志村 昌美

「体の中に火力発電所でもあるのだろうか?」名優ファン・ジョンミンを監督が語る

2022.9.7
SNSの発展により、有名人は一挙手一投足が取り上げられてしまう時代。そんななか、オススメする話題の映画は、実在するトップスターが誘拐されてしまう事件の裏側を生々しく描き、ネットを騒然とさせてしまうのではないかと言われているサスペンスです。

『人質 韓国トップスター誘拐事件』

【映画、ときどき私】 vol. 518

韓国では主演作の累計観客動員が1億人を超え、“1億俳優”とも呼ばれている名優ファン・ジョンミン。ソウルで新作映画の記者会見に出席した夜、何者かに自宅前で突然拉致されてしまう。パイプ椅子に縛りつけられた状態で意識を取り戻すと、高額の身代金目当ての若者5人に誘拐されたことを知る。

しかも、冷酷なリーダーが率いる彼らはソウルを震撼させている猟奇殺人事件を起こした凶悪集団でもあった。情け容赦ない脅迫に屈し、身代金の支払いを約束したジョンミンは、同じく監禁されている女性を励ましながら、必死に脱出策を模索する。警察を翻弄して暴走する誘拐犯に対し、ジョンミンは渾身の“熱演”で一か八かの賭けに打って出るのだが……。

韓国では「大スターのファン・ジョンミンが誘拐される」という衝撃の展開で、公開時に大きな注目を集めた本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ピル・カムソン監督

短編映画でキャリアを積み、本作で長編映画監督デビューを果たしたカムソン監督。今回は、現場での様子や撮影の舞台裏、そして日本での忘れられない思い出などについて、語っていただきました。

―本作のきっかけは、有名な俳優が誘拐されたドキュメンタリー番組を見たことだそうですが、主人公をファン・ジョンミンさんにしたのはなぜですか?

監督 僕が絶対にファン・ジョンミンさんにお願いしたかった理由は、3つありました。まず1つ目は、縛られた状態で演技が求められる作品において、上半身だけで多様な演技ができるのは、ファン・ジョンミンさんだと思ったからです。彼なら感情のスペクタクルというか、表現の幅広さを見せてくれるだろうというのがありました。

2つ目は、後半の重要なアクションシーンにおいて、アクション俳優らしくないアクションの演技をうまくできるのも、やはりファン・ジョンミンさんではないかなと考えたから。そして最後は、これまでヤクザや刑事の役を多く演じてきた彼が、あまり経験のない被害者という立場でどんな顔を見せてくれるのか。監督としては、そういったところにも興味が湧きました。

―実際、ファン・ジョンミンさんとお仕事をしてみて、いかがでしたか?

監督 彼の印象は、勇敢なアーティスト。「体のなかに火力発電所でもあるのだろうか?」と思わせるほど、誰よりも情熱的でもありました。また、驚かされたのは、どんな演技をするときでも、まったく恐れることなく取り組んでいたこと。現場にあるエネルギーを吸収し、それを表現に変えていく姿を見て、普通の人ではないなと感じました。

初めての役に怖さを感じながらも、なりきってくれた

―演じられてみて、ご本人は何かおっしゃっていたのでしょうか。

監督 今回のような役はしたことがなかったので、非常に怖かったそうです。「もし、自分が同じ状況に追い込まれたら、すぐに降参してしまうと思うけど、映画では違いますよね」という冗談をおっしゃっていたことも(笑)。そんなことを言いながらも、役になりきってくれました。

―本作では誘拐犯グループに若手俳優を多く起用していますが、先輩であり、大スターでもあるファン・ジョンミンさんに激しく当たるシーンでは、彼らが躊躇してしまうようなこともあったのではないかなと。撮影時の裏話などがあれば、教えてください。

監督 この映画では、ファン・ジョンミンさんが本人役として出ていることもあり、そのほかの出演者たちはあえて有名ではない役者で構成しようと決めていました。そのため、今回のキャスティングでは、実力はあるけれどあまり知られていない人を選んでいます。

彼らのなかには演技力はあっても経験が浅い人も多かったので、ファン・ジョンミンさんの前で緊張してしまわないようにマインドコントロールするのは大変だったのではないかなと。「自分がミスしてしまったら、映画に支障をきたしてしまうのではないか」というプレッシャーをたくさん感じながらやっていたと思います。

―そんな状況のなかで、どのような演出をしていったのでしょうか。

監督 撮影に入る前に、練習室を貸し切ってみんなで3週間のリハーサルをしました。そこでの大きな目的は、新人俳優たちがファン・ジョンミンさんに気後れしないこと。そのために、ご本人も積極的にリハーサルに参加してくださったので、助けられました。

しかも、彼は人間味があって気さくな方なので、若い俳優さんたちと仲良くなるためにボーリングに行ったり、お酒を飲んだり、一緒に映画を観たりしてくれたことも。ファン・ジョンミンさん自ら親しくなる努力をしてくれて、ありがたかったです。リハーサルの時間を取れていなければ、おそらく今回のような撮影はできなかったと思います。

つらい気持ちを抑え、自分をせき立てながら撮影した

―あれほど真に迫ったシーンが実現できたのも、納得です。また、劇中では“ファン・ジョンミンらしいネタ”も散りばめられていますが、注目してほしいポイントはありますか?

