志村 昌美

四姉妹が語る人種を超えた恋愛「人種から人を好きになってもいい」

2019.10.10
国籍や文化に関係なく、恋愛の始まりはいつも突然訪れるもの。そこで、オススメする映画とは、ひと目惚れから始まった珠玉のラブストーリー『細い目』。完成から15年の時を経て、ついに日本で劇場公開を迎えます。そこで、いまなお色褪せない魅力を放つ本作に関わりの深い方々にお話をうかがってきました。

シャリファ四姉妹!

【映画、ときどき私】 vol. 267

監督・脚本を手掛けたのは、2009年に51歳という若さでこの世を去ったマレーシアが誇る女性監督のヤスミン・アフマド監督。没後10年ということで、それぞれヤスミン作品に出演経験のあるシャリファ四姉妹に集まっていただきました。

写真左から、長女のアリヤさん、次女のアマニさん、三女のアリシャさん、そして四女のアリアナさん。なかでもアマニさんは、『細い目』、『グブラ』、『ムアラフ―改心』の3作品で主演を務め、さらに『タレンタイム〜優しい歌』では、サード助監督も務めたほど、ヤスミン監督と強い絆のある方です。そこで、ヤスミン監督から受け継いだものや、いまだから話せる思い出について、姉妹で語り合っていただきました。

―今回、四姉妹そろって来日したのは初めてということですが、いまのお気持ちから聞かせてください。

アリヤさん 実は、私にとってはこれが初来日。普段マレーシアにいるときは、お母さんのような役割をしていますが、日本ではみんなについていくだけで、まるで赤ちゃんのようです(笑)。妹たちと一緒にいられることはもちろん、そういう意味でもこの滞在は最高ですね。

そして、日本のみなさんとも家族の一部ともいえるヤスミンの映画を共有できることは、本当に愛にあふれていることだと感じています。

アリヤさん

アマニさん 私はラッキーなことに、何度も日本には来ていますが、いつもひとりで舞台挨拶や取材を受けていたので、心細く思うこともありました。なので、今回はみんなで一緒に来たいという気持ちがありましたし、やはりヤスミンと私との関係性を一番わかってくれる姉妹たちとこういう瞬間を分かち合えるのは特別なことです。

ヤスミンも私たち姉妹の関係に特別なものを感じてくれたからこそ、映画でとらえてくれたんだと思っています。

アリシャさん 私たち姉妹は本当に仲が良いんですが、これまではなかなか4人揃って旅行できる機会がありませんでした。みんなでマレーシア国外に行くのは、私が5歳のときにバリへ行った以来なので、21年ぶりのこと。

それもあって、今回こういう機会をいただけたことに感謝しています。映画の上映やみんなと過ごせることはもちろんですが、特にホテルにある大浴場での経験は一生忘れられない素晴らしい経験になりました。

―ちょっと話が逸れますが、ちなみに大浴場で何があったんですか?

アリヤさん マレーシアでは、人前で裸になることは恥ずかしいし、怖いことでもあるんです。

アリシャさん だからこそ、文化的におもしろいと感じた瞬間でした。というのも、私にとっては、日本人の女性はシャイで、マレーシア人女性のほうが声は大きくて活発という印象でしたが、お風呂のなかでは真逆。私たちが恥ずかしそうにコソコソしていたら、「なんでそんなに恥ずかしがってるの?」みたいに見られてしまいました(笑)。

アリヤさん でも、5分も経たずに羞恥心はなくなりましたけどね!

アマニさん そうそう、「フリーダム!」という感じでした(笑)。

みんなで監督のレガシーを引き継いで伝えていきたい

―日本のお風呂を満喫していただいて何よりです。では、アリアナさんは日本に対してどのような印象ですか?

アリアナさん 以前日本に来たときはまだ12歳で、しかも映画祭に参加するのが初めての経験だったので、とにかく圧倒された記憶があります。出演した『ムクシン』について取材もたくさん受けましたが、まだ幼かったので、作品に込められた意味についても自覚がありませんでしたし、難しい質問にも「何のこと?」みたいな感じでした(笑)。

なので、私にとっては、「早く大人にならないと」と促されたような記憶があります。でも、今回はお姉ちゃんたちと一緒ということもあり、気持ちのうえではまったく違いますし、赤ちゃんのように甘えられるのはうれしいです!

