大学生がロマンス詐欺に手を染める? 辻村深月、新作は“詐欺”がテーマの作品集

2022.9.26
辻村深月さんの新作『嘘つきジェンガ』は、詐欺をテーマにした3作を収録。実はこれ、2012年に直木賞を受賞した『鍵のない夢を見る』と繋がりがある作品だ。『鍵~』は、どこにでもいそうな人々がままならない成り行きで泥棒や誘拐などの罪を犯す様子を描いた作品集で、初出は雑誌『オール讀物』だった。
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「次は詐欺の話を考えていたら、“枚数が揃ったのでこれで本にまとめましょう”と言われて書き損ねてしまったんです。それで、今度『オール讀物』で書く時は詐欺の話にしようとずっと思っていました(笑)」

本書で最初に書いたのは、巻頭の「2020年のロマンス詐欺」。大学進学で上京した春にコロナ禍で入学式が延期となり、一人孤独に部屋にこもる青年が友人からネット上のロマンス詐欺に誘われる。

「以前は振り込め詐欺などを考えていたんですが、10年経つうちに詐欺の形もずいぶん変わったので、人の恋する気持ちに付け込むロマンス詐欺を書きたくなって。実際に2020年は給付金詐欺に学生たちが協力してしまった出来事などもありましたよね。あの時期ってみんな不安で、情報が欲しくてネットにアクセスした結果、道を踏み外した人も多かったと思う」

これを書き上げた時、今回は詐欺をテーマにした作品集にまとめようと決めた。

「詐欺は人の願いや不安に付け込む犯罪。今を生きる人が何を望んでいるのか、何を怖がっているのか、時代の空気感が滲みますよね。それを小説の形で真空パックしてみたいな、と。それと、詐欺ってなんだかジェンガみたいだなと思って。自分が絶妙なバランスをとりながら相手がバランスを崩すことを祈り、崩壊したら終わるゲームですから」
 
2編目の「五年目の受験詐欺」は、息子が私立中学入試に臨む際、合格させるために夫にも黙って学校関係者という相手に金を払った母親の話だ。5年後、あれは詐欺だったと判明するのだが…。

「あらゆる詐欺の被害者が感情移入できる要因を持つ被害者を描き切りたいと思いました。被害者の中には、騙されたと分かった後も、当時の心理状態ではお金を払わない選択肢はないと感じる人も多いと思うんです。それにこの母親が息子の実力を信じられなかった後悔や、息子が実力で受かったんだと喜ぶ権利を奪われた悔しさを抱くように、いろんな感情が入り交じるんじゃないかな、って」

3編目は「あの人のサロン詐欺」。SNSで人気漫画の原作者と間違えられたことを機に、本人になりすまし、創作講座まで開き、長年にわたりファンを騙し続けている紡という女性が主人公だ。

「書いていてめちゃくちゃ楽しかったです。もしも自分になりすましてサロン詐欺を働いている人がいたら、私は絶対に参加しに行きたい(笑)。偽者の言動を見て、私ってこういう発言をする人だと思われているのか、とか自分を客観的に知れそうです」

紡は、作品解釈でも講座でのアドバイスでも、本人が言いそうなことを徹底的に研究している。

「彼女はお金のために騙しているのではなく、充実感や高揚感、自己実現感が欲しいんですよね。やっていることは詐欺ですが、そのためにめちゃくちゃ努力していて、なんだか愛おしい」

しかし、予想外のところに落とし穴が待っていて…。

どの話も、終盤に予想外のもう一展開が待っていて、さらなる驚きだけではなく、読み手の心を揺さぶる結末となる点が秀逸だ。

「3編とも詐欺というジェンガは崩壊しますが、今回はその先を書きたい、というのがあって。失敗してもう終わりだと思っても、意外と人生って終わらない。そこからも生きていかなければならない強さを書きたかったんです。現実の世界で人のミスを許さない風潮がすごく強くなったと感じるので、あえてこういう話にしたくなった気がします。誰かの生き方を他者が正解か間違いか、幸せか不幸かを評価することなんてできない、ということが3編ともに表れていたら、嬉しいです」

『嘘つきジェンガ』 大学進学で上京したが、コロナの影響で入学式は延期。自宅で孤独に苛まれる耀太は妙なアルバイトに誘われ…。「2020年のロマンス詐欺」ほか2編。文藝春秋 1815円

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つじむら・みづき 2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞しデビュー。’11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、’12年『鍵のない夢を見る』で直木賞、’18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。

※『anan』2022年9月28日号より。写真・増田彩来(辻村さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)