志村 昌美

田舎町で起きた連続女性猟奇殺人。衝撃の運命に直面する『迫り来る嵐』

2019.1.1
いよいよ2019年も幕を開けたところですが、今年がどんな一年になるのか、先が見えないだけにいまは不安と期待で胸がいっぱいなはず。そんななかご紹介する映画は、激動の時代に、ある殺人事件に取りつかれたひとりの男が主人公の話題作です。それは……。

重厚な本格派サスペンス『迫り来る嵐』!

【映画、ときどき私】 vol. 208

1997年、中国の小さな町の古い製鋼所で警備員をしているユィ。近所で発生していた若い女性の連続殺人事件の捜査に刑事気取りで首を突っ込んでいた。警部から捜査情報を手に入れたユィは、犯人を捕まえるために奔走し、どんどん事件に執着するようになる。

そんなある日、ユィは自分の恋人であるイェンズが犠牲者たちの特徴と似ていることを知り、予想外の行動を取ることに。そして、事態は思わぬ方向へと進み始めてしまうのだった……。

物語が進むにつれて、ますます目が離せなくなる本作ですが、今回は監督・脚本を務めたこちらの方に、舞台裏についてお話を聞かせていただきました。それは……。

監督デビューをはたしたドン・ユエ監督!

ユエ監督にとって、本作が初の長編映画となりますが、2017年の東京国際映画祭では見事に最優秀男優賞と芸術貢献賞をW受賞し、高く評価されています。そこで、撮影現場での過酷なエピソードや作品に込めた思いについて語ってもらいました。

―本作では、初の長編作品にして、新人監督賞など数々の賞にも輝きましたが、制作の段階で手ごたえを感じる瞬間もありましたか?

監督 今回手ごたえを一番感じたのは、去年の東京国際映画祭で賞をいただいたときですね。中国でも注目されている大きな映画祭で、自分の作品が出品されただけでも満足でしたが、まさか受賞できるとは思ってもいなかったので。でも、そのおかげで「この映画はうまくいったんだ」という確信を持つことができたと思います。

90年代の中国が置かれていた状況とは?

―ということは、観客の反響は監督の予想を上回るものだったのでしょうか?

監督 映画祭で上映したときはQ&Aの時間も短かったので、観客のみなさんがどこまで受け入れてくださっているかは、正直言ってわかりませんでした。ただ、私は観客が自分の映画を観ている様子を見るのが好きなので、実はこっそりとみなさんの様子を見ていたんですよ(笑)。

―本作の舞台となったのは香港返還前の90年代。監督にとっても少年から大人になるような多感な時期だったと思いますが、改めて振り返ってみて当時のことをどのように感じましたか?
 
監督 90年代といえば私もまだ学生で、中学から高校、大学へと進学していく時期でした。いまにして思えば、あの当時の中国というのは入ってくる情報が少なかったんだなということ。それは中国以外の世界についてだけではなく、国内の情報すらも非常に少ない状態だったんだと感じています。

いまではインターネットが発達したおかげで、いろいろな情報を得られる状態になっていますが、あの時代の私たちというのは、まるで井の中の蛙のような状況。自分たちは全部知っているつもりでいましたが、実際は何も見えていない時代だったんだと思います。それを今回のリサーチを通して知りました。

―では、当時の経験や記憶が作品に反映したところはありますか?

監督 特に具体的なことは入れていませんが、主人公がこの映画のなかで感じていることは、当時の私が感じていたこと。つまり、感覚として「あのときの自分はこういう考え方だったな」というのを反映しています。とはいえ、それは私だけではなく、おそらくあの当時の中国人のほとんどが同じような感覚を持っていると思いますよ。

―今回、劇中では雨のシーンが多いので、不気味な雰囲気はより不気味に、悲しみはより悲しみが深く、怒りはより怒りが強くなるような効果も感じましたが、雨のシーンを取り入れた理由を教えてください。 

監督 もともと、意図的に雨のシーンを入れようと思っていたわけではないんです。ただ、撮影場所を決めたときに、「この地方の特徴は何だろう?」考えてみたところ、非常に雨が多い地域だったというのが最初のきっかけでした。しかも、雨が多いほうが質問でも触れてもらったように、ストーリーの情感をより強くしてくれると思ったからなんです。

現場でも事件が起きそうなほど過酷だった

―とはいえ、撮影はかなり大変だったと思いますが、雨だからこその苦労もあったのでしょうか?

