志村 昌美

世界中が愛する傑作誕生の驚くべき裏側…失敗作が大成功を収めた理由

2020.11.11
芸術の秋がどんどんと深まるなか、まもなく公開を迎えるのは、100年以上も世界中で愛されている傑作戯曲の誕生秘話をもとに描いた注目作。ご紹介するのは、演劇ファンにも映画ファンにも、見どころ満載のオススメ映画です。それは……。

『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』

【映画、ときどき私】 vol. 341

1897年、パリ。若き劇作家エドモンは、2年もの間スランプに苦しんでいた。そんななか、名優のコクランから“訳アリの企画”を引き受けることとなる。しかし、初日まで3週間しかないのに、原稿は真っ白。呆然としていたエドモンだったが、ヒントを得て、実在した剣術家で作家のシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にすることを思いつく。

そんなとき、親友で若手俳優のレオから頼まれたのは、恋する女性ジャンヌへのラブレターの代筆。最初は渋々書いていたが、ジャンヌとの文通によって創作意欲をかきたてられていくことに。さまざまな危機に見舞われるなか、エドモンは無事に初日を迎えることができるのか……。

『シラノ・ド・ベルジュラック』といえば、世界中でもっとも愛されている舞台劇のひとつと言われており、日本でも数多くの有名劇団が公演を行ってきた不朽の名作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

アレクシス・ミシャリク監督

今回、監督・原案・脚本を務めたミシャリク監督。2016年には、本作の舞台版でフランス演劇界最高の賞とされるモリエール賞で5部門を受賞し、高く評価されています。今回は、自らメガホンを取って映画化に挑んだ経緯や自身の経験などについて語っていただきました。

―本作は、監督が15年間温めていたプロジェクトを映画化した作品ということですが、いきさつから教えてください。

監督 1998年に制作された映画『恋におちたシェイクスピア』を観たとき、フランス人を主人公に傑作が生まれる様子を描いた物語を作りたいと考え始めたのがきっかけです。この映画はハリウッドで大成功を収めていたことも、いいものになるだろうという確信を僕に与えてくれました。

その後、『シラノ・ド・ベルジュラック』の誕生秘話を知り、作品の具体的なアイディアを思いついたのは20歳の頃。でも、当時はそんな若造に大きな製作費がかかる作品を任せてくれる人なんていませんでした。

―ちなみに、名作が誕生するまでの裏側を調べるなかで、驚かされたことなどもありましたか?

監督 そのときに僕が知ったのは、作者であるエドモン・ロスタンは作品を書いたときは29歳という若さであったこと、『シラノ・ド・ベルジュラック』以前は失敗作ばかりを書いていたこと、そしてこの作品も絶対に失敗すると言われていたのに、実際は大成功を収めたこと、という3つの事実。それをどう発展させるかは、頭を悩まされたところでしたね。

―そこからどのようにして、作品を完成させていったのでしょうか?

監督 ある日、フランスで有名なプロデューサーに相談してみたところ「監督はほかの人に任せるけど、まずはきみが脚本を書いてみなさい」と提案されたんです。

ところが、オファーを出した1人目の監督にも、2人目の監督にも、3人目の監督にも「ノー」と言われてしまって(笑)。そこで、長編映画は作ったことがありませんでしたが、自分で監督したほうがいいんじゃないか、と思うに至りました。

欲望のないクリエイションはあり得ない

―とはいえ、すぐに映画の制作に取り掛かれたのでしょうか?

監督 いえ、できませんでした。というのも、「この映画のプロジェクトはお金がかかりすぎる」とか「演劇モノの映画は当たらない」とかいろいろと言われてしまって、資金集めは非常に難航しましたから……。

ただ、当時の僕は演劇界では演出家としてある程度知られた存在になっていたので、まずは演劇としてやってみようと。そこで、舞台用に脚色し直して上演したところそれが大成功し、1000回以上公演を行うほどのロングランとなりました。そしたら、いままで「ノー」と言っていた人たちがみんな手のひらを返したように「映画でもやりましょう!」と言い出すようになったんです(笑)。

―そのときは、いままで反対していた人たちを見返すことができた喜びもあったのでは?

監督 意外と「映画が実現することがうれしい!」という気持ちのほうが大きかったですね。それは、周りから絶対にうまくいかないと言われ続けながらも、自分だけはうまくいくと信じていた劇中のエドモンに同じだったと思います。

―「執筆や作曲をする男を駆り立てるのは願望だ」というセリフがありましたが、創作活動において監督を駆り立てるものは何ですか? 

監督 僕も欲望のないクリエイションはあり得ないと思っています。その欲望には、「何かがほしい」とか「何かを証明したい」とか「愛のため」とか種類はいろいろあるかもしれません。ただ言えるのは、創作をするうえで願望がないというのは、僕にとっては考えられないことですね。

―監督にも、エドモンのように恋愛感情がモチベーションになった経験はありますか?

監督 僕は創作にミューズが必要なタイプではないので、愛しい人がいて、それが作品になったというような経験はありません(笑)。ただ、実人生で起きた要素が作品に影響してくることはありますよ。

たとえば、僕が最近書いたラブストーリーの戯曲では、失恋について描いていますが、僕が経験した出来事をそのまま語るのではなく、そこで味わった感情を使いながら、言葉というフィルターを通して作り上げました。僕の場合は、そうやって別の形として作品に表現することが多いですね。

自分自身を投影しているところは多くある

―なるほど。では、この作品ではそういった監督自身の感情や経験は、どのように反映されていますか?

