志村 昌美

『名探偵コナン』目暮警部のモデル、メグレ警視が身元不明な女性の殺人事件に挑む【映画】

2023.3.16
映画や小説において、人気の高いジャンルといえばミステリー。そこで今回ご紹介するのは、生涯で400冊以上を執筆し、発行部数5億部以上を誇る世界的な推理作家ジョルジュ・シムノンの大ヒットシリーズを映画化した話題作です。

『メグレと若い女の死』

【映画、ときどき私】 vol. 557

1953年のパリ。ある夜、シルクのイブニングドレスを着た若い女性の刺殺体が発見される。不釣り合いなほどの高級ドレスは血で真っ赤に染まり、5か所にも及ぶ執拗な刺し傷があった。

この謎めいた事件を担当することになったのは、警視庁犯罪捜査部のジュール・メグレ警視。しかし、死体のそばに持ち物はなく、事件を目撃した人もいないため、彼女が誰なのかわからないままだった。わずかな手がかりをもとに、メグレは犯人を捜し始めることに……。

これまでに、さまざまな国で何度も映像化されてきたメグレ警視シリーズ。日本では、アニメ『名探偵コナン』に登場する目暮警部のモデルとしても知られています。今回は、本国フランスで初登場1位を獲得した本作についてこちらの方にお話をうかがってきました。

パトリス・ルコント監督

(C) CLAIRE GARATE
(C) CLAIRE GARATE

カンヌ、ベルリン、ヴェネチアという世界三大映画祭すべてでノミネート経験があり、フランスの名匠と呼ばれているルコント監督。日本では『髪結いの亭主』をはじめとする数々の作品をヒットさせ、90年代のミニシアターブームを牽引した監督の1人とされています。

本作では、自身の代表作『仕立て屋の恋』の原作者であるシムノン作品に再び挑戦。そこで、物語の魅力や名優との現場で感銘を受けたこと、そして映画作りでのこだわりなどについて語っていただきました。

―前作からは8年ほど間が空きましたが、本作の準備に時間がかかっていたのか、それともなかなか撮りたい題材と出会えなかったのか、新作が完成するまでの経緯についてお聞かせください。

監督 私にとってこの作品は30本目の作品ですが、実はそれ以外に30本ほどのプロジェクトが流れてしまった経験をこれまでしてきました。なので、この作品に出会うまでも、本当はたくさんのおもしろい企画があったんですよ。なかにはキャスティングまで進んだのに、まるでトランプで作ったタワーが突然崩れ落ちるようになくなってしまったこともありましたから。貴重な時間を無駄にしてしまった気持ちはありますが、映画界においてはよくあることですね。

ただ、本作に関しては予算面で難しい時期があったくらいで、そのほかはスムーズにいったほうかなと。脚本の執筆は2か月ほどで、撮影も6か月で終えることができました。

犯人探しよりも、犠牲者にスポットを当てていて感動した

―メグレシリーズには75の長編と28の短編がありますが、そのなかから監督が選んだのは1954年に発行された小説「メグレと若い女の死」。理由のひとつは事件の舞台がパリだったからだそうですが、なぜですか? 

監督 今回、パリであることは私にとって非常に大事な点であり、その思いは本作の脚本家であるジェローム・トネールとも共通していたことでした。なぜならメグレ警視がセーヌ川やパリの街のなかを歩いている姿を描きたかったからです。もちろんこのシリーズでは、地方を舞台にした作品もありますが、我々のメグレ像を作り上げるうえでは、パリであることが必要だと思ってこの作品を選びました。

―そのほかにも、映画化したいと思うに至った要素があれば、教えてください。

監督 本作は、「名前も年齢もわからない若い女性が理由もなく血だらけで殺されてしまう」という珍しい設定で物語が始まります。そんななかで私が感動的だと思ったのは、メグレ警視が犯人捜しよりも犠牲者である女性にスポットを当てて調べていくところです。そういうところにも、魅力を感じました。

―メグレ警視を演じたジェラール・ドパルデューさんの存在感と重厚な演技が素晴らしかったですが、現場での様子はいかがでしたか?

監督 以前からドパルデューの作品は観ていましたし、私にとっては大好きな俳優の1人でした。ただ、これまで一緒に仕事をする機会はなかったので、直接会ったのは今回が初めてです。まず感銘を受けたのは、彼の仕事に対する姿勢。現場ではほかの俳優たちと直前まで冗談を言い合ったり、その場の雰囲気をおもしろく盛り上げたりしてくれるのですが、いざ「スタート」の声がかかると1~2秒ほどで役に入り込み、完全に役になりきってしまうのです。その様子については、驚くしかありませんでしたね。

そこで、あるとき「なぜそんなふうにすぐに役に入れるんですか?」と彼に聞いてみました。すると、彼は「自分が役に集中するための方法は直前に役から離れること」だと教えてくれたのです。そういう方法を取っていると知り、さらに感銘を受けたことを覚えています。

ドパルデューとメグレ警視の共通点は、観察眼の鋭さ

―それは非常に興味深いですね。メグレ警視の役はこれまでにいろんな国の俳優が演じていますが、ドパルデューさんだからこそ表現できたと感じた部分もありましたか?

