志村 昌美

死体役ばかりの俳優・奥野瑛太「“この人どうせ死ぬんだろうなフラグ”が 一時期 立ちました」

2023.3.22
どんなドラマや映画でも、重要な役割を果たしている役どころの1人と言えば死体役。物語においては欠かせない人物にもかかわらずあまり注目されないことが多いですが、現在公開中の最新作『死体の人』では、死体役を演じ続ける男を主人公に描き、話題となっています。そこで、主演を務めたこちらの方にお話をうかがってきました。

奥野瑛太さん

【映画、ときどき私】 vol. 562

ドラマ『最愛』や映画『グッバイ・クルエル・ワールド』など、数々の作品で圧倒的な存在感を放つ名バイプレイヤーとして注目の奥野さん。本作では、演じることへの思いは人一倍強いものの、死体役ばかりをあてがわれる吉田広志を好演しています。今回は、死体役を演じるときのこだわりや現場への思い、そして自身の死生観について語っていただきました。

―最初に本作のオファーがあったとき、草苅勲監督に「僕はミスキャストです」と伝えたとか。なぜそう思われたのですか?

奥野さん 脚本を読ませていただいたとき、「草苅さんにとって一生に1本書けるかどうかの作品だな」と思いました。ご自身のパーソナルな部分を包み隠さずさらけだしている気概のようなものを感じたのと同時に、主人公の吉田広志は草苅さんなんだなと思いました。

草苅さんは終始優しくて温かい視点で物事を眺めている方ですが、どちらかというと僕は撮影現場で何クソ根性みたいなエネルギーを燃やしてきてしまった。草苅さんの前で草苅さんを演じるには、いまの自分は下手に現場を重ねてきたことでホコリが付いているんじゃないかなと思ったんです。そういう意味でも「ミスキャストじゃないですか?」というお話をしました。

―とはいえ、同じ役者という立場のキャラクターに通ずるところもあったのではないかなと。

奥野さん もちろんそれはありました。僕も小劇場の出身ですし、画面のはじっこに映りながらもずっと俳優業を続けているという意味では、同じ状況ですから。現場のあるあるも含めて、シンパシーを感じながら演じていました。ただ、僕は草苅さんや吉田のように笑って過ごせるネアカな部分が少し弱いなと思いました。

死に方によって、作品との関わり方を変えている

―そんなふうに苦しさを感じるときは、どのようにして乗り越えていますか?

奥野さん いや、苦しいといいますか、僕の場合はそれを楽しんでる節があるかもしれません。それは作品に対する向き合い方であり、エネルギーを湧かせる方法の違いなので、どんな向き合い方でも結局はそれでお芝居を楽しめて作品に良い作用になればいいと思います。これに関しては百人百様のやり方があるのではないでしょうか。

―ちなみに、ご自身はこれまで死体役を演じられてきましたか?

奥野さん たくさんあります(笑)。僕自身も、作品に関われば必ず死ぬみたいな時期がありました。画面に出てきた瞬間に「この人どうせ死ぬだろうフラグ」が立ち始めてしまったこともあったくらいです(笑)。その作品内ではできるだけ予定調和を消したいとは思ってましたけど、全く関係ない作品と照らし合わされてメタ的についた死体役のイメージまではなかなか払拭できないものですね(笑)。

―実際、死体役は難しい役どころでもあると思いますが、奥野さんなりのこだわりなどがあれば、教えてください。

奥野さん 「台本に書いてあるように死ぬ」くらいしかないですね。特にこれといった自分のこだわりはありませんが、手癖が出ないようにその場に生きて、その場で死ぬっていうことは本当に難しいことだと思います。技術的に見ても死ぬシーンは、難しくておもしろいことが多いです。

例えば、発砲によって死ぬときは現場に一発勝負の雰囲気が漂うことがあってとても緊張感が高まります。以前経験したなかでいうと、1発目の発砲で頭を撃ち抜かれて即死した後に、追い討ちで身体に数発撃たれるという死に方です。目を開けたまま頭から流れてくる血のりを受け止め、次の身体への着弾に反射しないように反応しなきゃいけないので…。考えるだけでもこんがらがりますね(笑)。ともかく、死ぬことで役柄を生かす瞬間にもなるので、生きるために死ぬことに必死になっています。

どこでも練習してしまうので、やりすぎてしまうことも

―劇中では、吉田が日常生活のなかで死ぬ練習をしている姿もおもしろかったですが、これは役者あるあるですか?

