志村 昌美

升毅「まだ悲しみとの距離が全然取れていない」急逝した監督への特別な思い

2021.10.15
東日本大震災から10年という節目を迎えた今年、改めて命の重みや大切な人を亡くす悲しみと向き合った人も多いはずです。そんな思いに寄り添ってくれるのは、まもなく公開を迎える注目のドキュメンタリー『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3.11をたずねて』。そこで、本作についてこちらの方にお話をうかがってきました。

升毅さん

【映画、ときどき私】 vol. 420

今回、2020年3月に急逝した映画監督で親友の佐々部清監督に縁のある場所を旅することになった俳優の升さん。本作では、東日本大震災の被災地で映画作りを考えていた監督の思いを胸に、岩手県陸前高田市の山奥へと向かい、亡くなった人へ宛てた手紙を受け取ってくれる「漂流ポスト3.11」と出会います。そのなかで知った悲しみとの付き合い方や佐々部監督への思い、そして自身のこれからについて語ってもらいました。

―まずは、本作への出演を依頼されたときのお気持ちからお聞かせください。

升さん もともとは劇映画の企画として関わっていたんですが、「漂流ポスト3.11」に手紙を書く人と管理する人を中心にしたドキュメンタリーに変わったと聞いていたので、一旦は僕の手から離れた作品でした。ところが、佐々部監督が突然亡くなってしまったことで、僕たち自身が手紙を書く側となり、すべて自分たちのこととして受け止めなければならなくなったのです。

そこで、本作の野村(展代)監督が「自分たちの思いも乗せた映画として作りたい」ということで、僕を指名してくださいました。普通の映画のオファーをいただく喜びとは違う意味で、うれしかったですね。もし、僕以外の人がすると聞いたら、きっとすごく寂しい気持ちになったと思いますから(笑)。それくらいこの作品に声をかけてもらえたことは、ありがたいことでした。

―とはいえ、カメラの前でご自身の悲しみと向き合うことに抵抗はありませんでしたか?

升さん それはなかったですね。というのも、佐々部監督が亡くなったことを受け入れられない日々がずっと続いていたので、この作品を通じて監督に関われる喜びのほうが大きかったからかもしれません。台本があるわけではないので、ただそこにいて感じることしかできませんでしたが、それでいいと言っていただいていたので、「カメラの前で何かをしなければいけない」という感覚は一切ありませんでした。

悲しみには距離があることを知った

―本作では、取材される立場でありながら、大切な人との別れを経験した方へ取材する立場も担っていらっしゃいました。そういった経験から得たものもあったのではないでしょうか。

升さん 今回、僕は“悲しみの距離”というものを知りました。それが時間によるものなのかは、いまでもわかりませんが、距離が取れるようになって初めて、ようやく思いを言葉にすることができるのではないかなと。そういった経験をされた方々の言葉は、本当に心に刺さるものがありました。ただ、僕はまだ悲しみとの距離が全然取れていないので、頭のなかでいろいろな言葉がめぐってはいるんですが、言葉として出てこないんですよね。そういったことを感じる瞬間は、撮影中もたくさんありました。

―実際に「漂流ポスト3.11」に行かれてみて、印象に残っていることがあれば教えてください。

升さん ポストを管理されている赤川勇治さんから聞いて驚いたのは、そもそも手紙を書くことすらできない人が多くいるという話。だからこそ、その一歩を踏み出すことができた方々の手紙を見ることで人の強さに触れることができましたし、書いた方のことを考えるだけで僕のなかでもいろいろな感情が湧き上がりました。

最初は「どうしていなくなってしまったの?」と書かれていた手紙が、だんだん「そっちはどう?」と変わっていく。そんなふうに、手紙を書いている方も、悲しみから生きていくほうへとシフトしていくんですよね。そういった手紙の数々を目にして、あのポストにはすごい力があるんだと改めて感じました。

乗り越えようとしなくても、寄り添うだけでいい

―コロナ禍では、大切な人と突然の別れを経験している人も増えていると思います。そういった悲しみを抱えている方に、升さんからどんな言葉をかけたいですか?

升さん 僕なんかが言えることなんてないですが、映画のなかで出会った住職から「悲しみを乗り越えようとしなくてもいい。寄り添っているだけでいいんですよ」という言葉をいただいたときに、僕自身は少し楽になりました。

なので、いまつらい思いをしている方には、そのお話をしてくださった住職の力強くも優しい言葉をお借りして届けられたらいいなと。そういった考えに触れることで少しずつでも、変わっていってもらえたらと思っています。

―家族との別れを経験している私も、升さんと同じくこの言葉には救われました。そのほかに、撮影中の忘れられない出来事などもありましたか?

升さん 本作で撮影と共同監督を務めたカメラマンの早坂(伸)ちゃんと野村監督と僕の3人は、2014年の『群青色の、とおり道』からの付き合いで、佐々部組では同期生なんです。そういったこともあって、すごくざっくばらんに撮影は進んだんですが、だからこそ時々2人が「このあと部屋に升さんだけ残してしゃべらせよう」とかきついことを要求してくるときもありましたね(笑)。

ただ、そのなかで気がついたのは、言葉の重み。どうでもいい言葉はどんどん出てくるのに、本当に伝えたいことを言おうとすると、いろいろな映像や思いは浮かんできても「こんな言葉で言いたいんじゃない」と考え込んでしまい、なかなか口から出てこないんですよ。

しかも、すごく時間をかけて出た言葉がものすごくシンプルな言葉だったりして……。そんな自分にがっかりしたこともありました。でも、「考え抜いて出た言葉は、何も考えずに出たものとは全然違う」と野村監督たちが言ってくれたので、これはこれでよかったのかなと。台本がないぶん、次に何が来るのか毎回ドキドキしていました。

いい感じに歳を重ねられているのは、佐々部監督のおかげ

―佐々部監督へ伝えたい思いについて触れるシーンでは、そういった時間をかけて出た言葉だからこそ、シンプルでも心に響くものがありました。では、この作品を経て、いま佐々部監督に伝えたいこととは?