監督 雨が多いなかでの撮影は大変になるだろうというのは最初から予想していましたが、実際私たちの想像をはるかに超える大変さでした。もちろん、技術的なこともありましたが、それよりも雨がスタッフや俳優たちの精神面に与えた影響のほうが大きかったですね。

というのも、ずっと雨が降っているなかで撮影していたせいで、みんながどんどん憂うつになってしまったんです……。だから、最後のほうには、スタッフ全員がこの映画に出てくる重苦しい工員たちの雰囲気のようになってしまっていました。

それくらい本当にみんなが落ち込んだ状態だったので、撮影を64日で撮り終えることができて本当によかったと思います。なぜなら、あれ以上続いていたら、おそらくスタッフの間で殺人事件が起こっていたかもしれないので(笑)。

―まさにその雰囲気は、スクリーンからもひしひしと伝わってきました。

監督 観た人がそう感じるということは、現場ではもっとなんですよ(笑)! クランクインした当初はみんな仲良くて和気あいあいとしていましたが、終わりのほうになるとみんな何も言わなくなるくらい、とにかく雨の影響を受けていました。

―そんな重苦しい空気感の現場を、どのようにして最後まで引っ張っていったのでしょうか?

監督 とにかく我慢することでした。というのも、私自身も非常に鬱々とした状態に陥っていたので……。主演のドアン・イーホンさんも、最後のほうは何もしゃべらないくらい口数が減っていましたね。

―真に迫る演技でしたが、現場でもそのような苦労があったのですね。

監督 普段はシーンごとにバラバラに撮ることが多いですが、今回の作品は基本的に順番に撮ったので、どんどん状態が悪くなっていくというのはまさにそのまま。おかげで、すごくリアルになっているとは思います。

ドアン・イーホンさんとの運命的な出会い

―そんなドアン・イーホンさんの熱演は作品を引っ張っていく力にもなっていると感じましたが、どのようにしてキャスティングされたのでしょうか?

監督 脚本を書いているとき、私はまだ新人監督だったので、ドアンさんのようなトップの俳優さんと仕事ができるとは思っていませんでした。そんななか、プロデューサーが「一流の俳優を使ってみたらどうだろうか?」と言ってくれたんです。何名か俳優の名前を上げてくれましたが、そのなかにドアンさんが入っていて、彼が一番合うだろうと感じたので選びました。

それに、ドアンさんとは縁を感じていたんです。というのも、いまから18年ほど前に私はライターをしていたんですが、当時はまだあまり有名ではなかったドアンさんの舞台を見に行っていました。そのとき、舞台上で輝いているドアンさんの姿に驚き、「この人は将来必ず中国で主演を張るようなトップスターになる」というのを直感していたんです。

―それから長い年月を経て、違う立場で一緒にお仕事することになったときのお気持ちはいかがでしたか?

監督 最初に彼に会ったときには、舞台で観たときのことを思い出して、非常に感慨深いものがありましたね。そのあと実際に話をして、すぐに意気投合したので、出演してもらえることになりました。

―本作では観客に判断をゆだねるようなシーンも多く見られましたが、あえてそのようにした意図は?

監督 私は以前から「中国人にはひとつの方向しか見ない悪い癖があるが、それではいけない」と感じていたので、観客にはこの映画の中に入り込んで考えてもらうような形にしたいと思っていました。それこそが、この映画の持つ意義だと感じていたからです。そのために、今回はかなり観客にゆだねる作り方にあえてしてみました。

―それでは最後に、これから観る日本の観客に向けてメッセージをお願いします!

監督 プロとして映像業界に入ってから初めて賞をもらったのが日本ということもあり、私にとっては非常に幸運な場所。それが私の創作活動や人生において非常に大きな励みにもなっているので、日本で上映できるということに喜びを感じています。なので、ぜひ観客のみなさんにも作品をに気に入っていただき、もっと中国を理解していただけたらうれしいです。

嵐に巻き込まれるような衝撃を味わう!

事件に取りつかれる主人公のように、気がつけばストーリーへとどんどん引きずりこまれてしまう本作。驚くべき運命が待ち受けるダークでサスペンスフルな世界へと迷い込んでみては? 

抜け出せなくなる予告編はこちら!

作品情報

『迫り来る嵐』
1月5日(土)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
配給:アット エンタテインメント
© 2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
http://semarikuru.com/