志村 昌美

貫地谷しほり「白黒だけでは決められない」育児放棄する母親への思い

2019.11.7
育児に対する関心が高まるいっぽうで、育児放棄や虐待、不妊治療、養子縁組制度など、子どもに関する問題が山積み状態であるのも事実。そんななか、注目作としてご紹介するのは、それらの問題に直面した母親たちの苦悩と葛藤を描いた映画『夕陽のあと』。今回は主演を務めたこちらの方にお話をうかがってきました。

女優の貫地谷しほりさん!

【映画、ときどき私】 vol. 275

貫地谷さんが演じたのは、貧困に陥ってしまったがゆえに一度は母親であることを放棄した主人公の佐藤茜。本作では、“生みの母”である茜と、茜の子どもを里子として受け入れた“育ての母”である日野五月という2人の女性を中心に描かれています。

そこで、役を通して感じた思いや現在の心境などについて語っていただきました。

―まずは、今回の茜をどのような女性としてとらえて役作りをされましたか?

貫地谷さん 茜は周りに相談できる人がいなくて、ひとりで抱え込んでしまい、あのような選択をせざるを得なかった女性なので、とてもつらい役だなと思いました。だからこそ、恵まれた環境で両親に愛されて育ち、母親でもない私には、彼女の背景は到底想像しえないものだとも感じました。

それでも、ニュースを見たり、本を読んだりすると、茜のような経験をしている女性がこの社会に実在していることがわかります。だからこそ、その人たちの気持ちを「わからない」と言ってしまうのではなく、なぜ彼女たちがそういう気持ちに至ったのかを理解しようとしました。

とはいえ、この映画を観る大多数の人は、つらい不妊治療を続けてやっと出会った子どもを奪われそうになっている五月のほうに感情移入すると思います。それでも、その裏側でこういう思いをしている女性がいること、そしてひとりの社会人として、茜のような女性たちの声がはじかれてしまうことだけは避けたいということを考えていました。

自分の思いだけで寄り添うことが難しかった

―そういう意味でも演じるのは苦しい役どころでもあったと思いますが、一番葛藤したシーンはありますか?

貫地谷さん 胸から母乳を絞り出すシーンですね。本当は愛する子どもといたいし、その子に飲ませるために体がミルクを作っているのに、それをあげることができないなんて切ないと思いました。

―確かに、同じ女性としては心が痛むシーンのひとつでした。ただ、今回は「もし私だったら」という気持ちは捨てて現場にいたそうですが、そうしようと思った理由は何ですか?

貫地谷さん 私は自分の意見を持たないのも罪だと思っているんですが、でも「自分だったら」という思いがあると、そこに善悪が発生してしまうような気がしていたからです。特に、私は茜とかけ離れた環境にいるということもあったので、これしか選択することができなかった女性に私の思いだけで寄り添うことに難しさも感じていました。

自分でもどういう感情が出てくるのかわからなかったですが、茜という人物を頭で考えすぎて仕立て上げたくないという気持ちもあったと思います。

―そのなかで印象に残っているセリフはありましたか?

貫地谷さん ある男性に居酒屋で説得されている場面で、「一度失敗した母親にはチャンスがないの?」というようなセリフを茜が言いますが、この言葉は母親に限らず、私自身にも思い当たるところがあったので胸がえぐれるような気持ちになりました。いまは、いろんな思いを抱えている人も多いので、私と同じように感じる観客の方もきっといらっしゃると思います。

―特にいまの社会は一度失敗した人を受け入れにくいところもあると思いますが、そういったことに対する考え方も変わりましたか?

貫地谷さん 確かに、いまは失敗するとなかなか立ち直れない風潮もありますが、そういうときに大事なのは想像力を持つこと。根深い問題でもあるのでひと言では片づけられないですが、「自分はこう思うけど、相手はどう思っているんだろう」と考えることによって、もしかしたら少しいい一歩が踏み出せるかもしれないとは感じています。

子どもは大人を見ているものなので、私たちが勇気を持って進んでいくことが教育という意味でも、それぞれの人生においても大切なことだと思いました。

この映画が社会を変える一歩になって欲しい

―そんなふうにさまざまな感情がご自分のなかにも沸き上がったと思いますが、この作品に参加したことで発見したこともありましたか?

貫地谷さん 茜のような人も含めて、どうすればいろいろな人が社会で一緒に気持ちよく生きていけるか、ということをより考えるようになりました。完璧に寄り添うことはできなくても、考えることはできますし、考えること自体、役者の仕事とも言えます。

映画やドラマには人を動かすパワーがありますし、エンタテインメントでもあります。と同時に、観終わって「実は茜は身近にいるかもしれない」と思うことも、社会を変える一歩になるはずなので、この映画が考えるきっかけになればうれしいですね。私自身、いろいろな作品からいつもパワーをもらっています。

―ananwebの読者たちも、同じ女性としてこの作品からは感じることが多いと思います。

貫地谷さん いまは、「本当にこんなことが現実で起こっているの?」みたいなニュースがたくさんありますが、すべてが現実で、実際に隣の人や私自身もそうなる可能性があると思っています。そのなかで、物事を白黒だけで決めつけるのではなく、本当はそこで何か起きているのかということを考えることが、優しい毎日を過ごすための一歩かなと気がつきました。

私がこの作品を通して感じたように、みなさんにもそういう気持ちや他人事にしないという思いを共有できたらうれしいです。

―撮影期間中に楽しかったことはありましたか?

