フードエッセイストの“精神的支柱”は浜崎あゆみとさくらももこ そのワケは?

2020.10.5
フードエッセイストの平野紗季子さんのフィルターを通してみると、料理や店が一段と魅力的に見える。唯一無二の視点と言葉のセンス、その裏には意外なものが…?! 2冊目の著書『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』についても聞いた。

夢を叶えるためには、声に出すことも大事。

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――今回出された本は、雑誌『Hanako』での連載をまとめられた一冊だそうですね。

はい。その連載も、編集長に私から「散歩の連載をやりたいんです!」とお願いをしまして。今はなき、銀座の『水コーヒーどんパ』という喫茶店で。私本当に『どんパ』が好きだったので、超悲しいんですよ…って、脇道それました、すみません(笑)。もともと散歩好きなもので、散歩と食で何か書きたいな、とは思っていたんです。でも文章だけではなく、写真と、それをちょっとおもしろいデザインで見せる、そんなページができたら…と思い、お話を。

――平野さんの行動力はすごいです。

ええ!? そうですか…? でも私、やりたいと思っていることをまとめた“やりたいことリスト”っていうのをPDFにまとめていて、機会があればそれを見せて、新しいことをやるチャンスを持ちたい、とは思っています。

――やりたいことは口にしないと実現しない、という意識がある?

ありますね、それは強いかも。いろんな仕事で声をかけていただけますが、それは、「平野さんはこれができる人だから、この案件を頼みましょう」という、今までの仕事の延長線上のことが多い。例えばフードエッセイストと名乗る人に、「お菓子作りませんか?」と声をかけてみよう、という人はなかなかいないですよね。でも私は、実はお菓子も作ってみたかった。その夢を実現するには「私はお菓子を作りたい!」と声に出し、アピールするしか方法はない。そのような経緯で実現したもののひとつが、「(NO) RAISIN SANDWICH」という、レーズンを使わないレーズンサンドのようなお菓子です。

――不定期の発売、しかも少量だけということもあり、毎回あっという間に売り切れだそうですね。

そうなんです、ありがたいことに。パティシエやデザイナーなど、いい仲間と巡り会え、最初は部活の延長みたいな感じで小規模で始めたのですが、徐々に「買えなかった…」という声を多くいただくようになり…。この先続けるならば、少しずつ大きくしていこうということになり、これから工房を構え、新しい一歩を踏み出す予定なんです。ディレクターのような立場で、本格的にフード作りに関わるのは初めてなので、とても嬉しいし、とても楽しみ。このお菓子を通じて、私が好きな“食体験”の楽しさを、たくさんの人と共有できたら嬉しいです。でも、流れの外にある夢を叶えるチャンスってそうなかなか巡ってくるものでもないし、思っても実現するまでは結構長く時間がかかるんですけどね。

時空の歪みをまたぐ、そんな経験が散歩の醍醐味。

――4年半ほどの連載で、東京の街をかなり散歩されたと思います。印象は変わりましたか?

東京って、最先端のものの隣に、“今”から取り残されたような、古い時間が流れている場所があって、その落差を“時空の歪み”と呼んでいるんですが、散歩中一番ワクワクするのが、“時空の歪み”をまたぐ瞬間なんです。この連載で、麻布台を歩いたときに、それを深く実感して。飯倉片町の交差点に向かう行合坂(ゆきあいざか)という坂の途中、左側に昔からあるピザ屋さんやベラルーシ料理のお店があり、その裏に入っていくと、古い家が立つ、時が止まったような静かな空間が広がっていて、今じゃない時間が流れていることにゾクゾクしました。でもそこは、ピザ屋さんなども含め現在は全部取り壊されてしまって、更地なんです。それこそ、何もなくなってしまった。

――切ないですね…。

先ほどの、レストランの感動をどう形に残すかって話につながるんですが、お店も、なくなっちゃうんですよ。店主やシェフがお店を開き、開け続けてくれ、そのおかげで、お店という空間や料理が今日まで存在しているということが、いかに尊いか。そのお店から人がいなくなったら、そこにあった時間も歴史もすべてが失われてしまう。その儚さは、レストランの宿命ですよね。だからこそ素敵なお店に出合うと、なんとかしてその味、歴史、空気感、食体験を残したい、と思うし、それを人と分かち合いたい。もしかしたらそれは、美味しいものを食べさせてもらったことへの、食べ手側ができるせめてものお返しなのでは、とも思います。

――それにしても、平野さんの文章の独特のリズムと言葉選びのセンスは、読んでいて楽しいです。文章の礎は、いったい何ですか?

えぇ~!? なんだろう…。あ、さくらももこさんのエッセイにはすごく影響を受けているかも。小学生のときに読んで、“こんな赤裸々に、思ったことを書いていいのか!”と驚きました(笑)。恥を捨てて正直に書く、取り繕わない、というのは、さくらさんから学んだことかも。あとは、あゆ…?

――え、まさか、あの、浜崎あゆみさんですか?

大好きなんです!! 中学生のときからずっと…。中3のとき、学校の課題で5000字のレポートっていうのがあったんですが、私、あゆのことを書いていたら8万字になってしまったという過去が…。

――それ、出したんですか?

はい(笑)。先生、完全に引いてましたけど。今でも彼女は私の精神的支柱です。“あゆ”の歌詞世界は、私の文章や思考にかなり影響していると思います(笑)。

雑誌『Hanako』での連載をまとめた『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(小社刊)が好評発売中。毎回1つの街と、そこにある食をテーマに散歩をし、そこで出合ったあれこれを紹介する内容は、さながら“街と食文化のフィールドワーク”。これでもか! と詰め込まれた情報量は圧巻! 読み応えたっぷりです。¥1,600

ひらの・さきこ 1991年生まれ、福岡県出身。小学生時代から食日記をつけ続け、大学在学中にブログが話題に。2014年にエッセイ『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)を発売。現在は、雑誌やウェブなどで食にまつわる連載多数。また、プロデュースするお菓子「(NO) RAISIN SANDWICH」も大好評。Instagramは@sakikohirano

※『anan』2020年10月7日号より。写真・清水奈緒 インタビュー、文・河野友紀

(by anan編集部)