仕事や将来の不安を感じたら…健やかになれる「簡単な食習慣」#5

取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani — 2019.10.17
”食べる”。それは「マイナス3kg」や「ツヤ肌」を叶えてくれるだけでなく、心の病気を改善してくれたり、地球温暖化にも大きな影響を与えるという現実を作り出す魔法のような威力を秘めています。そこで、世界でもっとも影響力のある100人に選ばれたアメリカの人気ジャーナリストと、禅の心を食卓から伝える日本のお坊さんから、「今すぐできる」心と体に良い食べ方を学んでみませんか。

【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 5

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手に取るのは、リンゴか、はたまたオールドファッション・ドーナツか。私はチョコがけのオールドファッションに目がありません。

健康やスタイルを気にして、食べるものを選ぶ。それはたくさんの人が行っていることでしょう。でも、気分や感情面の影響を考えて選択するという人は、多くはないのではないでしょうか。

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うつ病の改善に、食事が影響する。

そんな折に、バランスのよい食生活がうつ病の改善に大きな影響を与える。オーストラリアの研究者たちによって、そんな論文が発表されました。うつ病患者を対象にした12週間の研究です(1)。

研究中にうつ病の患者たちは、精神的サポートグループと、食べ方サポートグループに分けられました。

精神的サポートグループの人たちは、会話の訓練を受けた研究補助と定期的に対話する機会を得て、食べ方サポートグループの人たちは、栄養相談(A)や食べ方指導(B)を受けました。

A…未精製の穀物、野菜、豆類やフルーツを中心とし、菓子やファストフード類、精製されたシリアル、揚げ物、肉加工品や精製飲料水をなるべく避けるように指導を受ける
B…五感で味わって食べる方法、マインドフルネス・イーティングなど

そして12週間後の結果はというと、食べ方サポートグループのたちのほうがなんと4倍以上もうつ状態が減少したのだとか。

驚きの結果ですね。食べ方は、心の状態に大きな影響を与えるのです。冷静に考えると、そう然るべきですよね。

食べるものとわたしとは別物のように見えますが、やがてそれは自分の血となり骨となりホルモンとなり神経伝達物質となっていく。目の前の食べものは自分の心と体になるということですから。

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©星覚

となると気になるのは、何を食べたら良いの? ということ。

「心に良い食べ物を」と考えた場合にはやはり、環境にもおいしいものをと意識は向かうのではないでしょうか。

食事しなさい。多すぎず。植物を中心に。

そのひとつの答えとしてアメリカでよく語られるのが、マイケル・ポーランさんが提唱する「食事しなさい。多すぎず。植物を中心に」です。(Eat Food. Not too much. Mostly plants)

ポーランさんはTime誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる非常に有名なジャーナリストです。8歳から家庭菜園で野菜を育て、農業に関する本やフードチェーンにおいてそれが健康に及ぼす影響などについて執筆されてきました。

私たちが完全菜食者になると70%、菜食者(乳製品と卵を含む)で63%の温室ガス排出が2050年までに減らせると予見するオックスフォード大学の研究もありますが、では彼は菜食主義なのか? というと、そうではありません。

例えばモンゴルのある土地など野菜はすべて輸入で、冬は気温が零下40度。動物をまとめて殺してみんなで分け合い、大切に食べるのだそうです。そして乳が出る春になれば、乳製品をいただく。極端に言えばこのような地では地球の営みとともに食事をしていますが、完全菜食は成り立ちません。

また有機農業生産製品だとしても、大量生産された食品にはたくさんの化石燃料が使われています。ポーランさんによれば、使用エネルギーの8割近くは生産ではなく、加工と輸送に消費されているのだとか(2)。つまり野菜が良くて肉が悪いと言った、十把一絡げに言えたものではないところもあります。

そこで「植物を中心に」という点がポイントで、ポーランさんは自他ともに認める持続可能な地産地消の植物を中心とした雑食主義者です。

料理から、すべてが始まる。

そんな彼が最も大切にするのは、食べるものに対する深い気づきと敬意です。

著書『人間は料理をする(Cooked)』(NTT出版)で、それは料理をすることで得られる、とポーランさんは断言します。料理をすると材料のことがよくわかるようになるからです。

