志村 昌美

シングルマザーが家庭支援局で立てこもり…背景に潜む深刻な社会問題【映画】

2022.9.28
日々、何かと戦いながら生きているなか、誰もが思い通りにいかない世の中に対して怒りを感じてしまうこともあるのでは? そこで、そんなときにオススメしたい話題の1本をご紹介します。

『ドライビング・バニー』

【映画、ときどき私】 vol. 522

妹夫婦の家に居候しているバニー、40歳。ある事情から、娘とは監視付きの面会交流しかできずにいた。それでも、明るい笑顔と気の利いたトークで、車の窓拭きをしながら必死に働いている。そんなバニーの夢は、娘の誕生日までに新居へ引っ越し、家族水入らずの生活を再開させることだった。

ところがある日、妹の新しい夫ビーバンが継娘であるバニーの姪トーニャに言い寄る光景を目撃。カッとなってビーバンに立ち向かうも、それが原因でバニーは家を追い出されてしまう。すべてを失ったバニーは救い出したトーニャと一緒に、ルールもモラルも完全無視して、家庭支援局に立てこもることに……。

第20回トライベッカ映画祭で審査員特別賞に輝いたのをはじめ、各国の映画祭や米批評サイトのロッテントマトで絶賛の声が相次いでいる本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ゲイソン・サヴィット監督

ニュージーランド在住の中国人であるサヴィット監督。カメラマンとしてキャリアをスタートさせたのち、テレビCMディレクターを経て、本作で長編映画デビューを果たしています。今回は、自身の経験やニュージーランドが抱える深刻な問題、そして日本の女性たちに伝えたいメッセージについて語っていただきました。

―本作には原案としても携わっているそうですが、物語が生まれたきっかけから教えてください。

監督 もともとは脚本家から全然違うストーリーを提案されたのですが、そのときにはすでにバニーというキャラクターは存在していました。彼女は社会的にはみ出しそうなところに立っていて、逆境に置かれてはいますが、そういうところに私が惚れ込んだのが始まりです。

特に、このストーリーを考えていた10年ほど前はニュースとかでもこういったシングルマザーの話は取り上げられていましたし、私自身もシングルマザー。さらに、親が1人しかいない友達も周りに多かったので、リアルな形でこの物語を描けるのではないかという思いもありました。あとは、ほかの国を舞台にしたものはあっても、ニュージーランドでこのテーマを描いたものはまだなかったから作りたかったというのも大きかったです。

“社会の底辺”にいる人々が、大きな影響を受けている

―おそらく多くの人がニュージーランドには自然豊かで大らかな国民のイメージを持っていると思うので、本作で描かれているリアルなニュージーランドの姿には驚かされるのではないかなと。さまざまな問題があるなか、早急に対処すべきことは何だとお考えですか? 

監督 不平等やインフレなど、私たちはたくさんの問題を抱えていますが、国としてはみなさんが思い描くようなイメージを押し出しているので、そう感じられるのだと思います。そのなかでも深刻なのは、劇中でも取り上げている住宅問題。一時よりは少し落ちついてきたものの、住宅購入価格の平均は100万ニュージーランドドル(日本円で約8230万円)と言われているほどです。

そのせいで住宅不足が蔓延し、バニーのような人たちが巻き込まれて、住居をまったく見つけられないという状況に陥ってしまいました。しかも、物価も高くなっているので、“社会の底辺”にいる人々は大きな影響を受けています。

―また、ニュージーランドがここまで格差社会であることも想定外でした。
 
監督 格差に関しては、ニュージーランドでも非常に根深い問題です。システムの問題でもあるため、個人で何かするというのはなかなか難しいですが、私としては、国でも企業でも団体レベルでも、誰がそのトップにいるのか、というのが大きく影響するのではないかと考えています。つまり性別にしても人種にしても、ひとつのタイプに偏るのはよくないことなのではないかなと。まずは、それぞれの共同体をリードする人たちのバランスをよくしていくことから始めるべきだと思います。

日本が大好きで嫌いになる理由がない

―そしてもうひとつ、本作に関連する情報で衝撃を受けたのは、2020年発表の「子どもの幸福度」ランキングでニュージーランドが先進国38か国中ワースト1位、日本が2位という結果。こういった現状を生み出したのは、何が要因だと思われますか?

