志村 昌美

昔の恋人がアルツハイマーを発症…43年の時を超えた思いが奇跡を起こす

2021.1.14
女性たちから人気の高いジャンルの映画といえば、ラブストーリー。いくつになっても胸のトキメキを味わうのは大切なことですよね? そこで今回ご紹介するのは、時代を超えて描かれる“愛の物語”です。それは……。

感動を呼ぶ『43年後のアイ・ラヴ・ユー』

【映画、ときどき私】 vol. 352

妻を亡くしたあと、ロサンゼルスの郊外にひとりで暮らしていた70歳の元演劇評論家クロード。近所に住んでいる親友のシェーンとともに、老後を楽しんでいた。そんなある日、クロードにとっては忘れられない昔の恋人で、人気舞台女優だったリリィがアルツハイマーを患わせて施設に入ったことを知る。

もう一度リリィに会いたいと強く願ったクロードが思いついた一世一代の嘘は、なんとアルツハイマーのフリをしてリリィと同じ施設に入居するというものだった。ようやくリリィと再会でき、喜ぶクロードだったが、彼女の記憶から自分のことが完全に消し去られていることに気がつく。そして、クロードは“ある作戦”を実行することに……。

美しい物語に加え、数々の巨匠監督に愛されてきたハリウッドのレジェンドであるブルース・ダーンが魅せる名演技にも注目が集まっている本作。今回は、こちらの方にお話をうかがってきました。

マーティン・ロセテ監督

現在、ニューヨークに拠点を置いて活動を続けているスペイン出身のロセテ監督。短編映画の制作で高く評価されたあと、長編を手掛けるようになり、今回で長編映画2作目となります。そこで、本作が誕生したきっかけや作品を通して伝えたい思いなどについて語っていただきました。

―まずは、本作の脚本との出会いやどのあたりに惹かれたのかについて教えてください。

監督 前作の撮影が終わったあと、「映画を通して何か特別なものを伝えたい」と考えていた僕は、次の映画の題材を探すためにいろいろな脚本を読んでいました。そんなときに、脚本家であるラファ・ルッソから本作のアイディアを聞き、最初の5分だけでこの物語にほれ込んでしまったんです。「スウィートな物語を描きたいけれど、よくあるラブストーリーにはしたくない」と思っていた僕にとってまさにぴったりな作品だなと。

なぜなら、ありきたりなラブストーリーではないうえに、ユーモアもあると感じたからです。さらに、物語のメインが年配の方々であることも、アルツハイマーという病に対してリスペクトを持った形で描いているところも、この作品の特別なところだと思います。

アルツハイマーの違う側面に焦点を当てたかった

―確かに、一般的にはネガティブな部分を取り上げられることが多いアルツハイマーも、本作からは違う印象を受けました。アルツハイマーを描くうえで、注意したことはありましたか?

監督 僕の家族にもアルツハイマーを患っている人がいますし、実は本作のプロデューサーのひとりもまさにいま闘病中なので、コメディ要素はありつつも、そのあたりはしっかりと配慮して描かなければいけないと感じていました。つまり、超えてはいけない一線があるということ。非常に難しいところではありましたが、そこを超えてしまうと、現在病気と闘っている方々やその家族を傷つけてしまうことになると思ったからです。

もちろん、これまでにアルツハイマーのつらい部分を描いている作品で素晴らしいものもありますが、今回はそれとは違う側面を見せたいというのがありました。特に、愛やユーモアの部分に焦点を当てたいなと。それは自分にとって大きな挑戦でしたが、とにかくリスペクトを持って描くことを大切に作品づくりと向き合いました。

―アルツハイマーについてリサーチを重ねるなかで、印象に残っていることはありますか?

