志村 昌美

我が子は心の病…「親は罪悪感を抱く必要はない」精神科医の助言をもとに注目作を手掛けた監督が断言するワケ

2023.3.16
いつの時代も家族関係における“永遠の課題”とも言えるのは、親と子の間に生まれる心の距離。そこで今回は、そんな難しいテーマに真正面から挑み、各国で高く評価されている注目作をご紹介します。

『The Son/息子』

【映画、ときどき私】 vol. 558

高名な政治家にも頼りにされるほど、優秀な弁護士として知られるピーター。再婚した妻のベスと生まれたばかりの子どもとともに、充実した日々を送っていた。そんなとき、前妻のケイトと同居している17歳の息子ニコラスから、一緒に暮らしたいと懇願される。ニコラスは心に病を抱えており、絶望の淵にいたのだった。

初めはベスも戸惑っていたが、ニコラスを加えた新生活が始まる。ところが、ニコラスが転校したはずの高校に登校していないことが発覚。父と息子は激しく言い争い、ピーターは「なぜ人生に向き合わないのか?」と問い詰めてしまう。父に対して、息子が出した答えとは……。

脚本に惚れ込んだヒュー・ジャックマンが、逆オファーをしてまでも出演を熱望したという話題作。今回は、本作の裏側についてよく知るこちらの方にお話をうかがってきました。

フロリアン・ゼレール監督

長編映画監督デビュー作『ファーザー』でアカデミー賞脚色賞を受賞するなど、一躍世界的な注目を集めたフランス出身のゼレール監督。劇作家としても活躍している監督は、最新作で自身の戯曲を原作に選び、『ファーザー』に続く家族 3 部作の第 2 部を完成させています。そこで、作品に込めた思いや親子関係で大事にしていること、そして心の病と向き合ううえで重要なことなどについて語っていただきました。

―今回は、自らの人生から着想を得た物語ではあるものの、参考にしたのは人物や状況ではなくご自身が体験した感情とのことですが、具体的にはどのような感情が基になっているのでしょうか。

監督 パーソナルなところから始まったのはその通りですが、脚本を書いているときに自分のなかにあったのは、主に父親として、そしてときには息子としての目線だったように思います。ただ、この作品が僕の物語であるかどうかより重要なのは、僕が経験した感情について描くこと。なぜなら、それが多くの方の共感を呼ぶものだとわかっていたからです。

―そう感じていたのはなぜですか?

監督 ここでも描いているメンタルヘルスについては、もはや世界中に広がっている一般的な病気で、どこにでも見られるようになっているからです。周りを見渡してみても、実際に苦しんでいる人だけでなく、自分の子どもや友人を助けられなくて無力感を抱いているような人は増えているのではないでしょうか。そういったことは自分の経験としてもありましたし、たくさんの方々が同じ思いをしていると確信していました。

そこで、多くの人が共有している難しい問題について掘り下げていきたいと思うようになったのです。「自分だけじゃないんだ」と教えてくれるのも、みんなで一緒に考えるきっかけを与えてくれるのも映画だと考えています。

ヒュー・ジャックマンは、世界一ナイスで特別な人

―そんな監督の思いに共感したのが、主演を務めたヒュー・ジャックマンさん。普段は自分からアプローチをすることはしないそうですが、今回は自ら監督に熱烈なラブコールを送られたとか。連絡を受けたときはどんなお気持ちでしたか?

監督 まずは、彼からのメールが迷惑フォルダに入らなくてよかったなとホッとしましたね(笑)。メールには、「もしほかの役者さんと話が進んでいるならこのことは忘れてください。でも、そうでないなら10分でいいから僕の話を聞いてほしい」という非常にパワフルな言葉が書かれていました。そのときは、彼のような大スターでも「自分がやりたい」と自分で訴えることもあるのかと驚きが大きかったです。さらに文章を読んでみると、彼の誠実さや謙虚さ、正直さに心を動かされましたし、それに加えて「演じなければいけないんだ」という緊急性のようなものも感じました。

その後、オンラインで最初に会話をしたのですが、役者として何をしたいのかについて伝えるよりも、自分がどういう人間なのかがわかるように僕を彼自身にアクセスさせてくれたのです。そういったこともあって、彼には僕が演じてほしいキャラクターの感情をすべて持っている人だとわかりました。現場では、真実に迫る演技で表現をしてくれたので、僕自身が圧倒されてしまったほど。最高の選択だったと思っています。

―本当に素晴らしかったです。ananwebでは以前ヒューさんが来日した際に取材したことがありますが、非常に優しくてステキな方という印象を受けました。現場でも彼の人柄がわかるようなエピソードがあれば教えてください。