アリヤさん ダメダメ。今回赤ちゃんでいられるのは、私だけなんだから(笑)。

―(笑)。みなさんがこうして日本で楽しく勢ぞろいしている姿を見て、ヤスミン監督もきっと喜んでいらっしゃることと思います。

アマニさん そうですね。ヤスミンと映画を撮ったときは、まだみんなすごく若かったですが、大人になったいま、4人ともが映画に携わった仕事をしています。それは、私たちがヤスミンから受け継いだものですよね。

今回はそれを思い返す機会にしたかったですし、どうしたら彼女の“レガシー”をこのまま引き継ぎ、そして日本のみなさんにも影響を与えられるのか、ということを考えたいと思いました。私はこの四姉妹のひとりであること、そして映画の作り手としてここまで成長できたことを誇りに思っています。

アマニさん

―ヤスミン監督との出会いでみなさんが得たものがたくさんあると改めて感じましたが、もし自分しか知らない彼女との思い出があれば教えてください。

アマニさん それはすごくいい質問ですね。というのも、私はヤスミンの作品に一番出演していて、一緒にいた時間も長いですが、お互いのことをすべて共有してきたわけではないので、ぜひ私もほかのみんなのエピソードを聞きたいです。

アリヤさん 私は、以前ヤスミンと一緒にあるブランドのCMを撮影したことがありました。内容としては「不完全であることを称えよう」といった方向性で、撮影もすごく楽しく進んでいたにもかかわらず、なぜか私は突然セットで泣き出してしまったんです。

アマニさん どうして?

アリヤさん それが、どうしてなのかまったく覚えていないんだけど、とにかく泣いてしまったのです。普段の私は、寂しいシーンでも目薬の力を借りないと泣けないタイプなんですけどね(笑)。そこで私は、「ごめんなさい」と何度もヤスミンに謝ったんですが、それに対して彼女は「いいのよ、これがあなたの強みなのよ」と言ってくれたんです。

つまり、「不完全な部分もいい面であり、それを自分で認めて受け入れることが大切」ということだと思います。信頼している彼女の言葉のおかげで自分の強さを認識することができましたし、いまになって思い返すと「なるほど」と思えます。

答えを求めて東京に戻ってきている

―ステキなお言葉ですね。アマニさんはいかがですか?

アマニさん 私は彼女とさまざまな経験をさせてもらったので、本当に恵まれていたと思いますが、せっかくなので、東京での思い出について話したいと思います。彼女の次回作となるはずだった『ワスレナグサ』のロケハンをしていたとき、ちょうど桜が満開のシーズンでした。彼女は自然に心を寄せる人だったので、桜が象徴する美しさを非常に気に入っていたのです。

ただ、桜は時期が過ぎてしまうとすぐに散ってしまう刹那的なところがありますよね? でも、彼女は桜の美しさを永遠にとらえたくて、いきなり花びらを食べたんです。みんな驚きましたよ(笑)。でも、そんなおもしろいことがあった日、私はあることを彼女に打ち明けました。

―どのようなことをお話されたんでしょうか?

アマニさん それは、「私も映画監督になりたい」ということです。とはいえ、それまでに彼女には何度もその話をしてはいましたが、「まだ若いし、観客にストーリーを伝えるためには、まず人生でいろいろと経験しないとね」といってまったく真剣には受け止めてくれませんでした。でも、そのときに初めて、私のほうをしっかりと見て、「わかった。じゃあ、私が教えてあげる」と言ってくれたのです。

ただ、彼女はその翌年に亡くなってしまったので、残念ながら教えてもらえるチャンスはありませんでしたが、だからこそ、まだやり終えてないことがあるという思いと答えを求めて東京に戻って来ているんだと思います。

アリヤさん じゃあ、あなたも次は桜の花びらを食べないとね(笑)。

アマニさん だから、次回は4月にまた来ることにします!

アリシャさん

―いつでも東京でお待ちしています。アリシャさんは、撮影中のことなどで思い出すことはありますか?

