志村 昌美

「日本文化は人生の大きな一部を占めている」英国の新鋭監督が語る理由

2021.6.30
日に日に暑さが増していくなか、次々と話題作が公開を迎え、映画界も熱く盛り上がっているところ。そのなかでも、じっくりと味わいたい映画としてオススメしたいのは、コリン・ファースとスタンリー・トゥッチという映画界が誇る名優がダブル主演を務めた1本です。それは……。

『スーパーノヴァ』

【映画、ときどき私】 vol. 392

古いキャンピングカーで旅に出るピアニストのサムと作家のタスカー。車内で繰り広げられる皮肉たっぷりのジョークは、20年来のパートナーである2人にとってはお決まりのやりとりだった。

かけがえのない思い出とともに添い遂げようとしていた2人だったが、タスカーが抱えている病がそれらを消し去ろうとしていた。そんななか、サムはタスカーのある秘密を見つけてしまう。大切な愛を守るため、それぞれが下した決断とは……。

実際に20年来の親友であるコリンとスタンリーだからこそ、本物の絆が映しだされている本作。今回は、そんな2人がほれ込んだ脚本を生み出したこちらの方にお話をうかがってきました。

ハリー・マックイーン監督

もともとは俳優としてキャリアをスタートさせていたマックイーン監督。2013年から製作も手掛けるようになり、本作が監督、脚本を務めた2作目となります。そこで、作品誕生のきっかけや現場での様子、そして日本への思いについて語って頂きました。

―まずは、本作のアイデアから教えていただけますか?

監督 ストーリーの着想を得たのは、いまから5~6年前のこと。僕は絵に描いたような売れない俳優だったので、複数のバイトに明け暮れながら人生の選択を見直していたんです。そんなときバイト先の1つで、ある女性と同僚になりました。最初は社交的で楽しくてすてきな人だった彼女ですが、1年後には気難しくて怒りっぽい人になり、仕事ができなくなってクビになってしまったのです。

でも、その半年後、車いすに乗っている彼女を見かけ、若年性認知症を患っていたことを知りました。そんなふうに認知症によって人格が崩壊していくさまを目の当たりにした僕は、病気や周囲への影響について、もっと知りたいと思うように。それくらい心を動かされた経験でしたし、以前から死に直面したときの選択肢や権利についても興味があったので、これらのテーマを融合させて本作のアイデアを育てていきました。

―この作品は、サムとタスカーのキャスティングがまずは大きなカギだったと思いますが、最初に決まっていたスタンリーさんが監督には秘密でコリンさんに脚本を送っていたそうですね。それを聞いたとき、どう思われましたか?

監督 はじめは、スタンリーが冗談で言っているのではないかと思っていたんですが、そうではないとわかったときは信じられない気持ちでした。でも、喜びのほうが大きかったですね。というのも、コリンは地球上でもっとも素晴らしい俳優のひとりだとずっと思っていましたから。

キャスティングは最大にして最高の判断だった

―監督にとって、おふたりの俳優としての魅力はどのようなところだと感じていますか?

監督 スタンリーもコリンも、幅広い役どころを数多く演じていますが、どんな役でも責任と思いやりを持って演じているところに、僕はつねにインスピレーションを受けていました。今回の現場でも、自分たちが持っているものすべてを注ぎ込むことでキャラクターをひとりの人間として作り上げてくれたほどでしたから。

―当初はおふたりの役どころが逆だったそうですが、最終的にはどのようにして決定したのでしょうか?

監督 まずは2人が読み合わせをしていたときに、「ちょっと逆で読んでみようか?」となったそうです。その後、おふたりから読み合わせを聞いてほしいと話があり、僕のところに来てくれました。自分の脚本をあの2人がそれぞれの役で2回も読んでくれるのを聞くことができるなんて……。本当に光栄なことでした。

もちろんどちらでも素晴らしかったのですが、関係性やリズムを考えてみると、逆にしたほうが自然に感じたので、最終的には僕が決めました。いま考えると、準備段階で最大にして最高の決断だったんじゃないかなと思っています。

―確かに、完璧な配役だったと思います。俳優として世界でもトップクラスにいるおふたりと実際にお仕事をしてみて、いかがでしたか?

監督 今回、俳優としても、フィルムメイカーとしても彼らからはたくさんのことを学ぶことができたと思います。この作品で一番おもしろい要素のひとつは、2人の関係性が複雑であることですが、そのあたりは3人でいろいろと考えながら準備をしました。本当に興味深いコラボレーションができたと感じています。

それから、何よりも彼らは人柄が素晴らしく、他人の意見に対してもすごくオープンで寛大なので、たくさんの刺激をもらうことができました。あと、スタンリーはカクテルを作るのがすごく上手なので、それが長い一日の最後に癒しを与えてくれました。

見たことのないキャラクターを作り出したい

―それだけでなく、撮影期間中はスタンリーさんがコリンさんに毎晩ご飯を作ってあげていたそうですね。

監督 そうなんですよ。コリンの料理の腕に関しては、あえてコメントしませんが、どちらが料理上手かと言ったら、その答えはスタンリーでしょうね(笑)。2人ともとても楽しい人たちなので、よくお互いにふざけあったり、からかいあったりしていました。本当に大親友なんですよ。

―そういうおふたりだからこそ、撮影中もあうんの呼吸で演技をされていたところもありますか?