升さん 映画を撮っていたときとあまり変われていない部分がまだあるので、いまでも「今度どこ行く?」みたいなことを言ってしまいそうですね。生前、これから一緒に撮ろうと話していた作品が2本ありましたが、野村監督がこの作品を形にしてくれたことで、佐々部監督と面と向かえるところはあるのかなと。とはいえ、できが悪かったら怒られるんでしょうけどね……。

あとは、「升さんすぐ泣くから!」とからかわれそうです(笑)。でも、そういったことも酒の肴にしながら佐々部監督と一杯やりたいですね。

―情景が目に浮かびます。改めて佐々部監督が遺してくれたものについて、どのように感じていますか?

升さん 作品を残してくださったことはもちろんですが、やっぱり佐々部組の仲間たちではないでしょうか。今回のことでより絆が強くなりましたし、どれだけみんなが監督のことを好きだったのかもよくわかりました。これからもそれはずっと続いていくものなので、僕たちにとっては財産でもありますね。もちろん監督にはまだまだいてもらいたかったですが、そういったことを強く感じました。

―本作のなかで驚いたのは、初めて一緒にお仕事された際、これだけ長いキャリアのある升さんの演技に対して佐々部監督がかなりダメ出しをしたというエピソード。升さんにとっては転機のひとつになったと思いますが、そこで新たに見えたものもあったのでしょうか。

升さん 本当に、まったく違う世界が見えましたね。というのも、それまでやってきたことを間違っていると自分では思っていなかったですし、これからもそのスタンスで続けて行く予定でしたから。でも、佐々部監督と出会ったことで、60歳にしていままでやったことのない演技の仕方に挑戦することになりました。

結果的にそれがいまにも、そしてこれから先にもつながっているので、そういったものをいただけてよかったなと。俳優としても、人としてもいい感じに歳を重ねられるようになったので、そのきっかけをくださったことには感謝しかないです。

イケオジの先に、何かいいものを見つけていきたい

―最近は、「イケオジ」としても注目を集めていますよね。ご自身ではこういう形で人気が出ることを想像されていましたか?

升さん まず確認したいのは、「イケオジ」って「イケてるおじさん」ということですよね? パッと見はおじさんに見えているかもしれないですけど、僕はもう65歳のおじいさんですよ。だから、本当は「イケおじい」なんじゃないかなと思ったり(笑)。でも、そう言っていただけることはありがたいことですよね。

あとは、役者として「この人が出てると安心する」とか「この人の表現がおもしろいな」と思っていただけて、それがイケてると感じていただけたら何よりもうれしいなと。もし、あのとき佐々部監督に出会わず、ダメ出しをもらっていなかったら、いまごろは「イケメンぶってる気持ち悪いおじさん」のほうのイケオジになってたかもしれないです(笑)。繰り返しにはなりますが、そういう意味でも監督には本当に感謝しています。

―それによって、年齢を重ねることに対しての考えにも変化があったのではないかなと。

升さん そうですね、年を取ることからくる豊かさみたいなものを感じることはありますね。1日1日がどんどん過去になっていきますが、昔のことも含めてすべてが財産。そういったものが自分のなかに残っていくというのは、すごくいいことだなと思います。

―これから挑戦したいことなどもありますか? イケオジの先に目指してらっしゃることがあれば、教えてください。

升さん イケオジの先……何があるんでしょうか(笑)。でも、何かいいものを見つけたいですね。もちろん、体力的に難しいこともあるかもしれませんが、いままでやってこなかったことは全部やってみたいという思いはつねにあります。毎年新しい自分に生まれ変わっているような感覚ですし、まだまだ全然やり切っていないという気持ちでいるので。具体的には決めていませんが、「その年齢でそれはできないでしょ!?」とみなさんが考えることに挑戦できたらいいなと思っています。

インタビューを終えてみて……。

愛情深くて、優しいオーラに包まれている升さん。放たれる言葉のすべてから佐々部監督への溢れる思いがひしひしと伝わってきて、こちらまで胸が熱くなりました。取材中、隣で微笑みながら話を聞いている佐々部監督の姿が見えるような感覚に陥ってしまったほどです。

撮影では、お茶目な一面を見せるいっぽうで、ダンディな表情も決めており、さすがのイケオジっぷりを発揮。劇中でも、さまざまな表情を見せる升さんに注目です。

言葉や手紙が持つ計り知れない力に救われる

大切な人を失った悲しみを消すことはできなくとも、人はその思いとともに前へ進むことができるのだと教えてくれる本作。胸の奥に閉じ込めた言葉にできない気持ちを代弁し、寄り添ってくれる升さんとともに、自分なりの新たな一歩を踏み出す旅へと歩きはじめてみては?


写真・北尾渉(升毅) 取材、文・志村昌美
ヘアメイク・白石義人、スタイリスト・三島和也
コート¥39,600/BRU NA BOINNE(BRU NA BOINNE DAIKANYAMA 03-5728-3766)※その他スタイリスト私物

心が動かされる予告編はこちら!

作品情報

『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3.11をたずねて』
10月16日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
配給:アークエンタテインメント
https://hyoryu-post.com/
©2021 Team漂流ポスト