監督 制作にあたっては、アルツハイマーに関するドキュメンタリーや本など、かなりたくさんの資料に目を通しました。そのなかでも特にリサーチを重ねたのは、楽器を弾いたり、歌ったり、アートにかかわったりするような方々の症状について。そのあたりは参考にさせてもらったところです。

また、今回は僕たちのアルツハイマーに関する描写が正確であるかどうか、配慮がきちんとされているかどうかを確認するために、アルツハイマー協会に脚本を読んでもらうようにお願いしました。協会の方々からは、非常にポジティブなフィードバックが戻ってきたので、安心しましたし、すごくうれしかったです。

毎日マスタークラスに通っているような現場だった

―劇中では、キャストのみなさんが非常に魅力的でした。主演のブルース・ダーンさんをはじめ、ベテランの方が多い現場で学んだことがあれば教えてください。

監督 ブルースは、そうそうたる監督たちと仕事をしてきた経験豊富な俳優。アルフレッド・ヒッチコックからもらったアドバイスや僕が敬愛するスティーヴン・スピルバーグとのエピソードなど、いろんなことを教えてくれたので、毎日マスタークラスに参加しているような感じでしたね(笑)。

今回の撮影のあとには、クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でブラッド・ピットとの共演シーンが控えていて、そのスケジュールに合わせるために彼だけ2日早くクランクアップした、なんてこともありました。

僕が尊敬する監督たちがどんなふうに映画を撮っていたのかということを知ることができただけではなく、ブルースたちからは人への接し方も学ぶことができたので、自分にとってはとても身になることが多い現場だったと思います。

―素晴らしい現場だったんですね。では、彼らの演技に驚かされたようなこともありましたか?

監督 クロード役のブルースとシェーン役のブライアン・コックスが同じフレームに収まっているだけでも興奮しましたが、おもしろかったのは、彼らの演技に対するアプローチが正反対であること。ブルースは毎回アドリブをたくさんかますようなワイルドなタイプの役者なんですけど、ブライアンはいわゆる英国系の脚本を全部しっかり頭に入れてその通りに演じるタイプの役者ですから。

でも、それが夢見るようなところのあるクロードと真面目な性格のシェーンというそれぞれのキャラクターとも重なっていて、それを見ることができたのは楽しかったです。そういった2つのエネルギーが現場ではいい形で合わさっていたように感じています。

人は愛のためなら信じられない力を発揮できる

―本作からは、愛には人の想像を超える力があるとも感じさせられましたが、監督にとって愛とはどのような存在ですか?

監督 愛とは宇宙で一番力があるものじゃないかな、というふうに僕は思っています。愛する誰かと一緒にいるためだったら、人は信じられない力を発揮することができますからね。はたから見るとちょっとクレイジーなことでも人は愛のためだったら、何でもできるんですよ。

僕は世界を動かすことできる力のなかで、愛が一番ステキなものだと思っています。だからこそ、「恐怖や不安ではなく、もっと愛のほうに目を向けてみましょう」というのをこの映画でも描いているのです。

―素敵ですね。また、手紙やセリフからは言葉の持つ力や美しさにも魅了されました。監督自身が大切にしている言葉があれば、ぜひ日本の観客にも教えてください。

監督 僕はよく瞑想をするのですが、そのときにいつも思い浮かべている言葉は、「Everything will be fine」。つまり、「すべてはうまくいく」という考え方ですね。

それから、いつも忘れないようにしているのは、「僕たちがいまここに存在しているのは一瞬なんだ」ということ。人は心配しすぎると恐怖心から動けなくなってしまうこともありますが、心配ばかりしていると時間が無駄に過ぎてしまうことがありますから。その真逆が劇中のクロードですが、他人が自分のことをどう思っていたとしても、自分が正しいと感じる行動を心のままにすることが大切なんだと僕は考えています。

愛を語るのに年齢は関係ない!

一途な愛と優しい嘘が引き起こす奇跡のラブストーリー。愛の持つ力や人と人の絆について改めて考えさせられる時代だからこそ、その重みにも心が動かされるはず。身も心も冷え切ってしまいがちなこの時期にぴったりの温かさが詰まった1本です。


取材、文・志村昌美

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作品情報

『43年後のアイ・ラヴ・ユー』
1 月 15 日(金)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:松竹
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