監督 ニュージーランドのような美しい国で何を落ち込むことがあるのか、と思われるかもしれませんが、実はニュージーランドでは若者の自殺率が非常に高いことが問題となっています。周りで起きていることと自分が切り離されているように感じてしまっているところがあるようにも見えますが、自分の感情とうまくコミュニケーションを取れない国民性も関係しているのではないかなと。

さらに、家父長制がとても強い社会で、ラグビー選手のようなタフさを求められるので、自分のもろさを出してはいけないと感じている男性も多い気がしています。そんなふうに、精神的な葛藤を周りに伝えることができないので、健康的な人間関係を育むことができないのではないでしょうか。もちろんこれだけが原因ではありませんが、自分が成功する姿が見えない社会のなかで生きていることに難しさがあるのだと思います。

―そこは日本の若者にも通じるところがあるかもしれません。ちなみに、監督は日本に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。

監督 2018年頃に初めて日本を訪れ、滞在期間の関係で東京にしかいられなかったのですが、日本は大好きで嫌いになる理由がありません。ファッションやアート、食、伝統といったことはもちろん好きですが、なかでも金継ぎという概念が面白いと思いました。傷ついてもそれを治してまた歩いていく本作のバニーをはじめ、私が描く人物には金継ぎみたいなところがあるキャラクターが多いように感じています。

ただ、私はこれまであまり日本の映画には触れてこなかったので、それはぜひこれからのミッションにしたいですね。特に、最近は女性監督が活躍していると聞いているので、そういった作品から観てみたいと考えています。

自分を自分にしてくれるものを大切にする

―劇中のバニーやトーニャのように、生きづらさを感じて悩んでいる女性は日本にもいますが、そういうなかで監督自身が心がけていることがあれば、お聞かせください。

監督 私が個人的にしているのは、できる限り女性を応援すること。それは映画業界だけでなく、自分がいるコミュニティのなかでも女性がリードしているいろんな団体があるので、さまざまな活動に参加するようにしています。とはいえ、あまり意見を前に押し出すことをしないアジア系の女性たちにとっては、そのなかで自分の声を見つけて、表現していくのは簡単なことではないですよね?

特に、アジアの文化では一歩引くことが自然と身についているので、真逆のことをするのに居心地の悪さを感じることもあるかもしれません。でも、自分の場所を自分で作ること、そして自分で自分を応援することは大切だと思っています。

―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

監督 映画やアート作りをしている人にたとえてお話をしますが、まずは自分のビジョンを手放さないことがすごく重要だと思います。おそらく制作過程では、妥協しなければいけないことや削られてしまうこともあるでしょう。ただし、伝えようとしている真実が他人の意見によって薄まってしまうことなく、自分が言いたいことを世の中に出すことが大事です。

そして、自分をユニークにしてくれるものを決して失ってはいけません。たとえそれが自分の“醜い部分”だと感じても、そういう側面も自分自身の一部なのです。そもそも私たちはみな不完全な存在なので、その不完全さもしっかりと受け止めつつ、自分を自分にしてくれるものを大切にしてください。

後ろは振り返らずに、走り続ける!

家なし、金なし、仕事なしのどん底に突き落とされても、そこにわずかでも可能性がある限り諦めることなく果敢に立ち向かう主人公バニー。その生き方から、もっと大胆に人生を突っ走ってもいいんだと勇気をもらえるはずです。


取材、文・志村昌美

感情を揺さぶる予告編はこちら!

作品情報

『ドライビング・バニー』
9月30日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
配給:アルバトロス・フィルム
https://bunny-king.com/
️©2020 Bunny Productions Ltd