志村 昌美

「叫んでいる凶暴な人たち」のイメージを拭った若き台湾活動家の意外な真実

2020.10.28
人によって青春の思い出はさまざまだと思いますが、誰にでも何かに熱中した懐かしい記憶があるもの。そこで今回ご紹介するのは、ある若者たちが自分たちの未来をつかむために戦い続けたリアルな記録を映し出した注目の映画です。それは……。

話題のドキュメンタリー『私たちの青春、台湾』

【映画、ときどき私】 vol. 335

2011年、社会運動の最前線にいたのは、台湾学生運動の中心人物である陳為廷(チェン・ウェイティン)と台湾の社会運動に参加する人気ブロガーで中国人留学生の蔡博芸(ツァイ・ボーイー)という2人の大学生。自らの訴えを必死に訴える彼らに対し、「社会運動が世界を変えるかもしれない」という期待とともにカメラを回していく。

2014年には、国民党がサービス貿易協定をわずか30秒で強行採決したことに反対した学生たちが立法院(国会)に突入し、23日間にわたって占拠。この一連の抗議活動は「ひまわり運動」と呼ばれ、台湾政治の地殻変動を引き起こした。しかし、ひまわり運動後、彼らの運命は失速していくことに……。

同じアジアではあるものの、日本にいると台湾の現状に触れる機会はなかなかないですが、現地のリアルな実情を体感できるのが本作。そこで、立場の違う2人の大学生と行動をともにしたこちらの方にお話をうかがってきました。

傅楡(フー・ユー)監督

2018年には、本作で“台湾のアカデミー賞”とされる金馬奨で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞したフー・ユー監督(写真・右)。今回は、ウェイティンさんとボーイーさんと過ごした濃密な時間のなかで気づかされたことや女性の活躍が目覚ましい台湾の事情などについて語っていただきました。

―まずは、ウェイティンさんとボーイーさんとの出会いについて教えていただけますか?

監督 出会ったのは2人別々で、最初に知り合ったのはウェイティン。この作品の前に撮った映画がきっかけでした。その作品とは、政治的に違う意見を持つ若者たちを集めて討論させるという内容だったので、プロデューサーから「社会運動に関わっている若者を一人出したらいいんじゃないか」というアイディアを提案されたんです。そこで、ウェイティンに接触を試みたのが始まりでした。

―ほかにも学生がいるなかで、ウェイティンさんを選んだのはなぜですか?

監督 いろいろな情報を調べていくなかで彼の書いているものを目にしたんですが、社会運動に関わっているほかの人たちに比べて怖くないユーモラスな人だという印象を受けたからですね。というのも、当時の私は何もわかっていなかったので、社会運動に参加している人たちに対して、「大声を出して叫んでいる凶暴な人たち」というイメージがあったので(笑)。彼を通じて、社会運動というのは怖いものではないんだというのも知りました。

どういう人が社会運動に参加しているか知りたかった

―確かに、ウェイティンさんは社会運動に参加している人に対する一般的なイメージとは違ったので、驚かされました。では、ボーイーさんについてはいかがですか?

監督 彼女と知り合ったのも同じく2011年。馬英九(マー・インチウ)総統の政策のひとつで中国の若者を台湾の大学で4年間受け入れるというものがありますが、その第一期生がボーイーだったのです。私は、18歳から22歳という価値観が形成される時期に台湾へやってくる学生がどんなふうに感じるのか興味がありました。

特に、中国と台湾では社会や政治の制度が全然違いますからね。そういう人たちにいまの台湾がどう映るのかということについて、彼女を通して撮りたいと思ったのです。

―しかも、ボーイーさんはネットではすでに有名なブロガーだったとか。そういう意味でも注目されていたのではないでしょうか?

監督 そうですね。彼女は中国人の視点から台湾のいいところと悪いところ、そして中国のいいところと悪いところに関して素直に書いて発表していたので、中国でも台湾でも知られた存在でした。

―出演に関しては、すぐに許諾してくれたのでしょうか?

監督 彼女自身も以前から社会運動には興味を持っていたので、運動に参加している人たちと知り合えるということも出演してくれた理由だと思います。というのも、実はボーイーには8歳年上の台湾人の彼氏がいるのですが、その人も以前は社会運動に参加していた人。ただ、非常に穏やかな性格なので、「こんなおとなしいタイプの人がどうして社会運動に参加していたんだろう?」という疑問があり、社会運動について知りたいと考えていたようです。

社会運動はほかの学問同様に知る必要がある

―出演の背景には、そういった興味もあったのですね。監督自身も最初は社会運動に対して、苦手意識があったそうですが、この作品を通して見方は変わりましたか?

監督 変わりましたね。いまでは社会運動とは、学問における学科のようなものだと思っています。たとえば、文学や映画を勉強するように、社会運動もそのひとつなのではないかなと。かなり専門的ではありますが、みなが知る必要があると感じています。

もちろんすべての国に必要があるかどうかはわかりませんが、社会運動が起きるのは政府が十分な政策が取れていないなど、多くの原因があるから。少なくともいまの台湾にはさまざまな不平等や社会的な問題があるので、それに対して、体制の外から声を上げなければいけないと思っています。

―現在の台湾でも社会運動はさかんに行われているのでしょうか?