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実践型ジャーナリストの彼は、豚を丸焼きするために、本物のバーベキューを作るべく、ときにはうっかり家ごと燃やしてしまうというマスターに弟子入りしたりもします。

ビールを醸造し、チーズを作り、豚の肩肉を煮込むと、それらすべてが単なる製品ではなく、「もの」でもないことが否応なく了解される。

骨つきの豚の肩肉を切ることは、それが大きな哺乳類の肩の筋肉であり、本来の目的は、わたしの腹を満たすことではなかったということを、ありありと思い起こさせる

とお話されます。私がそれをもっとも強く実感できたのは、やはりアメリカの禅センターで典座(料理長)と毎日30〜100人の人たちに食事を作っていたときでした。

山での生活は、テレビやカフェは無し、恋愛も禁止。坐禅や肉体労働の毎日のなか、心をほっとゆるめてくれるのは食事。わたしにはネイティブ・スピーカーの彼らのように英語を巧みに操り、みんなを笑わせたり、ほっとさせることができない。そこで、自分の思いを料理に注ぐことにしました。

決して料理が得意なわけでも、日常的に料理をするわけでもなかった私ですが「おいしい日本料理を食べて、知ってもらって、幸せになってほしい」。

余り物でベジタリアン寿司を作ったり、柚子が無いのでレモンの皮をあしらってふろふき大根をしてみたり、坐禅の後で料理が冷めてもふんわりするようにと隠し味にマヨネーズを入れて日本の卵焼きを作ってみたり、と工夫を重ねました。

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並べられた食事に目がほころばせた仲間たちやゲストたちを見て、「あぁ良かった、喜んでもらえた」と私は次第に輝き始めました。

恵みの食卓。

禅センターにある農園でアマランサスやネギなどを摘みながら料理していると、農家や漁師といった生産者のみなさん、それを運ぶ輸送業者の人々、スーパーなど販売店の方と、食には本来あらゆる人たちとの関わりがあるのだと気づかされます。

そして、当のカボチャやニンジン、卵や牛は、何の報酬をもらうこともなく、その命を私たちに投げ出してくれているということも。

日本を離れてアメリカに行ったことで改めて、それらすべてに感謝の気持ちを込めて、手を合わせながら、食前の言葉「いただきます」を言う、私たち日本の文化は素晴らしいと思いました。

「いただきます」の心といえば、先日鎌倉で開かれた禅とマインドフルネスの国際カンファレンス「Zen2.0」を訪ねたときのこと。

そこで、緑泉寺の青江覚峰さんは、シングルオリジンのカカオ豆とオーガニックのきび砂糖のみで作られたサンフランシスコ発のビーン・トゥ・バー「ダンデライオン・チョコレート」を5粒、ひと粒につきひとつの問いかけをし、味わいながら食べるというデモンストレーションを行われました。

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その問いかけとは以下の5つです。

心の栄養になる、食前5つの問いかけ。

1. 食べものが供されるまでの、人々の思いやいのちに目を向ける。
2. 食べものを受ける資格が自分にあるのかを問う。
3. 貪りの心をはなれ、慎みの心を起こそうと思う。
4. 食べものが自分の体を作るものであることを感じる。
5. 生きるためのものであることを感じる。

どんなものを選ぶのか、どう料理するのかも重要ですが、目の前の食事を前にこのように自問自答すること。すべての命に愛と尊敬を持って、それを大切に思うこと。おかげさまで生きていることに感謝の気持ちをもつこと。大きな心の栄養は、まずそこから始まるのだと思います。

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土居彩

編集者、ライター、翻訳者。株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にて、畏怖の念について研究するダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、13世紀の道元禅師を初めて英訳し欧米に伝えた禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)を翻訳中。恩人たちに支えられ続けながら、会社を辞めて渡米奮闘したドタバタな当時の様子を綴ったananweb連載『会社を辞めて、こうなった』も。https://greenz.jp/author/doiaya/

1. Jacka et al. BMC Medicine (2017). DOI 10.1186/s12916-017-0791-y
2. Springmann et al. PNAS (2016). DOI 10. 1073/pnas.1523119113

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