貫地谷さん 本編には使われていませんが、感情が高ぶって泣くシーンがけっこうあったので、毎日つらかったですが、そんななかでうれしかったのは、スーパーで買った普通のお刺身がとにかくおいしかったことですね(笑)。ブリや聞いたことのない名前の白身魚など、本当にどれもおいしかったです!

そうやって撮影の帰り道に買い物をしてご飯を作っているときが、唯一何も考えなくていい時間だったので、楽しいひとときでもありました。

きちんと生活することを意識している

―ananwebでは2年前にも取材させていただいており、そのときに「30代は仕事においてもプライベートにおいても、もっと冒険して、自分の好きなものを突き詰めていきたい」とおっしゃっていましたが、最近冒険したことはありますか? 

貫地谷さん 冒険ではないですが、自分が何をしたいのかというのを考えてみたところ、その答えは「きちんと生活すること」でした。なので、いまはきちんと生活をして、その一部に仕事があるような感覚です。

あとはナレーションの仕事が増えてきたこともあって、ニュースや世間で起きていることにも関心を持ち、どういうふうに向き合うかを考えることも日常になっています。でも、そろそろ冒険もしなきゃいけないなとは思っていますけどね。

―では、いましたい冒険とは?

貫地谷さん ずっと苦手意識があるんですが、挑戦してみたいのは色っぽいお芝居とかですね。恥ずかしさもありますし、できるかどうかは別として、そろそろオファーが来てもいいんじゃないかなとは思っています(笑)。

―ぜひ新たな貫地谷さんも拝見したいです。ちなみに、先ほどのきちんと生活するの「きちんと」とはどういう意味ですか?

貫地谷さん 「ひとつひとつをおろそかにしない」ということですね。食事もそうですけど、「まあいいや」で済ませないようには心がけています。最近は休みの日にアロマを作りに行ったりもしていますが、それによって自律神経の数値が改善されたりするんですよね。香りだけでこんなに変わるんだというのは発見でもあったので、取り入れるようにしています。

―現在33歳になられましたが、30代になってよかったと感じる瞬間はどんなときですか?

貫地谷さん 何か問題が起きたときに、なぜ起きたかを考えられる冷静さが少し出てきたことですね。20代のころは何かあると、「わー、ありえない! どうしよう!」みたいな感じになったり、なかなか他人の意見を受け入れられなかったりするところもありましたが、いまはちゃんと物事に向き合える精神状態でいられるので、前よりは穏やかになっているような気がしています。

何でもとりあえず試してみること

―以前よりも、心に余裕ができてきたということですか?

貫地谷さん そうですね。なので、腑に落ちないことでもとりあえず試してみるというか、「減るもんじゃないし、やってみるか!」みたいに思えるようになったところもあります(笑)。

―そういう心がけは大事だと思います。では、美しさを保つために意識していることがあれば教えてください。

貫地谷さん 最近は食べるもので体も変わるんだなというのを感じているところです。気がつくと糖質オンパレードになっていることもありますし、つい最近もご飯2合といろいろなおかずを一気に食べ過ぎてじんましんが出てしまったことがあって……(苦笑)。そういったことも踏まえて、いまはバランスや必要な栄養素なども考えるように心がけています。

インタビューを終えてみて……。

気さくで優しいオーラに包まれている貫地谷さん。満面の笑顔もステキですが、年々大人の色気も増してきている印象なので、今後新たな一面が見られることを楽しみにしたいと思います。まずは、本作での心を揺さぶる貫地谷さんの熱演に注目してください。

誰の心にも訴えかける普遍的な人間ドラマ!

母の愛や親子の絆、そして家族の在り方を改めて考えさせられる本作。そして、取り返しのつかない過ちを犯したとき、それをどう乗り越え、どうやって周りが支えていくのかという現代社会の抱える問いにもひとりひとりが向き合ってみては?

ストーリー

鹿児島県にある小さな島に、東京からやってきた茜。食堂でテキパキと働き、島の人々からも人気があったが、自分のことを語ることはなく、謎に包まれていた。いっぽう、島で生まれ育った五月。不妊治療を断念するというつらい過去があったが、いまは夫と里子の豊和とともに幸せに暮らしていた。

特別養子縁組の申請を控え、“本当の母親”になれることに喜びを感じていた五月だが、行方不明だった豊和の生みの親の所在が判明。その背後には、ネットカフェで起きた乳児置き去り事件があることを知るのだった……。

胸が痛くなる予告編はこちら!

作品情報

『夕陽のあと』 
11月8日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー!
配給:コピアポア・フィルム
©2019長島大陸映画実行委員会
http://yuhinoato.com/

スタイリスト:番場直美
ヘアメイク:北一騎

ワンピース¥48,000(ラシュモン/ストローラーPR TEL:03-3499-5377)
イヤリング¥10,000(アンスリード/アンスリード 青山店 TEL:03-3409-5503)
シューズはスタイリスト私物