奥野さん そうですね。僕もよく道を歩きながら人目も気にせずずっとセリフをブツブツしゃべっています。ふとした瞬間に「あそこをやっておこう!」と思ったら、ところかまわず練習してしまうことがありまして…。前にたまたま閑静な住宅街を歩いていたときにそのスイッチが入ってしまい、電信柱に向かって1時間くらいセリフの壁打ちをしてたんです。

そしたら、近所の方が通報されたんでしょうね、警察の方に「何しているんですか?」と声をかけられてしまって(笑)。セリフの内容が怪しい雰囲気のある役どころだったので、妙に状況とマッチしてしまっていたのかもしれません。「迷惑をかけてごめんなさい」と反省しているつもりではいるんですが、未だに職質をよく受けます。

―(笑)。そんなふうに、日常と役の線引きがあいまいになってしまうことはよくあることなのでしょうか。

奥野さん あいまいと言いますか…、みなさんと同じですよ(笑)。たとえば、仕事の内容を覚えるために電車のなかで資料を読んだりされると思いますが、それと一緒です。ただ、僕の場合はセリフなので声に出てしまったり、テンションもその空間にあるものではないので突拍子もないものだったり、空気を読まずにやると大変なことになりがちではありますね。

―それだけリアルな演技ということでもありますよね。いままで本当に幅広い役を演じられていますが、そのなかでも変わった役だったなと思ったものは?

奥野さん これまでに右翼、左翼、殺し屋、学生、兵士、ラッパー、チャラ男などいろんな役をやらせていただきましたが、僕としてはみんな“普通の人”だと思っています。

現場では、どうしたらおもしろいかをつねに考えている

―なるほど。奥野さんは作品ごとに別人かと思うほど印象が変わりますが、役作りで大事にしていることがあれば、教えてください。

奥野さん 当たり前のことですが、まずは台本に書かれていることを一生懸命覚えて、それをちゃんとできるように準備をしっかりしていきます。でも、現場はなまものですからね。そこで変わっていくことに対してどう能動的に動けるかが問われるので、準備してきたことも1回全部忘れてその場に立つことに集中しています。

―以前共演された西島秀俊さんは、現場での奥野さんの姿に「これが自分の求めている俳優像だ」と感じたそうですが、ご自分でも意識されていることはあるのでしょうか。

奥野さん いやぁ、僕は癖として意識した時点で、変な意図が働いてしまうので、なるべく意識しないように心がけています。ただ、周りの方からするとどう見えているかはわかりませんが、僕的にはひどく客観的な感覚はあるように思います。「あ、いま見られてるな」とか(笑)。そんなふうに遊んでいるというか、現場ではどうしたらおもしろいか、みたいなことばかりを考えています。

―現場を楽しむことに重きを置いていらっしゃるんですね。

奥野さん そうですね。現場では「どう楽しむ?」「やっぱり緊張する」みたいなことを自分のなかでずっと繰り返している感じです。それこそ、1つ息をするタイミングだけでも緊張するときがありますが、そういう小さなことから大きなことまでを楽しむようにしています。

―今回の現場では、個性豊かなキャストの方も多かったですが、印象に残っていることはありますか?

奥野さん みなさん本当に素晴らしかったです。なかでも父親役のきたろうさんがおもしろくて(笑)。現場でもおもしろく変容していくことに誰よりも能動的で「これぐらいのほうが笑える」ということにとても繊細に向き合ってる姿勢がめちゃくちゃ格好良かったです。

きたろうさんが草苅監督にセリフの変更を提案された箇所があったんですが、断然そっちのほうがおもしろくてみな笑うのを必死に堪えていました(笑)。喜劇とその裏側の悲劇をちゃんと認識されているからなのか、その瞬間瞬間に軽くエネルギーをポンと出すだけで、周りはたちまち大爆発を起こしてしまう。いやぁ、本当に格好良かったです。

あえて格言は持たずに、考え続けるようにしている

―そのほかで、苦労されたシーンなどはありましたか? たとえば、今回は演技が下手な役者のキャラクターを演じられていたので、いつもとは真逆の作業で違和感もあったのではないかなと思うのですが。

奥野さん 確かに、あれは感覚的には変でしたね。今回はイマイチなお芝居をすることが良しとされていたので、カットのあと監督に「ちゃんとイマイチにできてました?」と確認したほどです(笑)。

―また、劇中では吉田が母親とのやりとりのなかで、壁を1つ乗り越える姿も描かれていますが、ご自身も転機になった出来事はありましたか?

奥野さん いまでもずっと悩んでいますよ。ただ、作品に出会うたびにそれが転機にはなっていると思いますが、毎回悩んでばっかりです。僕は主観的な感覚だけでするのはダメだと考えているので、客観的な視点も持つようにしていますが、自分の演技を見返すときは「ひどい芝居してるな」とものすごいダメ出しをすることが多いかもしれません。

―今回、作品のなかで生と死に関する格言がいくつか紹介されますが、ご自身にも響いた格言はありましたか?

