志村 昌美

『マイ・ブックショップ』監督が思う、本を読んで得られる「魔法」とは?

2019.3.7
人生において、忘れられない出会いというのは、人に対してだけでなく、映画や本にも言えるもの。そこで今回ご紹介するオススメの映画は、本によって人生が変わったひとりの女性を描いた感動作です。それは……。

素朴さと美しさの詰まった『マイ・ブックショップ』!

【映画、ときどき私】 vol. 219

戦争で夫を亡くしたフローレンス。長年悲しみに沈んでいたが、夫との夢であった書店を小さな海辺の町に開くことを決意する。しかし、町の有力者であるガマート夫人による邪魔が入り、フローレンスは頭を悩ませることに。

そんななか、ようやくオープンの日を迎えて幸せをかみしめていると、フローレンスのもとへ町で唯一の読書家で40年以上引きこもっている老紳士のブランディッシュ氏から注文の手紙が届くのだった。書店も軌道に乗るかと思われていたが、ついにガマート夫人の徹底攻撃が始まろうとしていた……。

本作は2018年のスペイン・ゴヤ賞で作品賞をはじめ、監督賞や脚色賞を受賞し、高い評価を得ていますが、今回はこちらの方に見どころなどについてお話を伺ってきました。それは……。

スペインが誇る女性監督のイザベル・コイシェ監督!

これまでに、『死ぬまでにしたい10のこと』や『エレジー』、『しあわせへのまわり道』といった人気作を生み出してきたコイシェ監督。今回は、英ブッカー賞受賞作家でもあるペネロピ・フィッツジェラルドの小説『The Bookshop』の映画化に挑んでいます。そこで、原作への思いや読書の大切さについて語ってもらいました。

―まずは原作との出会いから教えてください。

監督 10年前にたまたまロンドンの古本屋さんで見つけたの。もともと私は本を読むことも本屋さんに行くことも大好きだから、「ブックショップ」と付くタイトルなら、私が買わなきゃと思って手に取ったのよ。まさに、本が私を見つけてくれた感じだったわ。

―ネットで本を買うのが主流のいまでは味わえない運命的な出会いだったんですね。

監督 そうね、本屋さんで本を買うというのは冒険でもあるのよ。だから、私はネットで本を買うのが大嫌いなの(笑)。なかでも必要ないのは、「これに興味がある人は、ほかにもこんなものを読んでいます」という表示。いまの世の中がアルゴリズムで動いているのはわかっているけれど、私にはまったく関係ないことだわ。

本を読むことで得られるものとは?

―確かに、本屋さんでしか味わえないことが失われつつありますが、そういう意味ではいまの活字離れに関しても危機的なものをお感じになっていますか?

監督 危機でもあるけれど、非常に愚かな状況でもあると感じているわ。だって、本を読むということは、自分のなかにある建設的な批評家精神を養う方法でもあり、世界の見方を教えてくれるものなのよ。

だからこそ、私にとっても本はとても重要な存在であり続けているし、ときには孤独や愚かさというものに対する薬の役割も果たしてくれていると思うわ。

―本への強い情熱を感じますが、監督がこれまでに影響を受けた作家や本はありますか?

監督 まず日本の作家だと、川端康成、大江健三郎、村上春樹、村上龍、小川洋子、吉本ばななかしら。あとは、ヴィクトル・ユーゴー、トルストイ、パトリック・モディアーノ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、フリオ・コルタサル。とにかくたくさんいるわね。

読書の魔法というのは、他人の人生に触れられること。そして、それが自分の人生の一部となり、新しい “声” を持っている人と繋がりを持てるところが魅力的なのよ。だから、読書が好きじゃない人はかわいそうだと感じているくらい。

―では、原作者であるペネロピ・フィッツジェラルドの魅力はどんなところですか?

監督 彼女はすごく変わった経歴を持っていて、60歳になってからはじめて作品が出版された人。しかも、3人の子どもと病気の夫と船でイギリスのテムズ川に暮らしていたんだけれど、船が沈んでしまって、すべてを失ったこともあるようなつらい人生を送っていたの。本当に素晴らしい作家だから、もっと多くの人に知られて欲しいと思っているわ。

フローレンスには深い繋がりを感じた

―映画化するにあたって、意識されたことはありますか?

監督 今回はこの物語にある核の部分を忠実に描きたいという思いはあったわ。ただし、エンディングだけは原作よりも希望を持てるような形に変えることにしたの。なぜなら、いまの時代、映画で観客に希望を感じさせたいと思ったから。その部分に関しては、ご家族に許可をお願いしたわ。

―主人公のフローレンスに対して、監督はこれまでにはない深い繋がりを感じているそうですが、その理由は?