監督 今回は実際に運転をしながら撮影をしていましたし、ロードムービーという作品の性質上、その場の状況に合わせてリアクションを取るようなこともありました。それがこの作品を作るうえで、ユニークだったところじゃないかなと。ただ、完成した作品で見ることができるシーンの大半は脚本に書かれていたことなので、アドリブはほとんどないんですよ。もし作品を観ていて「アドリブかな?」と感じることがあるとすれば、それは2人の演技がうまいからですね。

―なるほど。また、サムとタスカーのキャラクターを作り上げるだけでも2年ほどかかったそうですが、こだわっていたのはどのあたりでしょうか?

監督 僕はなるべく自分を投影するようなキャラクターは書かないようにしているんです。なぜなら、自分のことはそんなに興味深い人間だと思っていないので(笑)。そういったこともあって、なるべくオリジナルで有機的なキャラクターを作り上げるように意識しています。そのうえで、できるだけ同じような経験をしている人の真実に迫れるようなものにできたらいいなと。すごく難しい作業ではありますが、観客の方々がこれまでにあまり観たことのないようなキャラクターを目指しています。

今回は2人の状況が状況なだけに、重要だったのは深くてヘビーな部分と喜びがある軽い部分とのバランスをいかに取るか。気持ちを抑えきれないところや軽妙なところは、カップルとしての彼らから出てこなければいけないものだったので、そのバランスをどうするかは挑戦でもありました。

定義づけできないのが愛の美しいところ

―同性カップルという設定にした意図はありますか?

監督 僕が映画を作るとき、つねに心がけているのは、進歩的で先進的であること。なぜなら映画であれ何であれ、それが芸術の仕事だからです。本作の根底にあるテーマは、主人公たちの性的志向にはまったく関係のない愛の普遍性。重要で独創的なことだからこそ、挑戦すべきなのではないかと。性的指向に言及すらしない映画を作ることで、同性愛をごく自然で普通なものにしたいと思いましたし、そういう映画がまだまだ足りていないと感じています。

―改めて愛の尊さを感じましたが、監督にとって愛とはどんな存在ですか?

監督 愛にはいろいろなものが含まれているんじゃないかなと僕は思っています。愛を定義づけるのはなかなか難しいけれど、定義づけられないところがまた愛の美しさでもあるのかなと。そして、愛はとても親密で、ほかの人には見せられない部分を自分にだけ見せてくれるものだからこそ、貴重なんですよね。

本作では認知症を描いた物語ということもあり、病によって少しずつ自分が奪われていきますが、だからこそその過程で愛の本質が重要な問いとして訴えてくるものがあると考えています。そして、彼らのように相手のことを深く理解することも愛のひとつかなと。ぼくにとっての愛は何かまだわからないですが、これがこの作品を通して出た答えだと思います。

日本は世界でもっとも好きな国のひとつ

―日本の観客も本作の公開を非常に楽しみにしていますが、監督は日本から影響を受けているものはありますか?

監督 実は日本がすごく好きで、日本の文化は僕の人生の大きな一部だと言ってもいいほど。決して、日本の取材を受けているから言っているわけではありませんよ(笑)。本当に、世界でもっとも好きな国のひとつなんです。

実際、日本には何度も行っていますし、大学で書いた論文も「黒澤作品に見られるシェイクスピア劇」みたいな感じで、すべて日本映画に関するものにしていましたから。僕が世界で一番好きな映画監督は、小津安二郎監督。好きな日本映画を選べと言われたら決められないくらいたくさんありますが、小津監督の『麦秋』、『晩春』、『東京物語』をはじめ、是枝裕和監督の『幻の光』、黒澤明監督の作品も全部好きです。そんなふうに、日本の映画からはつねに多くのインスピレーションをもらっています。あとは、写真家の杉本博司さんも僕にとっては、刺激を与えてくれる存在です。

―ありがとうございます。ちなみに、次はどのような作品を考えていらっしゃいますか?

監督 ちょうどいま3作目の脚本を書いているところなんですが、もとになっているのは、2017年に徳島の祖谷渓谷に滞在していたときの僕自身の経験。実は、日本を舞台にした作品なんです。なので、早く日本に戻りたいなと思っています。今回も『スーパーノヴァ』と一緒に来日できなかったことがとても残念です。

―次の来日と次回作の両方を楽しみにお待ちしています。それでは最後に、観客に伝えたい思いを教えていただけますか?

監督 主人公たちは胸をえぐられるほどつらい状況に直面していますが、ありのままを描写したいと考えました。それに、追い詰められたからこそ、愛は想像以上に美しく、すべてを超越するものだと気づけたのかもしれません。つまり、お互いに思いやりを持って誠実に向き合えば、人はどんな大きな困難も乗り越えることができるのだと。この作品には、そういった希望があるロマンチックなメッセージが込められているので、みなさんにもそれを受け取っていただきたいです。

愛の深さに胸が張り裂けそうになる!

星が進化の最後に起こす大爆発である「超新星」という意味を持つ『スーパーノヴァ』に映し出されているのは、まさに愛が持つ星の瞬きのような美しさと消えゆく儚さ。名優たちによる繊細な演技とともに、心の奥で愛が輝きを放つのを感じてみては?


取材、文・志村昌美

真に迫る予告編はこちら!

作品情報

『スーパーノヴァ』
7月1日(木)TOHO シネマズ シャンテ 他 全国順次ロードショー
配給:ギャガ
https://gaga.ne.jp/supernova/

© 2020 British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Supernova Film Ltd.