奥野さん 僕は考え続けることのほうが好きなので、正直これと言い切れる格言は思い浮かびません。というのも、格言は言葉としてそこに置いておけば自分の助けになるかもしれませんが、僕はどうしても言葉になってしまった時点でラクしようとしてしまうので。

言葉の上澄みを覚えているだけで、そこに行きつくまでの過程やらその瞬間の感情を全部すっぽり忘れてしまうことが多くてがっかりするんです。それよりも言葉にはせずにずっと向き合っていたり、肌に感じていたりするほうが覚えていられる気がします。もちろん、衝撃的な言葉に出会ってその都度右往左往しますが、僕のなかでは格言という感覚ではないんじゃないかと思います。

ちなみに、ラストシーンで吉田の格言も出てくるのですが、実はいまだに僕はあの言葉にピンときてないんです(笑)。それは僕のなかにない感覚。だからこそ「どういうことだろう?」といまでも考えています。僕はそういうほうが好きかもしれないですね。

死体役を演じることで、どう生きるかと向き合えた

―非常に深いですね。死ぬ役ばかりを演じたことで、ご自身の死生観に影響を与えた部分はあったのでしょうか。

奥野さん おそらく草苅監督も吉田もネアカだから死について考えられるんだろうなと思いました。それに比べて、僕はネクラなので死への向き合い方が根本的に違う。そういうことにも、気づかせてもらったように感じています。

あと、変な言い方になりますが、エロスとタナトスがあって、エロスが生きるエネルギーで、タナトスが死に向かうエネルギーだとしたら、僕にとって生きる力となっているのはタナトスが強い気がします。わかりやすく言うと、「死ね死ね!」と自らに言い聞かせて生を実感するタイプというか。なので逆にネアカな人たちへの憧れやうらやましさみたいなものはある気がしています。そういう意味でも今回は、人としても俳優としても死生観というものに改めて触れられるいい機会でしたし、死体役を演じることでどう生きるかと向き合えました。

―そのうえで、この作品の見どころについても教えてください。

奥野さん 死体役ばかりをあてがわれる主人公を通して、死生観や明るく生きるエネルギーを感じていただけたら幸いです。何者でもない人の強さとおもしろさも観ていただけたらと思います。

―今後の奥野さんにも注目ですが、ananweb読者に向けてもメッセージをお願いします。

奥野さん もし少しでも興味を持っていただけましたら、映画館に足を運んでいただき、スクリーンで『死体の人」を観ていただけましたら、これ幸いです。僕というより、草苅監督と主人公の吉田広志に注目して、ぜひキュンとして下さい(笑)

インタビューを終えてみて……。

少しシャイな雰囲気もありますが、ひと言ひと言からまっすぐな思いが伝わってくる奥野さん。ずっと取材したかった俳優さんの1人だったのでようやく念願が叶いましたが、興味深い話が多く、もっと掘り下げていきたいという思いになりました。これからもどのような役どころで楽しませてくれるのか、ますます期待が高まるところです。

生きることが下手でも、自分らしくあればいい

思わず声を上げて笑ってしまうユーモアセンスと、胸がギュッとするような人間ドラマとが絶秒に織り交ぜられている本作。ときには空回りしてしまうこともあるけれど、不器用なりにも一生懸命な人たちの姿から必死に生きることも悪くないと感じるはずです。


写真・園山友基(奥野瑛太) 取材、文・志村昌美
ヘアメイク・光野ひとみ スタイリスト・ 清水奈緒美
シャツ ¥41,800(AURALEE 03-6427-7141)
他、スタイリスト私物

ストーリー

劇団を主宰して役者を志していたものの、要領よく振る舞えず、気がつくと“死体役”ばかりを演じるようになっていた吉田広志。開いたスケジュール帳は、さまざまな方法で“死ぬ予定”で埋まっていた。

つねに死に方を探求する日々を送っていた吉田だったが、自宅に招いたデリヘル嬢の加奈と人生を変えるような運命的な出会いを果たす。そんななか、母が入院するという知らせに加え、新たな問題が発生。偶然見つけた妊娠検査薬を自分で試してみたところ、なんと陽性反応が出てしまう。一体これはどういうことなのか。そして、吉田は一世一代の大芝居を撃つことに……。

釘付けになる予告編はこちら!

作品情報

『死体の人』
渋谷シネクイント他、全国順次公開中
配給:ラビットハウス
https://shitainohito.com/
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