監督 フローレンスは本当に性格がよくて、とてもイノセントな人間。でも、自分の行動によってどういう結果が引き起こされるかということをまったく自覚していないわよね。とはいえ、どんな逆境にあっても、どんな結果になっても、自分のやりたいことを形にしようと戦う人に私はとても敬意を持っているのよ。

自分とは人生が違うかもしれないけれど、そういう姿に心を動かされるものがあり、小説を読んでいるときから、彼女と繋がりを感じていたわ。

―ということは、監督自身もフローレンス同様に、やりたいことは貫くタイプですか?

監督 そう言えるわね。ただし、ときにはブランディッシュみたいにただ読書に没頭して、世界のことをまったく気にしないでいたい瞬間もあるわよ(笑)。でも、基本的にはフローレンスに近いんじゃないかしら。

―そのフローレンスを演じたエミリー・モーティマーも素晴らしく、キャスティングも絶妙でしたが、決め手を教えてください。

監督 当初はプロデューサーが違う女優の名前を挙げてきたこともあるけれど、私のなかでは最初から「エミリーでいきたい」という強い思いがあったわ。

それは彼女が英国らしい資質を持ち、知的であったから。そして、甘すぎない甘さを持ち合わせていて、さまざまな美徳がちょうどよく混ざり合っていることを感じさせてくれる人だったからよ。

しかも、彼女はロシア文学の修士号も持っていて、本が彼女の人生の一部であるというのも大きかったわね。やっぱりこの役は本を心から愛している俳優じゃないとできなかったと思うわ。それに、私は人が本を手にしたときに、その人が読書家かそうではないかすぐにわかるのよ。

人の顔と手からは読み取れるものがある

―では、ブランディッシュ役の名優ビル・ナイについてはいかがですか?

監督 彼を選んだ理由は、はじめからこのキャラクターはビルの顔がぴったりだと思っていたし、彼の所作や彼のなかにある静の部分がすごく好きだったの。

エミリーとビルはそれまで面識はなかったけれど、出会った瞬間から相性もよかったから、すごく美しいシーンが撮れたと自負しているわ。

―監督は写真家としても活動されていて、俳優たちの表情をとらえている写真を「フェイス」と題した展覧会で発表されていましたが、ビルの顔に惹かれたように、人間の顔に興味を持つ理由はどのようなところですか?

監督 顔はとても魅力的なものよね。だから、「私にとって人の顔というのは風景であり、森であり、庭である」といつも言っているの。あと、同じく興味があるのは、人の手。人がどんなことを考えているのかとか、どんな人なのか、というのは表情や手から読み取れることができるわよね。

だから、映画のなかでも重要なのは、顔のアップや表情。美しいロケーションで撮影しようが、何もないところで撮影しようが、顔の表情で伝えられることのほうが大きいものだから。

―今回は映像もとても美しかったですが、衣装や美術の色使いでこだわったところはありますか?

監督 色みや質感については、かなりリサーチを重ねて作っていったわ。特に色彩設計は、物語やフローレンスの心情に合わせて変化していくように意識しているのよ。だから、衣装に関しても、フローレンスが何を感じているのかという心象風景をワードローブで表現してもらったわ。

それから、本屋の建物についても空き家を使って自分たちで全部作り込みをしていったものよ。あと、本棚に並べている本については、「ロリータ」を含め、いくつかは実は本物の初版なの。でも、俳優たちが手にしているものは、全部複製。なぜなら、小道具として彼らが扱うには貴重すぎるものだったから(笑)。

事前に仕事相手をきちんと選ぶことが大事

―各スタッフとの見事な連携によって生み出された部分が大きかったと思いますが、とはいえご自身もフローレンスのように周りからの協力を得られないような経験もありましたか?

監督 私は事前に仕事する相手をきちんと選んでいるから、現場で大変な思いをすることはないわね。だから、私が映画学校で講義をするときに学生に言っているのは、「どんなものを作ろうと思っても構わないけれど、一緒にコラボレーションする相手だけは慎重に選びなさい」ということ。

私が仕事相手を選ぶうえで大切にしているのは、人柄の良さ、才能があって仕事ができること、そしてユーモアがあるかどうかということかしら。あと、自分よりも専門的な知識があることも重要ね。そういう人たちと一緒に仕事をするには、もちろんそれだけ自分にも強さが必要にはなるけれど、私にとっては楽なものなのよ。

温かい感動が胸に広がる!

人はつねにあらゆる選択をしながら生きていくものですが、フローレンスの勇敢な姿に女性としての強さや自分らしく生きるとは何かを感じさせられるはず。

そして、活字離れをしているようならば、人としてさらなる輝きを増すためにも、この機会に本を読むことの大切さも味わってみては?

心に届く予告編はこちら!

作品情報

『マイ・ブックショップ』
3月9日(土)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国順次ロードショー
配給:ココロヲ・動かす・映画社○
© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.
http://mybookshop.jp/