監督 いまでも小さな社会運動は行われていますが、ひまわり運動のあと、若者の社会運動に対する関心は以前に比べると薄れているような気がします。それについては、非常に残念だと感じているところです。

―彼らを追いかけていくなかで、さまざまな場面に遭遇したと思いますが、そのなかでも忘れられない出来事を教えてください。

監督 映画のなかにも出てきていますが、やっぱりひまわり運動のときが一番印象深いですね。なぜなら、それ以前にも彼らと一緒にさまざまな社会運動に参加しましたが、どれも非常に規模の小さいものだったので、最初は「台湾の社会運動とはこの程度のものなんだろう」と感じていました。

それがひまわり運動では、以前から活動をしていたウェイティンたちでさえも驚くほど多くの人たちが参加するまでに。最終的には50万人もの人々がデモを応援して街に出てきてくれたので、その様子にはとても感動しました。

不安もあったが、達成感も味わった

―とはいえ、身の危険を感じるようなことはなかったですか?

監督 ひまわり運動の6日目に、立法院へ突入することになりましたが、建物の周囲は有刺鉄線だらけ。安全が確保されていないなかで、その柵を乗り越えなければならなかったので不安はありましたが、有刺鉄線を踏みつけて乗り越えたとき、ある種の達成感のようなものを味わいました。もちろん、本来は危険な行動を取りたくはないですが、あのときはそうせざるを得ない状況だったと思います。

―この作品ではそういった政治的な面だけでなく、学生たちの青春についても映し出されていますが、監督自身は青春時代に熱中していたことを教えてください。

監督 私が若い頃は、社会運動のことを知らなかったので、そういったことに参加することもなく、大学受験のために勉強を一生懸命していました。とはいえ、高校生の頃はアイドルを追っかけたり、ライブに行ったりしていたことも(笑)。ごく普通の学生たちと同じようなタイプでしたね。

よりよい大学に行って、学校生活を楽しもうという気持ちが強かったので、社会運動に対しては「なんで社会運動なんかしなきゃいけないんだろう?」と思っていたほどです。映画やテレビを見たり、友達と自転車に乗ってでかけたり、といった青春時代を送っていました。

―現在の台湾についてもおうかがいしたいのですが、台湾はアジア初の同性婚法制化や政界における女性の進出も進んでいますよね。監督から見て、それを支えているものは何だと思いますか?

監督 台湾の社会状況から考えると、比較的女性が政治に参加しやすい雰囲気ができていることは大きいでしょうね。もちろん、台湾でも昔は女性の政治家は決して多くありませんでしたし、同性婚が認められるということも想像できないことだったと思いますが、その時に比べて台湾が開放的になったというのがあるかもしれません。

その背景には、少数派の人たちが「自分たちの権利を得るためにどんどん声を上げるべき」という空気を作ってくれたのもあると思います。そういった環境の変化が徐々に女性の活躍へとつながっていったのではないでしょうか。そのなかで、2016年に蔡英文(ツァイ・インウェン)氏という女性初の総統が誕生したのも、いいタイミングだったとみなが感じています。

自分たちの国をそれぞれが守っていかないといけない

―なるほど。そういった社会的な変化が女性の背中を押したんですね。

監督 そうですね。どこの国でも結婚や出産、子育てなどがあって女性が政治に参加するのは大変なことですが、台湾では女性の政治家も増えているように思います。そのなかには、子どもを持つ女性たちもいますが、彼女たちが声を上げているのは、母親だからこそわかる問題を伝えたいから。そうやって多くの可能性が生まれていっているように感じています。

―素晴らしいことですね。監督は2018年の金馬奨授賞式で「いつか台湾が“真の独立した存在”として認められることが、台湾人として最大の願いだ」とスピーチをしてニュースとなりました。もしいまスピーチする機会があったら、どんなことをメッセージとして伝えたいですか?

監督 いま、世界はコロナ禍という大変な困難に直面していますが、私は“神からのサイン”のようなものだと感じています。なぜなら、世界的に政治の権力が大きくなりすぎて腐敗している部分がありますし、あまりにも発展しすぎているところがあるからです。

そういったことに対して、全世界的に警告を促されているようにも感じるので、世の中がこれ以上悪い方向に進んで行ってしまわないように注意を怠らず、これからもそれぞれの国が自分たちのことをきちんと守っていかなければいけないと思います。

自分たちの未来は自分たちでつかむべき!

自らの未来と自由をつかむため、全力で立ち向かう若者たちの姿に迫った本作。たとえどんな運命がその先に待ち受けていたとしても、声を上げることの大切さを学び、意義を感じることができるはずです。

熱を感じる予告編はこちら!

作品情報

『私たちの青春、台湾』
10月31日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
配給:太秦
© 7th Day Film All rights reserved
http://ouryouthintw.com/

映画の公開に合わせて、傅楡監督の書籍も発売中!
書籍名:わたしの青春、台湾
語り:傅楡
本体価格:1,800円+税
発行:五月書房新社