志村 昌美

彼女は魔法使いのように人を…ダウン症の女性と注目の監督が紡いだ強い絆

2021.7.2
人生とはつねに選択の連続であり、さまざまな岐路に立たされることばかりですが、不安で前に進めなくなってしまうこともありますよね? まさにいまも、先が見えない状況のなかで過ごしている人も多いと思います。そこで、そんなときにオススメしたい映画は、悩める人に優しく手を差し伸べてくれる珠玉の1本です。

『わたしはダフネ』

【映画、ときどき私】 vol. 394

明るくて社交的なダウン症の女性ダフネは、スーパーで働きながら、アンティーク店を営む父のルイジと母のマリアと平穏に暮らしていた。ところが、3人でバカンスを楽しんでいた最中に、突然マリアが倒れ、帰らぬ人となってしまう。

母の死によって、一変したダフネとルイジの生活。それでもダフネは徐々に本来の明るさを取り戻していったが、悲観論者のルイジは喪失感と不安にさいなまれてふさぎ込んでしまうのだった。そんな父の姿を見て、ダフネはある提案をすることに……。

ベルリン国際映画祭で公式上映された際には、多くの称賛と拍手を送られて話題となった本作。日本公開を目前に、こちらの方にお話をうかがってきました。

フェデリコ・ボンディ監督 

本作が長編2作目となるボンディ監督は、イタリア映画界でも今後ますますの活躍が期待されているひとり。今回は、監督自らがSNSで見出したダフネ役のカロリーナ・ラスパンティさんとの裏話や日本に対する熱い思いについて語っていただきました。

―この作品は、数年前に年老いた父親とダウン症の娘さんが手をつないでバス停にいた姿を監督が見かけたことがきっかけだったそうですが、何がそこまで監督の心をとらえたのでしょうか?

監督 そのとき僕は大渋滞にはまった車のなかにいたんですが、ふと外を見たらその親子が目に入ってきたのです。そこで何よりも僕の心をとらえたのは、2人が手をつないでいたこと。それによって、彼らがヒーローや何かの生存者のように見え、そこからいろいろと自問自答し始めるようになりました。そして、手と手を取り合う父と娘の姿を映画にできないだろうか、と考えるようになったのです。

なかでも不思議に思ったのは、「母親はどこにいるのか?」ということと、「父親が娘を支えているのか、それとも娘が父親を支えているのか。どっちがどっちを支えているのだろう?」ということでしたが、そういった疑問がスパークして映画になっていきました。なので、おそらく彼らが手をつないでいなかったら、そんなふうに僕の心に残ることも、映画になることもなかったと思います。

―では、以前からダウン症をテーマに映画を撮ろうと考えていたというわけではなかったんですね。

監督 実は、その親子を目撃するまで、僕にとってはまったく未知の世界でした。それどころか、ダウン症について無知だったと言えるかもしれません。その後、リサーチをするなかでダフネ役のカロリーナと知り合うことができましたが、この映画に関係なく、僕の人生において彼女のような素晴らしい友人と出会えたことは、大きな収穫だったと感じています。

すべてを受け入れて生をまっとうすべきと教えられた

―カロリーナさんの存在感は圧倒的でしたが、彼女から影響を受けていることはありますか?

監督 まず彼女がすごいところは、ダウン症であることをネガティブにとらえるのではなく、前向きな気持ちで受け入れ、つねに自分と対話を繰り返しているところ。だからこそ、ダウン症によって自分に限界があると考えることもありません。彼女は本当に明るくて成熟した性格の持ち主なんですよ。

いまの僕たちは、効率重視の世の中に生きているので、苦しみや悲しみを乗り越えるためにいろんなツールを使ったり、薬まで飲んだりしますよね? でも、そういうものに頼るのではなく、つらい状況があったとしても、そのまま受け入れ、そのなかで生をまっとうすべきなんだということを彼女が教えてくれたように思います。

―驚くことに、今回カロリーナさんは脚本を1ページも読まずに撮影に挑まれたと聞きました。どのようにして撮影していたのでしょうか?

監督 彼女が読まなかったというよりも、僕が彼女に脚本を渡さなかったというほうが正しいかもしれませんね。というのも、事前に脚本を渡していたら、おそらく彼女はセリフや演技をかっちりと覚えてきてくれたと思います。でも、僕としてはそうではなくて、あまりいろいろ考えずに彼女にリアクションを取ってほしいと思っていたので、あえて渡しませんでした。

その結果、毎朝「今日はこういうシーンを撮るよ」と話してから撮影を進めたので、通常よりは複雑な手順にはなることも。でも、彼女は記憶力と洞察力が素晴らしいので、すぐに覚えてくれましたよ。そんなふうに、とにかくカロリーナのコンディションを整え、彼女のリアクションをうまく引き出すことに一番力を注ぎました。

とはいえ、その方法だと脚本に書いてあることと違う動きをしてしまうこともありますし、ときにはセリフがすぐに出てこないときもあったので、このチャレンジを一緒に引き受けて、柔軟に対応してくれた父親役のアントニオ・ピオヴァネッリには本当に感謝しています。

カロリーナは偏見やステレオタイプを壊す存在

―そのなかでも、思い出のシーンはありますか?