監督 今回もいくつかフィクションの要素を入れていますが、そのなかでエドモンが脚本を短期間で書かなければいけない状況に陥るのは、僕の過去の経験。ちょうどエドモンが『シラノ・ド・ベルジュラック』を書いた29歳と同年齢だった頃、「1か月以内に演劇を1本書けば、近々行われる演劇祭で上演できるよ」と言われて、大急ぎで脚本を書いたということがあったんです。実際のエドモンは6か月ほどかけて書いたそうですが、急いでいる状況が映画にリズムを与えると思い、設定に変更しました。

あと、このアイディアを思いついた頃、僕はまだ演出家や作家ではなく、役者をしていたので、最初は若い俳優のレオのほうに感情移入していたところもありましたね。その後、いまの仕事をするようになってからは、エドモンに自分を投影しているところが多くなったかもしれません。劇中で、彼はどこでもハーブティーを飲んでいますが、あれも僕自身のこと。あとはシャイなところも似ていますね(笑)。

―では、ストーリーを構築するうえで意識したのは、どのようなことですか?

監督 実際のシラノ・ド・ベルジュラックはエドモンが書いた戯曲通りの人生を送ったわけではなく、あくまでも、エドモンがシラノにオマージュを捧げて書いたものだったので、僕もエドモンがシラノにしたのと同じオマージュをエドモンに捧げたいと思うようになりました。

それから、僕がフィクションとして入れたのは、エドモンとレオとジャンヌの三角関係。これは『シラノ・ド・ベルジュラック』のなかで描かれているシラノとクリスチャンとロクサーヌの三角関係からインスパイアされています。そんなふうに、この作品では現実とフィクションの要素をミックスして完成させました。

恵まれた環境のおかげで創作に集中できている

―エドモンにはかなりシンパシーを感じていらっしゃったと思いますが、彼が味わったような創作活動におけるスランプも経験したことがありますか?

監督 幸いなことに、僕はああいったスランプに陥ったことはないんです。僕は俳優で、脚本家で、映画監督で、舞台演出家というように、いくつもの職業をかけ持ちしているので、そのおかげかもしれませんね。そんなふうに、いろんな職業を次々と回していくとああいったスランプは体験しないものなんですよ。まあ、そのうち体験するかもしれないですが……。

―創作意欲がどんどんと湧いてくる秘訣は?

監督 特別なことをしているわけではありませんが、ずっと夢に見ていた職業につけているということと、フランスの芸術に対するシステムがとてもいいというのも大きいかもしれません。僕は18歳で舞台俳優になりましたが、フランスではある一定期間舞台に出演すると、ほかの職業をかけ持ちしなくてもきちんと暮らしていけるほど、芸術家に対する手当が非常に充実しています。

おそらく日本やほかの国では、若い俳優たちはほかの仕事をしながら生活をしている人が多いと思いますが、それに比べるとフランスは演劇人が生きやすい環境だと言えますね。そういった恵まれた環境のおかげで、創作活動に集中できているんだと思います。

―それは素晴らしいシステムですね。ただ、いまはコロナ禍でフランスのエンタメ業界も影響を受けていると思いますが、現状について教えていただけますか?

監督 当然のことながら、フランスのエンタメ業界もほかの国と同じように難しい状況に置かれています。特に、いまは21時以降の夜間外出が禁止されていることもあり、20時頃から始まるのが普通だった演劇の公演は大きな打撃を受けました。

ただ、フランスでは幸いにも劇場の営業が許可されているので、開始時間を繰り上げたり、観客同士のスペースを空けたり、マスクをきちんとしたり、といったさまざまな対策を講じているところです。演劇のみならず、映画館なども厳しい状況ではありますが、なんとかみんなでがんばって続けています。(2020年10月21日取材)

エドモンのように、夢を信じて生きてほしい

―そういう困難な状況だからこそ、新たに自分で発見したとか創作活動に影響を与えているところはありますか?

監督 アーティスト仲間ともその話をしたことがあるんですが、「この特殊な状況がインスピレーションになることはないよね」という結論にみんなで達しました。なので、僕はいまのところこの経験によって新鮮なアイディアが浮かんだということはありません。

その理由としては、おそらくまだこの騒動の真っ最中にいて、不安のほうが大きいからではないかなと。つまり、まだ“過去”になっていないので、そこで感じていたことを語れないんだと思います。この出来事に対して、ある程度距離を持って分析できるようになったら、何か見つかるかもしれませんね。

新しいアイディアが見つかるときというのは、空間的にも精神的にもスペースがあって、きちんとした空気が流れている必要があると思いますが、いまは逆に閉塞感のなかにいるような感覚なので難しいですね。

―それでは最後に、観客へ向けてひと言お願いします。

監督 自分の作品のなかにすべての思いを込めているので、物語自身がメッセージになっていますが、あえて言葉にして言うのなら、「みなさんも自分の夢や自らの創作する力を信じましょう!」ということでしょうか。おそらくこの映画でエドモンの生き方を見ていただければ、言葉にはできないメッセージもすべて伝わると思うので、ぜひ映画をご覧ください。

傑作の誕生秘話がいよいよ幕を開ける!

先が見えない不安のなかでも、諦めることなく、自らを信じ続けて“奇跡”を手に入れた作家エドモン。思い通りにいかないことも多い生活を強いられているいまこそ、一発逆転エンターテインメントで、最高に痛快な気分を味わってみては?


取材、文・志村昌美

悲喜こもごもの予告編はこちら!

作品情報

『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』
11月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ/東京テアトル
©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
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