監督 今回、彼と一緒に仕事をすると周りに伝えたら、みんなから「世界一ナイスな人だよ」と言われたのですが、あまりにもたくさんの方が同じことを言うので、驚いていたんです。でも、実際にお会いしてみたら、なるほどなと。いまでは、僕も同じ表現を使って彼のことを語っています(笑)。あれほどまでにオープンで人間らしく、そして心が広くて他人に対して柔和な方は稀有ではないでしょうか。いままでいろんな方と仕事をしてきましたが、彼は本当に特別な人です。

子どもに対して、すべての答えを持っていなくてもいい

―そういう部分も、本作では生かされていたのではないかなと。

監督 この映画において大事だったのは、子育てにうまくいっていない親ではなく、ピーターのように子育てに失敗しているわけではない親の姿を見せること。さらに、息子を愛していて助けたいけれど理解する手がかりがない父親を描くためには、「この人はいい人なんだ」と観客に感じてもらう必要もありました。そういう意味でも彼は適任だったと思います。

なぜなら、彼の魂を通してでもいい人であることが伝わってきますからね。ここはすごく重要なところでしたが、彼には感動するところが多いので、それが効果的に働いていたと感じています。

―ヒューさんはこの作品に出演したことがきっかけで、実生活でお子さんへの接し方も変わったとか。監督も本作の最後にご自身の息子さんにメッセージを添えているので、親としての在り方に影響を与えた部分もあったのではないと思いますが、いかがですか?

監督 もしかしたらこの物語を他人とわかち合うことは、自分の深いところにある何かを癒す行為だったのかもしれません。実際、いまでは子どもたちの前で自分のもろさを見せることが以前よりも怖くなくなりました。

親としては子どもの言うことに応じてあげたい気持ちはありますが、すべてのことに答えを持っていなくてもいいんだと思えるようになったのです。ここは非常に難しい感情でもありますが、答えがわからなくても、知っている振りをしなくてもいいというふうに考えられるようにはなりました。

―なるほど。また、本作では心の病に関して描いていますが、アメリカの精神科医などさまざまな専門家と相談をしながら進めていかれたそうですね。その過程で、どのようなことを学ばれましたか?

監督 一番重要なのは、僕たちが脳や魂、そして心の働きに関してまだわからないことがあるという事実を知ることだと思っています。人がどうして痛みを感じ、つらくなってしまうのかということに答えなんてないのです。だからこそ、その“ミステリー”を受け入れることがすごく大事だと感じています。どんなに完璧に見える人でも、心の病に悩んでいる場合もたくさんありますから。

罪悪感があると盲目になり、間違えてしまうこともある

―そのうえで心の病についての理解を深めるために、私たちはどういった意識を持って接すればいいとお考えですか?

監督 たとえば、今回のキャラクターで言うと、両親は「自分たちはいい父親と母親じゃない」と思い込んでいますが、そこに罪悪感を抱く必要はないと思っています。なぜなら、彼らは心の病に対峙するスキルがないだけの場合もあるからです。だからこそ、そこで必要とされているのは愛だけではないというのも、描くことにしました。

これは映画を通しても伝えたいことですが、我々は罪悪感があるとそれに引きずられて、やり方を間違えることがあります。ですが、本来はまず子どものために安全なスペースを作り、しっかりと対話することからはじめなければならないはずです。そういうときは、経験者やプロの人たちに助けを求めればいいわけで、そこに対して悩んだり、自分の失敗を責めたりしなくていいと考えています。

―そのためにも、オープンに話し合うことが大切なんですね。それでは最後に、公開を楽しみにしている日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 実はまだ日本には行けていないのですが、僕にとっては日本に行くことが夢のひとつでもあります。これは本当です。以前、僕の舞台が日本で上演されたときに来日する予定だったのですが、映画の撮影と重なってしまって行くことができず、そのあともコロナ禍で行けませんでした。ただ、来年もまた舞台が上演されるので、今度こそ日本に行きたいです。

僕は日本の文化や映画が好きですが、最近のなかで印象的だったのは『ドライブ・マイ・カー』。リハーサルのシーンでは異なる言語を話す人たちが、言語を超えてお互いを理解しようとしていた姿に心を打たれました。僕も日本語は話せませんが、そんなふうに日本の方々と触れ合いたいと思っています。

完璧な人なんて誰もいない

愛しているのに伝わらない親子の葛藤と、それぞれが抱える苦悩に共感せずにはいられない本作。そして、メンタルヘルスをケアすることの重要性が叫ばれているいまだからこそ、心の病との向かい方について話し合うきっかけを作るためにも観るべき作品です。


取材、文・志村昌美

心を揺さぶられる予告編はこちら!

作品情報

『The Son/息子』
3月17日(金)TOHO シネマズ シャンテほか 全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
https://www.theson.jp/
️(C)THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.