アリシャさん 彼女のことを考えるたびに思い起こされるのは、『ムアラフ』の現場でリハーサルをしていたときのこと。車の中のシーンで、アマニともうひとりの共演者が前に座っていて、私が後ろの座席に座っていると、ヤスミンが車の中に入ってきて、私を膝枕で寝かせくれました。

本当に気持ちが落ち着きましたし、私を気遣っていることが伝わってきたので、安心して思わず寝てしまったんです(笑)。そのとき私は聖書のなかのある1節を言わなければいけなかったんですが、順番が来ると彼女がポンポンと優しく合図をしてくれたのでセリフを無事に言うことができました。

偶然にも聖書のなかでも愛を語った部分についてのセリフでしたが、そんなふうに彼女は直接口にしなくても、いろいろなことを教えてくれたんだと思います。あのときはこの出来事がどれだけ重要なものになるかわかっていませんでしたが、私にとっては大切な思い出です。

自分がどれだけ美しいかを教えてくれた

―監督の優しさが伝わってきますね。

アリアナさん 私もいろいろな思い出が蘇っているところですが、彼女は私にとっては「どんなに自分が美しい存在か」ということを教えてくれた人でした。東京国際映画祭のプレミアに参加するために、マレーシアの伝統衣装であるケバヤを買ってあげると言われて、一緒にお店にいったときのことです。

10代のころの私は本当にボーイッシュな女の子だったので、一番シンプルで柄も色もはっきりしないものを選びました。すると、監督が「そこにある赤いほうがあなたの持っている魅力と釣り合うわよ」と言うので、私は渋々それを着ることにしたのです。当日はお化粧もしてくれて、「ほら、あなたはこんなにきれいなんだよ」と褒めてくれました。

そのあとも、彼女とCMを撮ったとき、私が歩くと男の子たちが色めき立つようなシーンで私が居心地悪そうにしていると、「信じなくてもいいけど、あなたは世界で一番美しい女の子なんだからね。だから、気持ちに素直になって歩いてごらん」と何度も言ってくれたのです。

そのおかげで、いまでも自分がキレイだと思えないときでも、監督が言ってくれたようにまるで自分が一番美しいかのように歩いて、自分を鼓舞しています。

アリアナさん

―どれも心が温まるステキなエピソードをありがとうございます。それでは最後にアマニさんから、まもなく公開を迎える『細い目』の見どころなどをメッセージとしてお願いします。

アマニさん 私自身、大人になってから改めて観てみると、すごく深いセリフが多かったことに気づかされています。なかでも、私が演じたオーキッドの言葉で、「人種が理由でその人を好きになったとしても別にいいじゃない。それよりも、この人種だからその人が嫌いだというほうが問題だと思う」というのが印象的です。

といっても、ヤスミンにとって人種問題や異人種間の恋愛を全面に出したかったわけではなく、これはあくまでも若い2人のラブストーリー。ただ、この作品を観たあとに、どんな人でも「もしも違うエンディングがあったなら……」と思ってくれたのなら、それは私たちの目標が達成されたということでもあります。

『細い目』はいまだにいろいろな推測や解釈がされている作品なので、そういった部分も含めて楽しんでほしいです。そして、マレーシアの多様性や温かみを少しでも肌で感じてもらえたらうれしく思います。

インタビューを終えてみて……。

23歳から36歳まで、年齢差はあるものの仲良しのシャリファ四姉妹。それぞれ個性豊かで、全力で変顔をしてくれたりと、とにかくチャーミングな魅力が印象的でした。時折涙を浮かべながらエピソードを話してくれましたが、彼女たちにとっていかにヤスミン監督の存在が大きかったかを感じることができた取材となりました。

優しさと切なさが胸に沁みる!

誰もが人生で経験する愛や家族の絆、生と死といったものが描かれているヤスミン作品。多民族国家であるマレーシアであるがゆえに複雑な側面はあるものの、だからこそ、そこで描かれる“真実の愛”が持つピュアさに心が揺さぶられるはずです。

ストーリー

香港の映画スターに憧れるマレー系少女のオーキッド。ある日、露店で海賊版の香港映画のビデオを売っている中国系の少年ジェイソンと出会って、一目で恋に落ちる。民族も宗教も違う2人だったが、デートを重ねるうちに距離を縮めていく。ところがジェイソンには、オーキッドに言えないある秘密を抱えていたのだった……。

恋のきらめきが詰まった予告編はこちら!

作品情報

『細い目』
10月11日(金)より、アップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
配給:ムヴィオラ
http://moviola.jp/hosoime/