監督 たとえば、母親が亡くなったあと、車のなかでカロリーナに泣いてもらうシーンを撮ろうとしていたときのこと。彼女に泣いてもらうために、ある方法を取りました。撮影の数か月前に、彼女から「私、ある曲を聞くと必ず泣いちゃうの」という話を偶然聞いていたので、事前に伝えずに突然車内にその曲を流したんです。イタリアで人気のポップスグループ「883」の曲なんですが、彼女にとってはうまくいかなかった初恋の思い出がある曲なんだとか。実際、彼女は本当に涙を流してくれました。

そのほかにも、彼女が職場に復帰するシーンで同僚がお帰りパーティをしてくれるシーンがありますが、それも彼女には教えていなかったので、驚いている彼女のリアクションは本物です。

―確かに、リアルな表情が印象的でした。また、劇中で彼女が放つセリフには、人生における“名言”のような言葉がたくさんあり、どれも心に響きましたが、それらはどのようにして生まれたのでしょうか?

監督 脚本の執筆段階から、カロリーナがガイドのように僕を導いてくれていました。実際、彼女と信頼関係を築いていくとともに、脚本もどんどん変化していきましたから。彼女のご両親ともお会いする機会がありましたが、本当に素晴らしい方々で、僕のことをとても歓迎してくれました。そんな彼らとやりとりをするなかで、セリフが生まれていったように思います。

あと、もともとカロリーナの言葉遣いや語彙がとても特徴的だったので、僕にとってはものすごく想像力を掻き立ててくれる存在でした。だからこそ、言葉に対する彼女の反応を映画に落とし込みたいと考えたのです。

―なるほど。また、監督は「異なる人と対峙したときに感じる偏見や恐れから抜け出してほしい」ということも観客に伝えたいそうですが、そういった状況から抜け出すために私たちがすべきこととは?

監督 カロリーナには偏見やステレオタイプを突き崩して、消滅させてしまうようなところがあるので、彼女には本来あるべき人間関係を築く力があるのだと思いました。魔法使いのように相手の意識をパッと明るくしてしまう人でもありますが、彼女自身が自分の感情に素直で弱さも認めているので、彼女と対話する人は鎧を脱いで裸にならざるを得ないんですよね。劇中のダフネにも同じことが言えますが、僕たちは彼女のそういう部分を見習うべきかもしれません。

自分にとって日本はとても思い入れのある国

―本作は、監督にとっては日本で劇場公開される初めての作品となりますが、日本で公開されることに対してどのようなお気持ちですか?

監督 すごく光栄なことだと思っています。ベルリン国際映画祭でこの映画が日本に売れたと聞いたときは、ほかの国で公開されることが決まったときよりも特別な喜びがありました。というのも、僕は日本に何度も行ったことがあり、友達もたくさんいるので、とても思い入れが強い国でもあるからです。

―ちなみに、これまでに日本の作品や文化で、監督が感銘を受けたものなどはありますか? 

監督 まずは、黒澤明監督ですね。僕の本棚には黒澤監督の伝記がありますが、本当に傑作です。いま、大学でデザインを教えていますが、日本人の感性や美意識に惹かれるイタリア人は多いので、20人いるクラスのうち15人は日本好きですよ!

―うれしいですね。私もそのひとりですが、日本人もイタリア好きは多いです。

監督 ということは、相思相愛ですね(笑)。

―そうですね(笑)。それでは、そんな日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 できることなら、映画を携えてカロリーナと一緒に日本に行きたかったので、本当に残念です。でも、自分の映画が日本まで旅をして、日本のみなさんと対話することになって誇らしいですし、何よりもうれしく思っています。この作品では、他者を認めるという国を超えたユニバーサルなテーマも描いているので、それが日本のみなさんにも届くことを願っています。

どんなときも前を向いて歩いていく!

人生は思い通りにいかないことはたくさんあるものの、近くにいてくれる人と手を取りあえば乗り越えられるものもたくさんあるのだと教えてくれる本作。ダフネが届けてくれる“幸せになるためのヒント”は、きっと誰の心も温かく包み込んでくれるはずです。


取材、文・志村昌美

優しさに満ちた予告編はこちら!

作品情報

『わたしはダフネ』
7月3日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー
配給:ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/dafne/

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