監督 私が個人的に気づいたこととしては、メグレ警視とドパルデューは両者ともに自分の周りにいる人たちを非常によく見ているということでした。特にドパルデューは、現場でもすべての人々に注意を払っていましたから。そんなふうに観察眼が鋭いのが2人の共通点ですが、だからこそドパルデューはメグレ警視を見事に演じてくれたのだと思います。

―ちなみに、日本では国民的アニメの重要なキャラクターのモデルにもなっていますが、世界中にメグレ警視が広がっていることについては、どう感じていますか?

監督 メグレという人物は、非常に普遍的な存在と言えるのではないでしょうか。国籍を問わずどんな人にでも感動を与えられますし、彼のなかに自分を見い出すこともできるので、私からするとユニバーサルな人物だと思います。なので、メグレがあらゆる国の人に受け入れられていることはうれしいです。

―監督から見たシムノン作品の魅力は、どんなところでしょうか。

監督 私がシムノンの作品に出会ったのは、14歳か15歳のとき。旅行で不在にしていた両親の代わりに私の世話をしてくれた祖母が勧めてくれたのがきっかけでした。私がシムノン作品で一番好きなところは、無駄がないところ。短い作品でも本質的なことをすぐに教えてくれる文体なので、必要ないところをそぎ落として大切な部分を描くのが上手な作家だと思います。

そして、その方法というのは私が映画を作るときのやり方とも非常に類似しているのではないかなと。おそらくそれがいまでも私が彼に惹かれている理由の1つです。実際、今回の映画も90分以内という長編のなかでは比較的短い尺の作品となっています。

重要なシーンでも、何度も撮る必要はない

―監督には「俳優たちが最高のパフォーマンスをするのは、最初の1回目か2回目」という持論があり、今回もその撮影方法を取り入れられたそうですね。

監督 私は撮影のときに何度も撮り直しをするのがもともと好きではないタイプの監督なので、今回もその考えは事前に伝えました。これまで出演してくれた俳優たちもその方法に賛同してくれる方々が多かったですが、ドパルデューも喜んでいてくれていたようです。

たとえ重要なシーンであったとしても、10回以上とか何度も撮る必要はない。それよりも1回か2回くらいで終わるほうが感動的なことですし、仕事のクオリティとしてもそのほうが高いと考えています。

―本作でも、その方法が功を奏したと感じたシーンなどもあったのでしょうか。

監督 それはすべてのシーンにおいて言えることでもありますが、そのなかから1つを挙げるとすれば、メグレ警視がある人物に「自分の子どもが死んだときには、すべてを失い何も残らない」と言われるところです。彼は「知っている」と返事をしますが、ドパルデュー自身も実の息子を亡くしているので、ここは観客にとっても心に刺さるのではないかなと。この場面では何度も撮ることはあえてせず、ワンテイクで撮ったので非常に印象深く残っています。

―長年、映画づくりと向き合うなかで創作意欲の源となっているものとは?

監督 私が描く映画ではキャラクターに焦点を当てているものがほとんどですが、新しいストーリーを考えるとき、私の場合は人物第一主義。まずは自分の周りにいる人たちを観察し、それをストーリーに落とし込むことが多いです。なので、私にとっては人物を掘り下げることがインスピレーションの源であり、またモチベーションの源でもあります。

もっと身の周りに目を向けて、大事にしてほしい

―また、これまで日本には何度かいらっしゃったことがあると思いますが、日本に関する思い出があれば、お聞かせください。

監督 日本での思い出はたくさんありますが、これまでは自身の作品をプロモーションするための来日だったので、ホテルの部屋でジャーナリストたちと会っている時間のほうが長かったかもしれません(笑)。

そんななかでも、東京の街を散歩することがありましたが、驚いたのはパチンコに興じている人たちを見たとき。私にとってはうるさくてわけがわからなかったですが、パチンコ玉を耳栓にしてまでやっている彼らの熱量がすごくて私にとってはおもしろい体験でしたね。

―確かに、見慣れない方にとっては珍しい光景かも知れませんね。

監督 あと、個人的に日本の習慣でいいなと思うのは、距離を取りながらお辞儀をして挨拶をしているところ。フランスでは握手やキスをするのが普通ですが、コロナ禍でそれができなかったときに「日本人のようにすればいいんだよ」と冗談で言ったこともあったくらいです。素敵な習慣なのでフランスでも広まったらいいなと思いましたが、いまだにそれは難しそうですね。それから、日本では若者たちが着ている服に対してこだわりを持ってオシャレをしている姿にも感動しています。

―ありがとうございます。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 私はあまりメッセージを送るのが得意なほうではないのですが、日本の方だけでなく、地球上すべての人に対して言えることがあるとすれば、「人生ではあまり先を急がないでください」ということでしょうか。自分の近くにいる人たちや身の周りで起きていることに目を向け、そしてそれを大事にしてほしいということは伝えておきたいと思います。

難事件の裏に隠された謎解きと人間心理に迫る!

事件の真相を暴くだけでなく、被害者女性の生涯とメグレ警視が抱える闇にも迫っているヒューマンミステリー。ルコント監督ならではの鋭い洞察力と繊細な心理描写によって、深い余韻と感動が味わえる珠玉の1本です。


取材、文・志村昌美

心がざわつく予告編はこちら!

作品情報

『メグレと若い女の死』
3 月 17日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか 全国順次公開
配給:アンプラグド 
https://unpfilm.com/maigret/
️(C)2021 CINÉ-@ F COMME FILM SND SCOPE PICTURES.