人物と、その登場人物に付随する関係性も多様になるよう設定しました。恋人同士、父と息子、母と息子、母と娘、姉妹、兄弟、兄妹。それぞれがみな傷ついて、傷つけて生きているという点では共通しています。生まれた時代や環境によっては、どの登場人物も自分だったかもしれないと感じてもらえればいいなと思います」

そうやって登場人物たちがたどり着く「スナック キズツキ」は、ママがひとりでやっているお店。スナックなのにアルコールが置いていないという少々特殊な事情には、益田さんの願望も込められている。

「傷ついた人ならどんな人でも店のドアを開けられるよう、ノンアルコールの店にしました。私自身お酒が強くないので、夜、カフェやファミレスの他にも立ち寄れる店があったらいいなぁと思うことがあるので」

スナックを訪れる人たちは、ママに促されて溜め込んでいた不満を言葉にすることで、気持ちを整理したり、「自分はこんなことで傷ついていたんだ」と改めて気がついたり。

「友達や家族に話すことですっきりすることもあれば、話したせいで自分の弱さを知られたような後悔に似た気持ちになることも。些細なことで傷つくような弱い人間だと思われたくないのでしょう。人は心の中で自分を説得したり、なだめたりしてなんとかやっている部分が多いと思うんです。自分の“本音”を自分自身が聞く場を、意外に持っていないのかもしれません。だからこそ、まったく関係のない第三者に打ち明けられる場所を描きたかったんです。『スナック キズツキ』ではお客さんの吐露の仕方がバラエティに富んでいます。歌ったり、踊ったり、朗読したり。個人的には“エアギター”で言いたいことをぶちまけるサラリーマンの章は、描いていて楽しかったです。登場人物が意外なことを始めるので、私自身も『マジか!』と楽しんでいました。最初に決めていたわけではなく、描き進めるうちに自然に浮かんできましたね」

一見くだらないアクションでも、効果てきめん。ママのちょっと強引な誘導に、登場人物も最初は「どうしてこんなことを?」と戸惑いつつ結果的にはノリノリになって、“キズツキ”をデトックスしている。芸達者で、飄々としたキャラクターのママあってこそのスナックなのだ。

「ママは、なにも否定しない人にしようと決めていました。それから説教をせず、『今日もおつかれさま』と言ってあげられる人。傷ついた人しかたどり着けない店だから、やはりママもまたなんらかの傷を負ってここにいる人のひとりであることは意識して描きました」

これまでの作品でもこのママのように、多くの人が抱えるもやもやをかたちにしてくれてきた益田さん。

「今回は漫画のコマを横長にしようと最初に思いました。いつもはもっと小さなコマで描いているので、長いコマ割りは初めてなんです。傷つき、くたくたになった夜でもゆったり読んでいただけるような余白を意識しました」

自分自身の“キズツキ”と向き合うだけでなく、他者の“キズツキ”にも目を向けて自分がそこに関わっているかもしれないことを意識できる場所。いつか「スナック キズツキ」にたどり着いたら……そんな想像もまた楽しい。

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『スナックキズツキ』 都会の路地裏にあるらしい、傷ついた者しかたどり着けない「スナック キズツキ」。今宵もママに乗せられ、さまざまなかたちで不満を吐露する人が。くたくたな夜にじんわりしみる、7年ぶりの描き下ろし漫画。マガジンハウス 1300円

ますだ・みり イラストレーター。漫画に『すーちゃん』『今日の人生』、エッセイに『考えごとしたい旅 フィンランドとシナモンロール』など著書多数。本誌で連載中の「僕の姉ちゃん」シリーズも好評発売中。

※『anan』2021年2月10日号より。文・兵藤育子

(by anan編集部)

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