監督 誘拐犯グループの一員に、ファン・ジョンミンさんのファンであるキャラクターが登場し、韓国の人なら誰でも知っているようなファン・ジョンミンさんの有名なセリフを言うシーンがあります。本作は、全体的にすごく緊張感が漂っている作品ではありますが、その場面だけは少しだけ緊張をほぐせるようなシーンにしたいと思って作りました。

ほかにも、あまり詳しくは言えませんが、ファン・ジョンミンさんが過去作で演じたキャラクターの名前を使うことで、ある危機から逃れようとするところがあります。そこも彼のファンなら気がつくはずなので、楽しんでいただけたらうれしいです。

―本作は、監督にとって初の長編作品ですが、苦労したことはありましたか?

監督 ファン・ジョンミンさんが誘拐されたあと、すべてのシーンが思っていた以上に大変でした。なぜかというと、ファン・ジョンミンさんはロープで縛られていた状態が長かったですし、殴られるシーンもあったので、その様子を見ているこちらがつらくなってしまったからです。撮影後に体があざだらけになってしまうこともあり、本人もかなり大変だったとは思います。

とはいえ、そこを適当に撮ってしまうとせっかくの苦労が水の泡になってしまうので、「集中してがんばって撮らなければ」と自分をせき立てるようにして撮影を続けました。そんななかで楽しかった場面を挙げるとすれば、カーチェイスのシーン。恐怖に震えるような室内の撮影が多かっただけに、外で車を壊したり、アクションをしたりというシーンは快感でした。

いつか日本の俳優さんたちと映画を撮ってみたい

―カーチェイスのシーンではCGを最小限にとどめているだけに、かなり迫力のあるシーンの連続で驚かされました。

監督 僕自身はすごく楽しかったですが、おそらくスタッフたちはみんな苦労していたのではないかなと(笑)。なぜかというと、これまでの作品で見たことがあるような「休日の朝に道を封鎖して撮ったんだろうな」と思われるシーンではなく、リアルな映像を僕が求めていたからです。

それを実現させるために大変だったのは場所探しでしたが、ちょうど建物の撤去を予定していた理想的な区域を見つけることができ、そこで撮影を行いました。ただ、撤去の日程が近づいていたので、最速で撮らなければいけないというチャレンジをすることに。とはいえ、スタッフのみなさんもベテランの方々だったので、とても楽しく作業ができました。

―本作を手掛けるうえで、参考にした作品などがあれば、教えてください。

監督 基本的に僕はサスペンスやスリラーが好きなので、普段から自分が好きな作品のことを思い浮かべながら脚本を書きました。そのなかでも1本だけ挙げるとするならば、今村昌平監督の『復讐するは我にあり』。この作品は、誘拐犯を演じた俳優たちとも一緒に観ました。

―日本映画は、以前からよくご覧になっていますか?

監督 そうですね。韓国の映画監督のなかでも、僕くらいの年代で日本映画から影響を受けていない人のほうが少ないんじゃないでしょうか。尊敬しているのは今村昌平監督ですが、ほかにも黒沢清監督や中島哲也監督の作品は大好きです。

―監督は日本の俳優にもお詳しいとうかがっていますが、一緒に仕事をしてみたい日本人の俳優はいますか?

監督 僕は日本の俳優さんがとても好きですし、いい俳優がたくさんいると思っています。そのなかでも、森山未來さんや安藤サクラさん、宮沢りえさん、妻夫木聡さんといった方々が好きなので、いつか日本の俳優さんたちと映画を撮ってみたいです。

日本で過ごした大切な日をいまも思い出す

―ぜひ、楽しみにしております。ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。

監督 日本には何度も行ったことがありますが、毎回とてもうれしい気持ちになります。なかでも印象に残っているのは、初めて日本に行ったときのこと。当時まだ助監督だった僕は、日本映画に関わっている音楽関係の方々と作業することになり、レコーディングに参加していました。オーケストラのみなさんが非常に真摯に演奏をしてくださっているなとは思っていましたが、その様子を見ていた監督が感動の涙を流していたのです。

僕はそんな姿にうらやましさを感じ、「自分も映画監督になりたい」と強く思うきっかけになりました。そんな大切な1日を日本で過ごしたことをいまも思い出します。

―素敵なエピソードですね。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 日本でこの映画が公開されることになり、光栄に感じています。なぜなら、僕は幼い頃から日本語で書かれた自分の映画のポスターを持つことが夢でしたから。今回はその願いが叶って、とてもうれしいです。ぜひ、自らの方法で危機を脱するファン・ジョンミンさんの素晴らしい演技に注目していただきたいですし、それに対する新人俳優たちの堂々とした覇気も見ていただけたらと思っています。

誘拐犯とともに、観客も騙される!

リアルな臨場感と緊張感に包まれ、思わず息を飲む予測不能な展開に引き込まれていく本作。見たことのないファン・ジョンミンの表情も、最大の“武器”となるおなじみの見事な演技力も堪能できる必見の1本です。


取材、文・志村昌美

衝撃が走る予告編はこちら!

作品情報

『人質 韓国トップスター誘拐事件』
9月9日(金) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:ツイン
https://hitoziti-movie.com/
️© 2021 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K & SEM COMPANY.
All Rights Reserved.